愛すべき大人達
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新八の朝は、大体姉の怒号で目が覚める。
――果てろゴリラァァァアアァァア!!!!!
そして家全体を揺るがす地響きによって、天井からパラパラと埃が落ちてくる。布団から起き上がって、枕元に置いてあるメガネをかけて、その埃を吸い込んでしまいくしゃみを出す。これが朝のお決まりパターンだった。
暗黒物質と名高い姉の料理が食卓に並ぶ前に、新八がいつも台所に立つ。その間にも何かを殴る様な音が絶えず響く。志村家にサンドバックは無い筈だが…。
いつも凜と立ち振る舞う心優しき自慢の姉だが、キレた時にだけとてつもないパワーを発揮する。
銀時が初めてお妙を見た時は「お宅のお姉さんゴリラにでも育てられたの」と言っていた。そんなお姉さんは今庭先に潜んでいたゴリラを痛めつけているのだろう。
志村姉弟は別にジャングル育ちではない。江戸にあるこの道場で至って普通の生活をしてきた。どこでどう間違えたか分からないが、別に新八は姉が嫌いな訳ではない。周りの女性に比べれば凶暴性が一段と秀でているが、それもさして気にしない。新八の周りに居る女性は、大概そんな人間ばかりだからだ。
――ぎゃぁあああ!!!お妙さんちょっと待って下さい!!!
――しつこいんだよこの腐れゴリラァァアア!!!!!
庭先から聞こえる姉の声は聞かぬものとして、新八は平和に朝食の準備を続けていたのだった。
午前9時。新八は万事屋へ向かって歩いていた。
車通りがそんなに激しくない道で、フと一台のバイクが目にはいる。気のせいでなければ、あちらもヘルメット越しにこちらを見ている様な気がしたのだ。
そしてあれよあれよと言う間に道路脇に止まる。可愛らしいヘルメットが流行している中、硬派であるフルフェイス姿は中々に迫力があるが、体は華奢なスーツ姿だった。バイクにまたがったまま、着ぐるみの頭を取るかの様に豪快にヘルメットを引き上げれば、そこには見知った顔があるではないか。駆け寄れば、相手は優しく微笑んでくれた。
銀時曰く、俺を口説き落とした女、だそうだ。
「おはよう新八君。今から万事屋さんに行くの?」
「おはようございます。千早さんは今から仕事ですか?」
「今から仕事っていうか既に仕事中。これ会社のバイクなんだけどね、8時から江戸の町中を滑走してるの。ホント朝から面倒だよ~」
朝からせっせと働く彼女の姿は涙ぐましい。どうせまたぐぅたらと万事屋で寝ている主を思えば何故だか謝らずにはいられなかった。しかし彼女は、新八君は銀さんの母親みたいだね、と笑い飛ばしてくれる。
あの万年プー太郎の銀時を、こんなしっかりとした女性が口説き落とす訳がないと新八は確信していた。どうせ銀時が口説き落としたのだろう、という思いに一切の疑惑は無い。
私生活はひじょうに乱れている銀時だが、言葉巧みに彼女を自分の手中に収めたに違いない。
「じゃあ私は行くから。今日もお仕事頑張ってね」
再びヘルメットをかぶり、仕事に出かけようとする姿は女性特有のかっこ良さがにじみ出ていた。
「千早さんも頑張って下さい!あ、良かったら今日の晩ご飯食べに来ませんか?僕が当番なんで、千早さんの好きなもの作りますよ!」
「ホントに?」
目元のレンズを上げ、キラキラした目を新八に向けてくる。
「オムライスが食べたいな~、卵がフワッフワのやつ」
「分かりました」
「じゃあ買い物代を今渡しといても良い?」
「だ、大丈夫ですよ!1人分の食費が増えたってなんて事無いですから!!」
「嘘ばっかり。坂田家の家計は常にギリギリでしょ?」
「でも……!」
「じゃあ帰ってから渡すね。ちゃんとレシート取っておいてよ~?」
目しか見えていないが、無邪気に笑っているのは分かる。注文を自分で出したにも関わらずそのフォローを忘れず、そして一歩退く事も出来るその気遣いさ……。益々銀時が口説き落としたに違いないと思った。
「じゃあまた後で。あ、そうそう、銀さん二日酔いで苦しんでると思うから優しくしてあげてね」
最後にそう言い残して彼女は颯爽と走っていった。
本当は焼きそばにしようと思っていたが、彼女の為にオムライスにしようと決めた。
あれだけ出来る女を手におさめた銀時の実力の未知数加減が、今更ながら恐ろしく感じた。
しかし、“けど”と新八は思った。歩いていた足も思わず止まる。
「(口説いたのは絶対に銀さんだ。たとえ千早さんが先に好意を持ってたとしても、最終的にきめたのは銀さんに決まってる。けど、千早さんが銀さんの手中に収まってるかと言えば、全くそうじゃない様な……?)」
そして思い出させるのは、真撰組局長という立場の男に対し物怖じせずコンボを繰り出す姉の姿。見えている部分にだけ騙されてはいけない、と新八は冷静に千早という女を分析してみる。
「(千早さんは凄く優しくて、僕や神楽ちゃんにも気がきいて、銀さんも良い人と巡り会えたなぁとは思う。思うけど、実は千早さんに良い様に振り回されてる時が多い気がしてきた……)」
