電波にのって #1
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朝は苦手な筈なのに、この時間帯に起きても全然苦には感じなかった。まず携帯のアラームを止めて、それから壁にかけてあった制服にすぐに着替えて、揃えてあった荷物を持って足音を立てずに下へと降りた。その時間たるや数分。いつもの私なら考えられないぐらい素早い行動だった。階段を静かに下りてリビングに入ると、もう既に母親が起きていて、朝ごはんの準備をしていた。…正しく言うと、私が母親をこんな朝早くに起こしてしまったようなものなんです。普通は5時になんて起きません。でも今日は特別なんです。私は肩にかけてあった荷物を下ろして母親に声をかけた。
「おはよう」
「あら、おはよう。良かった、起きれたのね」
「あのねえ、去年もちゃんと起きれたじゃない」
「そうだったっけ?」
「そうだったよ」
口を尖らせながら机に座れば一杯のお茶を出してくれて、お礼を言ってからまずはそれを飲んだ。先に顔洗いなさいよー、という声を聞き流しながらフと庭の方を見てみる。庭、と言っても大して広くもない場所だけど、母が趣味で育てている花のお陰で見栄えは悪くない。もう既に水をまいた後なのか、朝の光に反射して花がキラキラ光っているように見えた。テレビもついていない朝のリビング、ただ聞こえるのは洗い物をしている音だけだった。飲み干したコップを机に置いて一息ついてみる。今起きたばかりで落ち着いているのは何だか変な感じだ。何しろ今日から数日間始まるのだ。私の高校生活で最後の、合宿が。去年は今みたいに気持ちが弾んでいるような事は無かった。ただ、そんな気の弾みを二度と味わう事は無いのだろう。壁にたてかけてある竹刀袋が日差しに照らされている。最後の脚光を存分に浴びているかのように。
「朝は白ご飯で良いのよね?」
「うん。たっぷり食べていく」
合宿一日目、胸の内にたまっている興奮をしっかり飲み下すようにご飯にがっついた。もっと女の子らしく食べなさいよ、と苦笑い交じりの母の言葉も全部飲み干した。この合宿が終わったら私のクラブも終わる訳で、そしたら髪も短いまま保たなくて良いのかな。ちょっと校則違反になるかもしれないけど、スカートの丈とか短くしたり、放課後になったら神楽たちとどこかに遊びに行ったり…。思えばこの数年、女子高生らしい事を何もやっていないような気がする。いや、青春としては駆け抜けているような気もするけど、何か物足りないような気がするのだ。
「なに顔を顰めながらご飯食べてんのー……」
「あ、不味い訳じゃないんだよ!ちょっと考え事…」
「へぇー………」
「……」
「クラブ最後の合宿でしょう?」
「うん」
「頑張ってきなさいよ!」
小さなガッツポーズを私に見せてくれた母親が、どうしようもないぐらい愛おしく感じた。そうだ、今はどうのこうの考えてる暇なんかなくて、兎に角合宿に励む時なんだ。考えるのはそれからにしよう。そう意気込んでご飯をたいらげ、洗面台に向かい身支度を整えてから荷物を拾ってすぐに玄関に向かった。奥からパタパタと足音が聞こえてくる。
「もう行くの?」
「総ちゃんと待ち合わせしてるし」
昨日の間に待ち合わせはメールで済ましておいた。集合場所は学校だから待ち合わせも何も無いんだけど、只何となく一緒に行こうという話になったのだ。いつもの登校なんか一緒に行った事なんてたまたま会った時ぐらいしか無いから、改めて待ち合わせをするとなると妙に恥ずかしかった。
「じゃあ怪我しないように頑張ってらっしゃい」
「うん!いってきます!」
担ぎ慣れた荷物を持って自宅のドアを開けた。一気に朝日が差し込んできて思わず目をしかめたけど、門の先に総ちゃんを見つけて少しだけ口が開いた。徐々に慣れてきた目も開いていく。待ち合わせ先は近くのコンビニ前だったのに。
「どしたの?」
「いや、そろそろ出てくる頃かなーと思って。あ、おばさん、おはようごぜェやす」
「あら総ちゃん、おはよう。気をつけて行ってらっしゃい」
「へーぃ」
「じゃあ行こうか!」
自転車にまたがって私たちは勢いよく発進した。朝の冷えた空気がとても心地よかった。
「集合時間って何時だっけ」
「40分ぐらい」
「うげー…まだまだじゃん。ちょっと早く待ち合わせしすぎちゃったね」
「ハルがこんなに早く待ち合わせしよう、って言ったからでさァ」
「何それ私のせい」
「間違いなくあんたのせい」
「何をー!」
静かな朝の町に私の叫びがわんわんと響いたような気がした。総ちゃんのお陰でいつもの雰囲気を取り戻したような気がするが、今のは少し失礼でしょう!集合時間より早く行くのは基本中の基本なのに、その言い方はあまりにも失礼である。さして本気で怒っている訳では無いが、クラブの時の楽しい時間を少しでも感じていたいと願っている私は、やけに総ちゃんに突っかかりたかった。総ちゃんだって、きっと同じ気持ちだと思う。ずっと前から一緒に剣道をやって、悔しかった試合も嬉しかった試合も分け合ったりして、たまに喧嘩をする事もあるけど、それもまぁ思い出の一つである。
