電波にのって #3
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軽くなるような感じだった。
「これで当分竹刀を握る事も無いんだな」
最後の稽古を終えた時、賑わうその場で総ちゃんがポツリと呟いた。
「うん、そうだね。当分お別れだね」
汗ダクの稽古着で立っていた私はその言葉をすんなりと受け止める事が出来た。
剣道、部活、合宿。
この3つに長い休憩が与えられたのだと感じた。
「おーし。取り合えず3日目、合宿での最後の稽古お疲れさん。今晩はパーッっとBBQにすんぞー」
先生のその声に部員達はより一層盛り上がる。合宿での最後の稽古……。案外あっさりと終わりを迎えたものだ。2年と少しの間頑張ってきた部活はもう終わり、後は受験と卒業に向けて励むだけ。
「お疲れ」
「総ちゃんも、お疲れ様」
「今晩はたらふく食おうぜィ」
「そうだね!いっぱい食べなきゃね!」
それから体力つけなきゃね!そう続けたかったけど、これを言ったってあまり意味は無い。そうだ、私達の部活はもう終わったも同然だ。体力をつけたって、それを発散する場は消えていく。
想像していたより寂しいと思った。
「よっしゃアァアァァ!!!肉食うぞテメー等アァアァ!!!!」
「「「うぉぉおおぉぉぉおぉ!!!!!」」」
先生の雄たけびにより始まった「合宿お疲れBBQ大会」。部員達の腹を充分満たせるように準備された肉の量は半端無く、割と大食いの私が見ても目が点になるぐらいだった。幾つも用意されたBBQセット。誰がいつ炭を用意したかも分からないけど、まぁ、先生が準備してくれたのだろう。
「しかもちゃんと火ぃ起こってるし……」
「おぉ夏目、食ってるか?」
既にお皿の上に出来上がった肉を何枚も乗せている先生が話しかけてきた。ラフな姿を見れるのも今日限りかと思うから、このジャージ姿をよく覚えておこう。
「ちゃんと食べてますよー。先生は……って食べてますね」
「そりゃ食うだろ、肉だし」
「幾らかかったんですか?今は手持ちが無いですが学校が始まったら…」
「ちょい待て。肉の話してんのか?」
「そりゃそうですよ。この肉の量は結構かかったでしょう?あ!気を使ってくれてるなら、せめて3年生だけにでも払わ…」
「いらねーっつの」
「でも…!」
「知らないのハルチャン。今日、山の下にあるスーパーで"肉市場"たるものが開かれていてだね、思ったより金はかからなかったのだよ」
「いやいやこの量は絶対それなりにかかってますって」
最初に比べれば少しずつ減っているものの、この人数分のお肉をたった一人が払うとなれば財布にそれなりの大打撃だと思う。先生は強がっているのか、頑としてお金を払わせてくれる気は無さそうで、ここは私が大人しく身を引いた方が先生を立てる事にも繋がるのだろう。
「ありがとう、先生」
「気にすんな」
ありがとう。それはね、この食事代の事だけじゃ無いんだよ先生。先生と剣道をしてきた時間は実は1年も満たないけど、それでも時折見せてくれた一生懸命さはよく分かってるよ。全国大会に向けて懸命に稽古してくれた事も、立派な字で目標掲げてくれた事も、全部ひっくるめてありがとう。……何だか無性に悲しくなるのはどうしてだろうか。別に今ここで卒業する訳じゃなくて、ただクラブが終わるだけだと言うのに、こんなにも泣きそうになる。
「引退しても、まぁ、息抜きぐらいには遊びに来いよ」
先生はそう言って今焼けた肉を私のお皿へと乗っけて総ちゃん達の所へ行ってしまった。何やら騒がしくしてるなぁと思ったら、総ちゃんが山崎君に無理矢理生肉を食べさせようとしているらしい。流石にそれはお腹壊すだろうなぁ、と頭の隅で思いながら肉をパクリと食べた。炭の煙の香ばしい味を楽しみながら無表情のまま咀嚼を続ける。あそこは野菜を焼いているその隣ではカルビを焼いている、等と部員たちが楽しそうに口走りながら幾つもの網を点々としている。それはもう小さな人混みのようで、その中に先生の後姿が霞んだ。
また、不意に泣きそうになってくる。クラブが無くなれば先生と会える時間はほんの少しだけ短くなる。けれど幸運な事に彼は私の担任だ。事情があって休まなければ毎日難なく顔を合わす事が出来る。けど、実は欲張りな私はその短い時間が無くなる事すら惜しいと感じるのだ。他の女生徒よりよっぽど先生に近い場所に立っているというのに、それだけでは満足出来ていない自分の思いに気がついて、少しだけ恥ずかしかったりした。でも、うん、仕方ないよ。私、先生の事好きだなぁ。改めてそう思ってみれば、片目からツーと一筋だけ涙がこぼれた。相変わらず無表情のまま肉を食べている訳ですから、どうして涙が出てきたかは分からない。只、何となく泣きたかっただけなのだろう。それを観察力の鋭い副部長様に発見されて、大袈裟に「どうした!?」なんか聞かれちゃったけど、口に入れていた肉をごくりと飲み込み、煙が目に染みたと笑った。
霞んで見えた先生も、笑っていた。
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