彼女が万事屋と本格的に絡み始めたのは、早朝の土手でぶっ倒れていた彼女を、散歩中だった神楽が拾ってきたという事件からだった。
新八や神楽が熱で倒れた時は、銀時は憎まれ口を叩きながらも看病はしてくれる。彼女の時もそうだったが、言葉が少しキツイなと感じたのは気のせいでなかった。
いつもは飄々としている万事屋の主人も、何故か彼女を前にすると多々感情をそのままぶつける時がある。きっと無意識だろうが、聞き分けの悪い彼女にはそれぐらいが丁度良いのだろう。それを良く分かっている銀時が、少し羨ましく思う時もある。
二人はたまに飲みに出かける事があった。いつ付き合い出したか聞く程新八も野暮ではない。見かけに寄らず「お酒大好き!」な彼女は、いつも満面の笑みで夜の町へくりだすのだ。
そして隣の銀時は、何故かゲッソリ顔で出かけていく。ウコンの力5本飲んでも肝臓へのダメージと胃の負担は軽減出来ない、とかなんとか呟きながら。
サッパリ意味が分からないが、あれはあれで銀時なりに楽しそうにしているのを、新八は知っていた。全くもって恥ずかしい大人達である。
そう考えれば、やはり彼女が銀時の手中に収まっている説には疑問を抱かざるを得ない。
実際は、彼女が銀時を冬の日本海の荒波の如く掌で弄んでいるに違いない。おっちょこちょいと見せかけて、実は策士な部分もある。掴み所のない銀時とああやって付き合いが続いているのだから、彼女もそれなりのキャラ色がついているのだろう。
銀時は、愉快な人間達を呼ぶ才能に長けている、と今更ながら思った。
彼女の事を考えながら(断じて恋ではない)歩いていると、いつの間にか万事屋についていた。玄関の戸を開けても少し静かだ。そう言えば別れ際「二日酔いで苦しんでると思うから」という一言を言われた気がするのを思い出した。仕事があるにも関わらず、躊躇いもせずお酒を飲む彼女の心意気や良し。そして銀時はウコンの力5本をもっても彼女に太刀打ち出来なかったという事なのだろうか。
案の定、銀時は布団の上でウンウン唸っていた。枕元に置かれているコップ一杯分の水は優しい彼女が置いていってくれたものだろう。
「銀さん大丈夫ですか」
「今なら頭から別の生物を生み出せる様な気がする……!」
「……………」
要するに、頭が割れるぐらい痛いらしい。そして割れた先から何かがデロデロと溶け出すぐらい頭の中が荒れに荒れているらしい。
駄目人間ここに極まれり。だが、新八が知る限り銀時は別にお酒が弱い方ではない、寧ろ強い方だ。限界知らずで、摂取できるアルコールをなるだけ体に詰め込んで急にひっくり返るタイプだった。それは若い人の飲み方ですよ、と一度注意した事があった。俺はまだ若いわ、と怒られたのは記憶に新しい。
そんな(若いらしい)銀時が、一体彼女と飲みに行くとどんな風になっているのか。二日酔いになる程飲まされているのか?しかし、彼女は清々しい笑顔でバイクに乗っていたではないか。どうせハメを外したのは銀時だけだろうと思えた。
「朝ごはんは食べましたか?」
「あ゛―……」
かすれた声が昨日のアルコール量の多さを思わせる。
「千早が玉子スープか何かを作ってくれてる筈……」
「…………」
彼女という立ち位置から女房に格上げしても良いんじゃないかと思う今日この頃。銀時は颯爽と働きに出かけた彼女に苦しめられた昨夜を思い出し、やはりウンウンと唸って頭を抱えていた。
あー、新八、悪ぃけど酔い止め持ってきてくれ。今更遅いと思うけど、飲まねぇよりかはマシだ……。
…あぁ、神楽なら定春の散歩に行ったと思うけど………千早は6時ぐらいに帰ったぞ………ンだ、会ったのかよ。…そりゃそうだ、あの女に「二日酔い」は無縁なんだよ。…はあ?言ってくれるぜぱっつァんよ。言っとくけど飲み屋で先に潰れたのはアイツだぞ。それを俺がえっちらおっちらと背負って帰ってきたっつーのに………。アイツに酒で勝てる奴が居るなら是非とも顔を拝みたいわ。俺じゃもう無理、もう銀さんの肝臓はそろそろ爆発します、離れて下さい危険です。
おま、そんな事言うなら千早と一度一緒に飲んでみやがれってんだ!!肝臓移植をしてもらえる手続きが済んだ上で飲みに行け!もしくは自分の肝臓を大切にしたいなら行くな!
良いか新八、見かけには絶対騙されるなよ。
千早もパッと見た感じ普通の女に見えてもところがどっこい、中身はとんでもねぇ女だから、騙された結果が今の俺な訳よ。……いやいや、嫌い云々とかじゃなくてだね、そこは察しろよ新八クン。
とにかく、お前の姉ちゃん然り、神楽然り、女とは本当に恐ろしい生き物だ。
「ハイハイ。でもそんな事を言っておきながら銀さんは千早さんの事が好きだし、一緒に飲みに行っちゃうんですよね」
「うるせぇぞ新八ゴルァ!!!って大声だ出したから頭が痛ぇぇえええぇ!!!!!」
「……今日の晩ご飯はオムライスなんでよろしくお願いしまーす……」
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