暖かい嵐の後に
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いつからだっただろう、早く大人になりたいと思ったのは。
いつからだっただろう、早く平和になれば良いと思ったのは。
いつからだっただろう、周りの環境がガラリと変わってしまったのは。
あ、そうだ、確か戦争が始まった頃からだったっけ。
「……あー…寝過ぎた…」
実家というものはどうしてこんなに落ち着くのでしょうか。誰かレポートにまとめて発表して下さい。
「今何時だろう……」
いつもの日曜なら、神楽ちゃんに誘われて万事屋さんに出掛けてるか、テレビを見ながらぼんやりと休日を満喫するかのどちらかだ。…あれ、坂田さんと2人で過ごすっていう選択肢が無いな、それって寂しくないですかちょっと。
数日前「いい加減顔を見せなさい」と母親から電話がかかってきて、昨日の夜に実家へ帰って来た。ここは良いですねぇ、歌舞伎町とは違って田舎だから空気も綺麗だし、何もしなくてもご飯作ってくれるし、洗濯機に服を放りこんでおいたら洗濯までしてくれるし。至れり尽くせりの此処は非常に離れがたい。って言っても今夜帰るんですけどね。え?デートかって?違います明日仕事があるんです。
18歳の頃に家を離れて、それ以来私の部屋は18歳のまま時を止めている。好きだった歌手のCDや、読んでいた本、若々しい派手な着物が押し入れにあったり…。今じゃスーツ愛用ですけど、昔は着物しか着てなかったんです。そりゃもちろん日本人ですから。
でも、異文化が日本を染め上げてきて、着物で外を歩かなくても別に変な目で見られる事はない。攘夷戦争が、良くも悪くも、この国に色んな環境を残しました。
私の実家は田舎なものですから、特に激しい空襲を受けた覚えはない。幕府と天人との小競り合いは多々見かけた事はあったけど、身近な人が犠牲になる事は無かった。
攘夷戦争と言われても、まるで別の国で起きている戦争の様にしか思えなかった。13歳の時に青い空を突き進んでいく天人の艦隊を一度だけ見た事がありましたが、まさか同じ国に住んでいる人間を殺しに行くものの為だなんて思う筈が無かった。
ベッドで昼寝をしていたのに、寝返りの激しさのせいでいつの間にか畳の上に落ちていた。仰向けになれば、窓から青いペンキをぶちまけた空が見える。このダラダラ感最高―、実家ってホント最高―!
歌舞伎町の暮らしもそれなりに楽しいですが、どうしても一日が短く感じてしまう。何より同じ事の繰り返しに嫌気がさしてしまい、家を離れた当初の1年は鬱になるんじゃないかと危惧してしまうぐらい気分が落ち込んだ時があった。
まだ若かった時は(今でも若いですけどね?)、毎日が色んな事で溢れていた。友だちと遊んで、喧嘩して、寺子屋の先生に叱られて、褒められて、家出したりもして、生意気に自己主張してみたりして、同じ事を繰り返す事はまず無かった。思い返してみれば、毎日が楽しかった。
それでも、ずっと子どものままじゃいられないと感じたのが、攘夷戦争が激化した頃です。毎日報道される残酷な現実に、自分がどれだけぬるま湯に浸かってのうのうと生きていたかを知ったんです。
早く大人にならなければと思いました。
戦争には出ようとも思いませんし、私なんかが行っても足手まといです。だからせめて、世間に恥じない大人になって社会ぐらいには出なければと焦ったのもこの頃。こんなド田舎で「平和になれば良い」と祈る事しか出来ませんでしたが、それでも何かをせずには居られなかったんです。
そこから歌舞伎町移住を決めたのは早かったなぁ…。
電車で数時間で行ける距離で、帰ろうと思えばいつでも帰れる。ただ両親は街の風紀をえらく気にしてたけど、そんなもの住めば都です。どうです、今では私もすっかり歌舞伎町の女になったでしょう?(……なんか言い方が違うかな…)
そんな歌舞伎町の女(やっぱり違う?)こと私は、都会で時間に追われる毎日を強いられる事になりました。ある意味あの日々も戦争です。
ストレス社会侮り難し。
自分の出来る範囲を乗り越えてしまっていたんです。心の器からは毎日ストレスが溢れ出てて、でも「仕方ない」と諦めれば下にある器がそのストレスを更に受けとめて、また溢れたら受けとめて、その後どうするかと言ったらまた一番上に逆戻りですよ。何あのチーズフォンデュ状態?
