年の功
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今日は久しぶりの休みというのをもらい、実はまだ「おのれ高杉…!」と殺気立っている社内から脱出できて私は嬉しく思っております、ハイ。
基本家に仕事は持ち込まないぞ!と意気込んでいた私はどこへやら、休みだというのに中々パソコンの前から離れらない自分にいい加減呆れが出て来る。自分で言うのも何だけど仕事が遅いタイプではない。寧ろ早いからこそ上司にあれこれ頼まれるんだ。
「………いや、自分で自分を褒めるのはやめよう。何か恥ずかしいぞ」
仕事のお陰で早くなったタイピングに磨きをかけながら、疲れてきた目をたまに擦る。それからデータが消えないようにこまめに上書き保存をしながら作業を進めていった。寝巻きから着替えたものの色気のないジャージ姿。この頃着物着てないな、なんて思うけど更々着る気なんて起こらない。だってあれ窮屈だし。今のご時世着物以外の服装で外を歩いても違和感を感じられないのは天人の異文化が浸透してきているからだろう。
「あーもう駄目。目が痛い。破裂する」
酷使しすぎた目を労わるべくパソコンを閉じて、洗面所に行って顔を洗ってみれば思ったより目がすっきりした。それと同時に頭も妙に冴えてくる(さっきまでは冴えてなかったというのかい私よ)。今日の晩御飯は何にしようかな、とかこの時点で夜の事を考え出したら最後、頭は冴えても集中力というのは宇宙の彼方へと消えていく。
そして目が覚めたら、既にお昼は過ぎ去っていた。
「寝すぎたァア!!」
仕事は結局の所家では捗らないらしい。持ってきた張本人の私が言うのもなんだけど、もう明日会社で終わらせてしまおう。うん、そうしよう。
「……気分転換しようかな……」
散歩してみようかと考えるなんて、何ヶ月ぶりだろうか。
朝出るのも早いし帰ってくるのも遅い。そんな生活の中で散歩をする余裕などなく、私は通勤に使う道を行ったり来たりしているばかりだ。だから今日はちょっと違う景色を眺めてみよう、と感じた心の余裕を優先した。片付かなかった書類を机の端に寄せて、日本に住んでいるというのに慣れない着物に袖を通してみた。………窮屈に感じるのはまぁ仕方ない。
「……あ、万事屋さんに行ってみようかな………」
思い立ったが行動。
行くのは緊張するけど、そういえば一つ頼み事をしていたのを思い出す。
それは我が乗り物にとってはとても大切な事。早くサドルをつけてもらわないと永遠に立ち漕ぎのままあれに乗るしかないのだ。いい加減足の筋肉が鍛えられて逞しくなってきてしまった。
壁にかかっている時計をちらりと見上げてみれば2時過ぎ。ちょうど良い時間帯じゃないかと思う。
「よし、行くかー………」
軽く背中の筋をのばして、必要なものを巾着にいれて、少しお洒落して、これまた慣れない下駄を履いてみる。…こけてしまわないように気をつけよう。
ドアをあけて1歩外に出てみれば、普段は中々感じる事の出来ない昼の優しい風が吹いていた。私にとっては休日であっても、世間一般では木曜日。つまり平日。子どもは寺子屋に行っているのか、町中を歩いていてもあまり姿を見かけない。買い物をしている人だけが往来を歩いていて、ターミナル付近の割には騒がしくもなく、珍しい江戸の一面を見たような気がする。
「(平日の江戸ってこんなんなんだ……)」
江戸に住み始めてはや数年。私は、この町の事をあまりよく知らないらしい。
万事屋に行く途中で和菓子屋に寄って一応手土産を持ち、それからのんびりと向かった。もちろんゆっくり歩いているのはこけない為です。決して女らしく優雅に歩きたいからとか可愛い理由ではありません。外で失態を晒さない為です。
そもそも!
坂田さんに会う時の私はいつもタイミングが悪すぎる。最近では真夜中のコンビニが良い例です。とんでもない格好で坂田さんの前に現れちゃいましたよ私ってばホントに馬鹿…!でも分かってくれる人は分かってくれると思うんです。女の人がいつもそう毎回綺麗にしてると思いきや大間違い。そんな事しとったら息が詰まるわァァアァァ!!!!
料理を作るのがめんどくさくなって夜1人でカップラーメンを食べて何が悪い!
部屋が寒いからってどうでも良い色の靴下を何枚もはいて何が悪い!
ビールの喉越しが好きで何が悪い!!
……でもまぁ気になる殿方の前では綺麗にしておきたいという気持ちも分かって欲しいのです。
たまたま通りかかったスーパーのガラスは掃除されたばかりなのか、ピカピカに拭かれた窓に私の全体像がはっきりと写っていた。いつもとは違うその姿に自分が一番違和感を持ちつつ、自分もまだまだ若いなぁと苦笑い。いつもは絶対につけない簪が、歩く度にキラキラと光っていた。
そんなこんなで歩いていたらあっという間に万事屋さんに着きまして、少し緊張しながらもインターホンを押してみる。
「(あれ……居ないのかな……)」
ピンポーン。
チャイムの音だけが響き、中からは物音一つ聞こえない。
すると階段から誰かが上がってくる音が聞こえてくるもんですから首を横に向けてみれば、そこには迫力のある女性が私の方を見て少し目を見開かせていた。いやいや、驚きたいのは此方です。
「(誰だろ……)…あ……コンニチハ……」
「…何だィ?あんた」
「えっと……万事屋さんに用があって来た者なんですけども……」
「そりゃ間が悪かったね。アイツ等なら今さっき出掛けたばかりだよ」
「えぇ!?」
「急な依頼が入ったらしくてね」
「そ、そうなんですか……」
すると女性がこっちにスタスタと歩いて来て、万事屋さんのドアの前に回覧板を立てかけていた。ご近所さんなのだろうとボンヤリ考えていたら、ここの大家さね、と読心術でも使ったのか先に答えられてしまった。
それにしても迫力のある人だ。煙草をプカーッと吸っている姿なんてどこぞのスナックのママなんじゃないかと思う。
「万事屋さんの大家さんでしたか……。…あのっ」
「なんだぃ」
「お願いがあるんですけど、良いでしょうか?」
「…?」
「この御菓子を、万事屋さんに渡してもらえないでしょうか?ここに置いていっても腐らないとは思うのですが、鳥が何か悪さをしても嫌ですし…」
「…」
「それに、明日にでも出なおせれば良いのですが生憎仕事がまた続きそうで、今度はいつ休みが取れるか分からなくて……」
我ながら悲しい事を言う。私にもっと休みを!心の中で上司に嘆きながらおずおずと菓子の入った袋を近づけてみる。
すると大家さんは何を思ったかクルリと私に背を向けて歩いていってしまう。置いてけぼりの私はポカーンとしていたが、大家さんの発言で更に立ち竦む事になる。
「何してるんだい。下にきな」
………正直な気持ち、殺されるんじゃないかと私は思いました。
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