さわやか本舗
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バケツをひっくり返したような雨。それは大雨を表す言葉なんだろうけど、実際バケツをひっくり返すという表現はイマイチ分からないな。……なんて事を考えながら時間を潰してみるけど、皮肉にもバケツの水量は半端なかった。銀さんに買い物を頼まれ、やけに荷物の多い時に大雨が降ってくるもんだから、これは自分のタイミングの悪さを呪うしかない。メガネも濡れて視界が悪い…。
レジを済ませて外に出て、「降りそうだな」と思いながら灰色の空を眺めていたらあっという間に降ってきて。濡れて帰ろうにもあまりにも雨量が多く、適当にシャッターの閉まっている店に逃げ込んだ今でさえ、袴の裾はたっぷりと水を吸い込み重かった。手に食い込む荷物を置いて、すっかり人が消えた大通りを見た。向かいのスーパーの中でも、僕と同じようにして太陽を待っている人でいっぱいだ。綺麗さっぱり人が消えた所を見ると、みんな雨が降るなんて予想していなかったんだろう。それも仕方ない。だって今日の天気は晴れである。きっと夕立とかそこらへんの類なんだと思った。激しく降り注ぐ雨のせいで視界は霧がかっていて、コンクリートに跳ね返る水滴が足元を濡らしていく。
「傘持ってくれば良かった…」
全てはタイミングなんです。
それでも、僕のように天気予報を信じきって傘を持たない人間も居れば、ちゃんと準備をしている人というのもやはり居るらしい。大雨の中、スーツ姿の女性がビニール傘をさして何事もなく歩いている。やっぱり社会人ともなると用意周到なのか、銀髪の上司の将来が案じられた。きっと今頃ジャンプでも読んでいるに違いない。そう悪態をついていると、ふと女性がコチラを向いた。僕は目が悪いし今の視界も悪いから、女性の顔ははっきりとは見えない。でも、その女性がだんだん近付いてくるのは分かった。パンプスの音をならしながら、女性は確実に僕の所に来ている。
「こんにちは」
「こ…こんにちは」
面識はない、とすぐに思った。姉上の知り合いか何なのか…。取り敢えず挨拶を返せば、女性は何やらカバンを漁り出す。そして1本の折りたたみ傘を僕に差し出してくれた。
「はい。傘が無いんでしょう?」
「え!?あ、いや、でも…!」
早く帰りたいから、この黒の折りたたみ傘を借りたい気持ちでいっぱいだ。夕飯を作らないといけないし、迎えにもこない上司に一発エルボーいれなきゃいけないし、やらなければいけない事が山積みなんです。でも戸惑ってしまうのは、僕がこの女性の事を何も知らないから。名前も何も。怪しい人には全く見えないし、むしろこの親切さには感動してしまう。借りたい、でも誰だろう?雨の中で待たせているのは分かりきっているのに、イマイチ判断が出ないのを申し訳なく思った。そんな時、「あぁ」と女性が声を上げた。
「君は、私の事は知らないんだ」
君「は」の言葉を聞いて、何故かすぐに銀さんの顔が浮かんだ。この人はきっと銀さんの知りあいなんだ。
「私の名前は秋月です」
手に握らせてくれた折り畳み傘を、僕はしっかりと持って秋月さんに頭を下げた。
「改めて、こんにちは、ですね。」
雨にそんなに濡れていないせいかとても清楚に見える。仮にスーツを着ている大人なんだからそんなイメージが出るのはごく普通の事なのかもしれないけど、それでもその服装にしてはやけに楽しそうな笑みを見せてくれる人だった。(少し失礼だけど)遊んでいる子どもを思わせるような、そんな楽しい笑み。
「荷物が多いですね。持つの少し手伝いますよ」
そして軽くなった荷物に気がついた時には、既に秋月さんは雨の中を歩き始めていた。僕は我に返って、借りた傘を開いてすぐに後を追った。
万事屋に帰るまでの道のり、僕はモチロン何度も断った。何をかって?そりゃ荷物を持ってもらってる事に決まっているでしょう。少しヒールのある靴をはいているせいか僕よりは背があるように見えるけど、実質とても小柄な女性だとうのは分かるし、何よりいたれりつくせりのこの状況は男として情けない。銀さんだってこんなに甘えたりしないだろう。
「ごめんなさいね、傘のサイズが少し小さかったですか?」
僕の横を歩く秋月さんがそう言ってくれたのに対し、僕は全力で否定した。
「小さい事なんて無いですよ!!それに、傘を貸してくれるだけでほんっと充分嬉しいです!」
「ホントですか?今日はね、たまたま帰る道を変えてみたんですよ。そしたら貴方が居たもんだから、思わず声かけちゃいました」
逆ナンですね、と秋月さんは笑う。一体幾つの人なんだろ?その明るい笑みを見て思った。
「秋月さんは銀さんと知り合いなんですよね?」
「はい、助けて頂いて……優しい人ですね、新八君の社長さんは」
「社長って言う程偉くありませんけどね……いや、偉そうなのは偉そうなんですけど」
「アハハ!確かにちょっと偉そうかもしれませんねぇ」
”新八君”と呼ばれた瞬間、何となく秋月さんと銀さんの関係が気になった。いちど万事屋に来た事があるのか歩行に澱みは全く無いし、銀さんが僕のことを話すぐらいなのだから赤の他人っていう訳じゃない…ような、あるような。ここで神楽ちゃんが居たら「付き合ってんの?」ぐらいの爆弾発言をかましてくれるのに、中途半端に気をつかっている僕が到底聞ける事ではなかった。
「秋月さんは、何のお仕事をされているんですか?」
変に話題をかえた僕をおかしいと思っただろうか?でも彼女は何の躊躇いもなく口を開いてくれた。
「広告会社で働いてるんです。街中にある広告の中に、私の務めている会社が担当したのもあるんですよ」
「凄い!ああいうのって、結構凝ってて面白いですよね!」
「ありがとう。でもたまに大変でねー…今日も営業で部下と同僚と部下を連れて走り回って、駅の階段の所で転んじゃったんですよねー!」
と笑いつつ、彼女が袖をめくると、そこには痛々しい傷があった。詳しく説明されたところによると、他の会社に営業に行っていて、約束の時間に遅れそうになっったので急いで電車を降りて改札を出ようとした手前、足をくねり腕を階段の所にぶつけただとか…。……そんな笑いながら言う事ですか!?
「その痣はちょっと酷くないですか!!?」
「そんな事ないですよー。これぐらい唾つけときゃ治りますよ!」
「痣は唾つけたって治りませんよ!!」
「やだなぁ、冗談ですよ、じょうだん!」
今までにない新しいキャラだ…!僕はすぐにそう感じ取った。
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