結果論
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世の中は、良い事が続いた後には悪い事が起こる様な仕組みになっている。それはきっと神様が「調子に乗っていてはいけませんよ」という意を込めて、この決まりを作ったのだと思う。
そして私は神の手の上でコロコロと転がされるかの如く、自分に降りかかってくる試練と戦っている訳です。
これはもう、今日中には終わらないなと悟ってから2時間が経った。只今の時刻は午前3時。例え良い子じゃなくたって寝る時間ですよコレは。人間が活動してちゃ駄目な時間だって。
既に何人かの同僚は眠りの世界に旅立っていて、私は一人、この数日で溜まった仕事と真正面から戦っていますとも。
月末の、それも週末とくれば雪崩の様に仕事が襲ってくる魔の期間。それの餌食になった同僚達が寝る寸前に発した言葉は「先に逝くぜ」というものだった。先に寝るぜ、の間違いでしょーがっ!
私だって!私だって今すぐに寝たい!デスクの上に突っ伏して睡眠を取りたい!
でもこれだけ仕事を溜めてしまったのは自業自得なので、文句が言えない苛々だけが胸を燻らせ、だからか強烈な睡魔は襲ってこなかった。この調子でいけば今やってる分ぐらいは7時頃に終わりそうな気がする。って言うか7時って寧ろ一日の始まりの時間じゃない?あれ?今日一睡も出来なさそうじゃない?
「……仕方ないか…」
自分を納得させる為にもう何度も呟いた言葉を、今度はため息と一緒に吐き出した。
オフィスは節電の名の下、私の頭上だけ電気がついている。なんだかスポットライトを当てられている様で妙に居心地が悪い。明と暗のコントラストが強すぎて心無しか目も痛くなってきた。それに連なって肩凝りまでしてくるから、一旦休憩を入れざるを得なかった。
パソコンの画面を一回消して、絞り出す声と共に肩を何度かぐるぐるまわしてみた。悲しい事にバキバキという可愛くもない音が響いた。それから背中の筋も伸ばして、ため息と一緒に縮める。
一応病み上がりなので、無理はするなと言われています。私だって何度も同じ過ちは繰り返しませんとも!神楽ちゃんも私を道端で拾う等という珍事と出会う事も無いでしょう。
今回の事は、本当に参りました。
風邪で倒れてしまう程限界が来ていたなんてどうして気付かなかったのだろうか。それも、家で倒れるならまだしも、道端で力尽きるとか恥ずかしすぎる。
しかしそれ以上に恥ずかしかったのは、依頼でも何でもないのに、万事屋さんのお世話になった事だ。この膨大な量の仕事が終わったら改めて挨拶にいかないといけないよね、ウン。
………行くのはちょっと恥ずかしい気もするけど、これは大人のマナーとして行かなければ。
菓子は何を持って行こうかな。
新八君は、神楽ちゃんは、何が好きかな。
それから……。
赤の他人である私を、嫌な顔をせずに看病してくれた万事屋さん。
ぷくぷくとパンケーキの様に、それはもうホントにオーブンにぶち込められたそれみたいに私の思いは膨らんで、時折見せられる坂田さんの優しさに私はヒィヒィ言いっぱなしだった。良い意味でね?
いつ好きになったかは、正直分からない。気がついたら、という言葉がしっくりきた。
坂田さんは非常に心に余裕がある人だ。人を気にかける優しさも持っていて、叱ってくれる気遣いだって持ち合わせている。…まぁ、欠点を上げればそれはそれで出てきますけども、純粋に相手の事を受け入れた上で接してくれる坂田さんが私は好きだ。(あ、好きって普通に言っちゃったよ)
そんな坂田さんがまさか私なんかの事を好きだとは思いもよらなかった。今思い出しただけも顔が熱い。
あんな場面で言われたものですから、最初は一体何を言われたのかよく理解できなかった。ドラマみたいな雰囲気を望んでいた訳ではありません。そんな小っ恥ずかしい真似絶対に嫌ですが、昼下がりの甘味屋でですよ?まさか言われるとは思いませんよね。
坂田さんは躊躇う事なく言ったのだ。
「こんにちは」と当たり前の挨拶かの如く。もしくは「今日は良い天気だな」と日常会話の如く。それはもうホロリと坂田さんの口から溢れたという表現に近い。
好き、って一体どういう意味だっけ?という疑問が頭を巡り、それを理解した時はめちゃくちゃ恥ずかしかった。
あの甘味屋からの帰り道、お前鈍いよな、と散々言われ続けていた私。反論したかったけど、その言葉が出てこなかったという事は自分自身どこかでそれを認めているのだ。中々顔の熱が引かない私に、まだ体調でも悪いかと茶化す彼の横顔は酷く楽しそうで、そんな表情を見て「まだ離れたくないな」と思ってしまった私は妙に積極的で。仕事が片付いたら休みに来いよ、と去り際にかけてくれたこの言葉は、病院から貰った薬より何十倍も私を元気にさせる力を持っていた。
ゲンキンな話、ここまで仕事を頑張っているのは尻拭いという理由が1割、後は早く会えれば良いなぁという恋する乙女の気持ちが9割。こんな事、上司や隣で爆睡している仲の良い同僚に話したらどうなるだろう。恋に現を抜かすなと怒るか、羨ましいなあ、と大人な対応をしてくれるかのどちらかだろうか。…羨ましがられたら、それはそれで反応に困りそう…。
徹夜はかれこれ数日は続いている。でも、倒れるなんて真似はもうしなくなった。周りの人に迷惑を掛けるぐらいなら、例え自分の仕事が遅れたとしても、その報いが此方にくる方が断然良い。
それに、幸運な事があるんですけど、神様、聞いていますか?
