引力に揺れて
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気温38℃?ふざけんなよコルァ!人の平熱を軽く越してんじゃねーか!
「チキショー。こんな時に糖分が家にねぇんだもんなァ……」
日傘をさして歩ける女がとても羨ましく思う。男の俺が白の日傘とかさしてみろ。まず第一に自分で自分の事をひくな。ドンびきだ。太陽熱のせいで髪が熱を帯びていくのが分かる。コンクリートの地面からモヤモヤと何かが沸き立っているようなものも見える。ただ、ここで引き返す訳には行かない。何しろ万事屋に糖分が無いのだ。買いに行って食さないと、暑さの前に糖分切れで死んでしまう。流れてくる汗を腕で拭って、一番近くのコンビニを目指す。……たまらなく暑い。
8月に入って気温は一気にはねあがった。熱中症で倒れる人数も、かき氷の売り上げも。けれどいまいち俺のテンションだけは上がらない。
「(どいつもこいつも浮かれやがって!)」
たまにスレ違うカップルを見る度に汗がふきでるような気がする。何でこんなに暑いのに、わざわざ引っ付いて歩くのか。
「(日傘か。日傘パワーか。日傘さしてると引っ付いても大丈夫なのか。)」
心中いちゃもんをつけながらコンビニを目指す。足取りは重く、いつまでも見えるモヤモヤにため息をついて、それからカップルに苛立っている。…………良いなぁ日傘。日除けが欲しい、日除けが。
こっちに歩いてきてるスーツ姿の女までもが日傘をさしている。仕事中と言えど紫外線対策はかかせないのだろう。モヤモヤとしている世界の中で、その日傘がどんどん近付いてくる。恐らくは前を見て居ないのだ。俺の目線ですらそいつの顔は見えやしない。
「(おいおい、コレぶつか……)」
テンションが下がっている俺なのだから退く気にらならない。ましてや声を出す元気もない。
「ぶっ!!!!」
咄嗟に出たのは何とも情けない悲鳴だった。予想的中、日傘は見事に俺の眉間やら鼻やらにぶち当たった。
「あ!す、すみません!!前を見てなくて…!」
日傘がひいて、そいつの顔がようやく見れた。バッと上げた顔は、見知った顔だった。
「坂田さん!!?」
「…………」
何となく、軽くデコピンをかましてやった。
「しっかし秋月。こんなに暑いのによくスーツでいられるな」
「仕事中ですから。日傘があれば百人力です!」
俺に日傘をぶち当てた秋月と何だかんだ話して、いまは茶屋に居る。神社の境内にある、こじんまりとした休憩所のような場所…。御神木が作っている影がほぼ境内を覆い、だからか涼しく感じた。
これぞまさに日傘パワー。秋月は宇治金時を、俺は勿論イチゴ練乳のかき氷を頼み、外に出されてある長椅子に座った。参拝客はそんなに居ない。みんなレジャーに足を運んだりしているのだろう。それに限っては羨ましいとは思わない。暑いなか海に行くぐらいなら、こうやってかき氷が出来るのを待つ方が幸せだ。
「やぁー、今日も暑いですね。坂田さんは何をしていらっしゃったんですか?」
「…甘いもんを買いに」
「坂田さんらしいですねぇ」
長袖のシャツを肘の部分まで捲り、パンプスも踵だけ脱いでいた。暑いですね。秋月はもう一度だけ言って笑った。
「何処かに出掛けたりはしねぇのか?」
「こんな暑い中出掛けたら倒れちゃいますよー!夕方ぐらいが一番過ごしやすいし…。坂田さんは?」
「俺は……」
俺は、お前と一緒でどこにも行かない。出掛ける用事は無い。そう言いたかったが、何故か口ごもる。秋月の言い方が変に気になったのだ。
「?坂田さん?」
「……坂田さんじゃなくて銀さん。名字呼びってやっぱ慣れねぇ」
「……………」
「……何だよ」
秋月の目が俺を捉えたまま固まった。また、さっきみたいなデコピンを入れてみる。そしたら手で顔を覆って項垂れた。
「悪ぃ、そんなに強くしたつもりは…」
「や、違うんです!!痛いんじゃなくて、ただ……!」
「ただ……何?」
気になって腕を軽く引っ張っろうとしたら、良いタイミングでかき氷が運ばれてくる。秋月が顔から手を離した。
「ああ、暑い!ほんと暑いですよね!!!」
俺を見る訳でもなく、真正面を見たまんまかき氷をガツガツと口に運んでいく秋月。チラリと見たその横顔は真っ赤だった。
「おい顔赤いぞ。熱中症じゃね?いま人数増えてるし…」
「私は至って正常です!!!!」
「どこ見て言ってんだ」
マイペースに食べ進める俺とは裏腹に、女とは思えぬ勢いで食べる秋月。その時、左肘の辺りに氷がついているのを見つけた。宇治金時を選んだせいでソレは若干緑色で、気のせいでなかったらシャツに染み込んでいるように見えた。秋月全く気付いていない。早く水洗いしないと落ちないんじゃ、と良心的に思った俺は、当たり前のように左腕を掴んだ。日常動作であるかのように、俺の手はスッと動いた。
「ななななななな何ですか!!!??」
まだ顔を赤くしているこいつは、自分の腕を自分の所に引いた。手はあっけなく離れる。もうシャツと言うより秋月自身に水をぶっかけてやった方が良いかもしれない。
「よし!今からお前に水かけてやるからな」
「何でですか!?」
暑さのせいで変な人物がよく出る、とは、まさしく秋月の事かもしれない。仕事のし過ぎか暑さのせいか、原因は一つじゃないかもしれないが、兎に角水をかけるしかない!
「立て秋月
「水遊びは子供の頃にやりましたーー!!!!」
まだ少し残っているかき氷の入れ物を傍らに置いて何とか立たせようとするが、秋月はやいやい騒いで俺と距離を置こうとする。
数十秒ぐらいやかましくしてると、奥に見える石段から、数人のスーツ集団が汗を拭きながらダルそうに登ってきたのが見えた。秋月の知り合いじゃ……と思った矢先、隣で「あっ」と声をもらしている。知り合いらしい。
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