いつか大きな失敗をやらかすだろうなあと感じながら働いていたある日、遂にその時がやって参りました。大事な会議があるのに寝坊、そして資料も家に忘れるというダブルパンチです。
チキンなもので自殺する勇気は無いですが、このままホームから線路に飛び込んだら怒られずに済むんだろうなぁと少しは考えちゃうぐらい頭は大分おかしな事になっていました。
毎日毎日毎日同じ事ばかり、実家とは全く違う環境。混雑する朝の駅構内では肩と肩がぶつかったって謝りもしない。舌打ちだけを残して皆が何処かへ歩いていく。
大人になるってこういう事だったのかな?途方にくれた私は半泣きになりながらそんな事を考えていました。
そんな時に坂田銀時さんと出会ったんです。
あの出会いは、私の宝物の一つです。
「千早―!携帯が鳴ってるわよー!」
「はいはーい」
居間から聞こえる母親の声を聞いて体を起こす。微かに聞こえるこの着信音は万事屋さん専用の音だ。
坂田さんがかけてくる事はまず無いから、可能性として高いのは神楽ちゃん。あれ、私そう言えば実家に帰る事伝えてなかった様な気がする。もしかしたら「今から万事屋に遊びに来るヨロシ」的なお誘いかもしれない。ごめん神楽ちゃん、お姉さんはいま田舎でのんびりライフを楽しんでいるんです。
「千早―!」
「今行くってば」
机の上で鳴り響いていたそれを取って通話ボタンを押すと、案の定神楽ちゃんの元気な声が真っ先に聞こえてきた。
――もしもし?千早?
「はーい、どうしました」
――今日は遊びに来ないアルか?
「ごめんね、今日は行けないの。実は実家に帰ってて…」
――実家!?銀ちゃんに愛想尽かしたアルか!?
「は?いや、そういう事じゃなくて…」
――新八―!大変アル!千早が銀ちゃんに愛想尽かして実家に帰らせて頂きます状態になってるネ!!
「おーい神楽ちゃーん全然違うよー人の話は最後まで聞きましょうー」
1人で納得して突っ走る子ってクラスに1人は居てますよね。
…じゃなくて!
実家に帰って来たのは息抜きの為ですよという事を伝えたいのに、どうやら新八君に報告しに行った様で、2人の話す声が微かですが受話器から聞こえてきた。なんか話が大きくなってませんか?落ち着け神楽ちゃん!取りあえず私このまま待ってるから早く帰って来て!
そもそも、私は愛想を尽かす側じゃなくて尽かされる側だと思うんですよね。
新八君や神楽ちゃんは坂田さん……いや、銀さん(最近呼べるようになってきました!)の事をプー太郎と言いますが、私には勿体ないぐらいの人だと思ってます。つまりは私の方がプー太郎度は上だという事です。
あの時だってそう、逃げる事ばかりしか考えていなかったんです。体調不良として有給の連絡をすれば怒られないだろうかとか、ケガをして病院に行ってましたと伝えれば見逃してもらえるだろうかとか…。
攘夷戦争を機に意気込んだ私でしたが、目の前にある事態を打破する為に頑張らない人間が「大人になりたい」なんて口にするのが可笑しな話だったんですよね。
自分で何もしようとしなかった私の前に銀さんが現れたのは、本当に奇跡そのものでした。色んな事に気づかせてくれた銀さんには感謝してもしきれません。
彼女らしい事をしていない私は、銀さんにいつポイされてもおかしくない状況にあります。これは女として由々しき事態ですね。頑張らないと。
「神楽ちゃーん!そろそろ戻ってきてよー!」
一体新八君に何の話をしているの!?放置プレイも程々にしておかないと、私だって拗ねちゃ…――、
――よお、愛想尽かしたらしいな?