アナタは良い事の後に悪い事が続く様な世を作りましたが、私には何と困った時に頼っていい人が居るんですよ。フフン、羨ましいでしょう。甘いものが大好きで、表現はちょっと分かりにくくて(私が鈍感なだけ?)、でも凄い優しくて、私よりずっとずっとしっかりしてる……かな?いや、しっかりした方だと思っております。
そんな方が私には居るんです!例えアナタからの試練として、これだけ仕事に追われようが今の私には痛くも痒くもありません。悲鳴を上げているのは目と肩だけです。
どうでしょう、羨ましいでしょう、悔しいでしょう。
とりあえず私はこの仕事達を何とかしてやりますよ。数日以内に!デスクの上に積み上がった幾つもの書類タワーが、達磨落としみたいに順調に縮んでいく様を雲の上からハンカチを噛み噛み見ていると良いわ!恋する大人がどれ程の力を見せつけたか、後々の世に語り継いで欲しいものですな。ほら、見て下さい。目の前にそびえ立っているこの書類タワーも徐々に縮んで……アレ…?…なんか、これ……私の方に向かって倒れて…!?…わ、わーーーーっ!!!!!
「窒息する!!!!!」
自分の物騒な言葉に目が覚めた。窓のブラインドから漏れる眩しい光の筋が埃舞う静かなオフィスを照らしている。
何度か瞬きをして、上半身を起こす。どうやら私はいつの間にか眠りこけていた様で、書類タワーは私に倒れ込む事なく堂々とデスクを陣取って私を圧迫してくる。
周りはまだ眠っている。一体どれだけ眠ってしまったのだろうと携帯を開いてみれば、そこには7時30分という恐ろしい時間が表示されていた。………仕事全然終わってないのに朝が来ちゃった!!!
「か、神様からの復讐だー!偉そうに自慢したから制裁がくだされたんだー!」
頭を抱え叫ぶ私の声をアラームに、周りがのそりと起き始めた。そして時刻を確認して同じく「悲劇だー!」と叫び始めた。みんな最初は、10分だけ寝よう、を合言葉にデスクに突っ伏した人たちだ。まさか数時間も寝てしまったなんて思いたくもないだろう。私だってこの現実を信じたくありません。
「やばいやばいやばい!仕事終わってない!上司出勤しちゃうって!」
隣からは寝息は聞こえず、やばいやばいと呪文の様に繰り返す切羽詰った声が聞こえてくる。ついでに、どうして起こしてくれなかったの、という恨み言も。
私だって寝てたんだもん。仕方ないじゃない。取り敢えず早く終わらせちゃおう!
やる気を奮い立たせる為に言ってみれば、妙に元気ね、という言葉が返ってきた。
「恋する人は強いね」
その言葉は私の動きを鈍らせ、ペンを取るつもりが手を滑らせた先は書類タワー。何十枚もの紙が一気に私に降り注いだ。ああ、正夢になってしまった……。
「……何やってんの」
「いや、手が当たっちゃって…」
「………」
「………」
「あ!」
「!?な、何」
「もう恋じゃなくて、"愛"か」
「!!」
「だって、片思いは卒業したんでしょ?」
ニヤニヤと笑う彼女に、脛蹴りの一発はくらわせたくて椅子から立ち上がり一歩踏み出した足は見事にぐねり、可愛くない悲鳴と共に横腹をデスクで強打してしまった。声にならない痛みに悶える私と、爆笑している彼女。畜生、今に見ていろ…!今度カカオ90%で作ったチョコ・モカをお見舞いしてやる……!!
「あはは!早く仕事終わって、会いに行けると良いね!」
「からかうなー!」
うん早く会いに行きたい、と言えない私はとんだ恥ずかしがり屋の意地っ張りなのでしょう。例えここ最近の仕事へ対する以上な頑張り具合に彼が関与していると察せられても、それを決して言葉では認めないのが私です。何故ならからかわれるからです。早く会いたいな、と口から出せれば胸に熱がこもる事もなくどれだけ楽だった事でしょう。
神様、アナタは意地悪で試練を与えてくるのとばかり思っていましたが、それはちょっと違うんだなという事が分かりました。確かに調子に乗っちゃいけないな、と自分を落ち着かせる良い期間にはなりました。
でも、私が思うに、達成した後の解放感は何度味わっても気持ち良いし、何より頑張った分胸を張って会いに行く事が出来ました。相変わらず恥ずかしがって、行く前に悶々考えた私ですが、顔を見た途端そんなもの吹き飛んで、顔が綻んでいくのがよく分かりました。
万事屋には笑顔で抱きついてくれた神楽ちゃんが居て、体調を心配してくれる新八君が居て、坂田さんが居てくれた。
銀さん、って呼ばないと眉間に皺を寄せられるけど、持っていったお饅頭を見た時の表情はなんとも嬉しそうで可愛らしかった。
仕事お疲れサン、と軽い労いの言葉でさえ、やっぱり病院の薬以上の力を発揮しています。きっと頑張らなかったらこれ程強く「会いたい」とも思わなかっただろう。(まあ、好きな人にはいつだって会いたいですけども…)
「坂田さん、口の周りにアンコついてますけど」
「……」
「ちょ、聞いてます?坂田さん?」
「……」
「さか、………銀サン、ついてますよ」
「あぁ、こりゃどーも」
「千早ちゃん顔真っ赤ネ。大丈夫アルか?」
「二人とも、イチャつくんなら余所に行ってくれません?」
「「…………」」
試練は、きっと恋人達の為にあるのだろう。
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