「そんな訳ないじゃないですか!」
次に受話器を取ったのは銀さんで、勘違いだと分かってくれているのか笑いを噛み殺した声で出てくれた。電話越しに聞こえる声に妙にホッとしてしまった。
――お土産は頼んだ、出来れば甘いもので
「えー?田舎なんで何にも無いですよ。…あ、大根の漬物とかなら母が朝漬けたのがありますけど要ります?」
――坂田家の朝食に採用出来るものなら大歓迎
「フフ、分かりました。おかずになるものは持って帰りますね。…地元で何か有名な菓子があれば良いんですけど、定番の焼き菓子ぐらいしか無くて…」
――次帰る時はお土産計画もしっかりたてとけよ
「随分偉そうな言い方ですね!?」
――そんな事より、お前さー……
他愛もない話はダラダラと続き、最初は立って話していた私も縁側に足を投げ出して座り、さっき眺めていた空をもう一度見上げながら話をした。内容に一切の重要性はない。明日の会議の時間の確認とか、とてつもなく重要な内容では無い筈なのに、どの会話よりも私の声は弾んでいた。
今ではすっかり天人の船が空を飛ぶのが普通になっている。この瞬間にも小ぶりな船が悠々と青を突き進んでいた。もう何かと何かが殺し合う事はなく、あの頃に比べたら平和になったんじゃないかと思う。そんな平和の中でこうやって好きな人と話せるなんて、私は幸せ者ですね。
大人になるのもすてたもんじゃないな、と調子に乗って考えたりしたらまたこの前みたいに天罰をくらってしまうでしょうか。
あの時見た天人の船のゆっくりとした動き。沢山の死神を乗せて空を往くあの船が今でも忘れられない。
今ある平和が永遠に続くとは限りません。地球という歴史が続く限り、必ずどこかで戦争は勃発する事になると思いますが、今はまだボンヤリとした幸せに浸っていたかった。日頃のご褒美として、別に良いですよね?
「分かりました、じゃあ出来るだけすぐに行きますね」
――おー頼んだ
「母親の漬物は美味しいんできっと新八君達も喜んでくれますよ!」
千早と話す、と銀さんにせがんでいる神楽ちゃんの声が聞こえた。自然に笑みがこぼれた私の顔は相当締まりのない顔をしているのでしょう。庭で洗濯物を取り込んでいる母親が「ニヤニヤしてるわねぇ」と言って呆れた顔をしている。
――悪ィな。親御さんによろしく伝えといてくれ。じゃ、また
銀さんは神楽ちゃんに受話器を渡す事なく電話を切った。ツーツーという無機質な音が聞こえた瞬間、今まで穏やかだった風が姿を変えてつむじ風になった。母の手からシーツが何枚か飛び、私の髪もボッサボサになった。それは3秒ぐらい吹き続け、やがて何も無かったかの様にまた穏やかなそれになった。
「あらやだ、何枚か飛んでっちゃったわ。………貴女髪の毛が凄い事になってるけど?」
いやいやお母様、髪の毛なんてね、この際どうでも良いんですよ。つむじ風のせいでシーツが飛んでいった事だってどうでも良いんですよ。
それより!それより私には衝撃が大きすぎる言葉だったんです。急にズバッと斬り込まれて油断してた私はそれはもう簡単にいかれちゃいましたよ。
いや、分かってます!漬物の件を踏まえてのよろしくである事は重々承知しておりますが、中々聞かない台詞にどーーしても、こう、驚いちゃう訳ですよ!だって友だち間ではあんな締め台詞言わないですよね!?ちょ、なんか照れてきた!もっかい昼寝しよう!昼寝して落ち着こう!!!
「なんか顔赤くない?」
「キャァアア見ないでぇえええ!!」
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