「総ちゃんだってすぐに"良いぜィ"って返事したじゃない!」
「だからと言って俺のせいにすんなよ。あーあ、学校についたら暇でさァ。何しようかねィ…」
「腹立つ!!!!」
ちょうど上り坂に入った時に私は総ちゃんの右隣に自転車をつけて、ローファーを履いてるその足で思いっきりペダル付近を蹴ってやった。もちろん彼の自転車はぐらりと体勢を崩して横にこける。皆さんこれを酷い、だなんて思っちゃいけません。一緒に登校した事こそ無いものの、帰りはほぼ一緒なものですからこういった自転車の競り合いは今日が初めてでは無いんです。
「ははん、ざまーみろ!」
勝利を確信した私でしたが、調子に乗りすぎて早く彼の所から離れるのを忘れていました。例え先にこかされたと言っても相手は沖田総悟。そう簡単に私を優越感に浸らせてくれませんでした。横にずっこけた総ちゃんは倒れた自転車をほって、立ち漕ぎをしだした私に向かい竹刀袋ごと後輪にそれを突き刺しました。坂を上り始めた所だったので非常にゆっくりとした回転には突き刺しやすかったのでしょう。それは簡単に後輪に刺さって挟まり、私がペダルを漕ごうにも進む筈がありません。私の小さな悲鳴と、また自転車が倒れる音が町の朝焼けに溶け込んでいきました。
「おー、はやいなお前等!」
「……なんでそんなに傷だらけなんだよ」
「「ちょっと一戦交えまして」」
予想通り学校に一番乗りだった私達は既に負傷済みであり、笑顔いっぱいの近藤君を迎え、そして怪訝そうにこちらを見てくる土方君を無視しつつ全員が集まるのを待っていた。集合時間の数分前になってくると後輩もチラホラとやって来て、約束の40分になるまでには部員の全員はちゃんと準備を整えてやってきていた。私と総ちゃんのように早く来すぎた後輩の数人は、校庭に入り込んでリレーとかをして遊んでいる。
「後来てないのは……」
人数を確認した土方君の顔がどんどん曇ってくる。確認しなくたって私には分かる、来てないのは坂田先生だ。あのクソ顧問が、と愚痴をこぼして土方君は携帯を取り出し何の躊躇いもなく電話をかけ出した。ずれてきた荷物を肩にかけ直しながら私は「羨ましいなあ…」なんて事を思うんだから、合宿に対しての集中力はだいぶ切れ始めてきたらしい。でもでも何か羨ましいじゃないですか!電話って結構緊張するし、ましてや私にとって相手が相手です。まあ番号もアドレスも知らない私が変に緊張するのもおかしな話ですね。
「なぁーに見てんですかィ##NAME3##」
肩にガッシリと腕をのっけてくる総ちゃんは、ニヤニヤした顔で私の方を見てくる。いや、別に土方君に見とれてたとかじゃないですからね。そんなツッコミをするのも面倒くさくなった時、道の奥から小さなエンジン音が聞こえてくるのが分かった。スクーターの音なんてみんな一緒だけど、只何となく、先生の音だ、と思えばそれは本当にそうだった。ヘルメットをかぶって、超スローペースでこちらに向かっている。まだ呼び出し音を鳴らし続けていた土方君が舌打と同時に携帯をパチンと閉じると、先生に向かって「はよ来いやコルアァァアァア!!!!」と叫んだ。その声が聞こえているのかいないのか、先生は自分のスピードを保ったまま5分遅れでようやくやって来た。
「いやー、悪ィ悪ィ。寝坊しちまった」
決して悪びれていないような謝りかたでスクーターから降りてヘルメットを取った。
「ああ通りで!髪の毛がパーマみたいになってまさァ!」
「これは元々だよ沖田君殺されたいのかね」
朝から素晴らしいボケとツッコミをかましつつ、先生が学校の駐車スペースに自身の愛車を置いて戻ってきた頃に、送迎バスはようやくやって来た。部員の数は20人にも満たないので一台の観光バスで充分だった。今回は何とカラオケ付きのバスだぞー、と先生が言えば部員は恐ろしいように盛り上がる。朝だというのにはしゃぎにはしゃいで、バスの荷物置き場に防具を投げ入れていく。竹刀は折られないように最後に入れて端っこに寄せておいて、トランクのフタをバタンと大きな音を立たせて先生が閉めた。びゅおっと風が吹いて思わず目を瞑れば、先生が「何してんだ、早く乗るぞ」と頭を一度だけ軽く叩いてくれた。他の部員は既にバスの中に乗り込んでいて、真ん中の窓際に座っていた総ちゃんが「##NAME3##の席はここでーィ!」と言って手を振っているのが分かった。
「仲良いのなお前等」
先生はそう笑って前から2番目の列に座っていた。部員達は後ろの方に固まっていて、先生が座っている席までは数列空いている状態になっている。みんな前に詰めて座ろうよ…!と思ったけどそんな事絶対に言えない。当たり前だけどバスガイドさんが居ないので、バスは何の案内もなしに動き出し、まだ立っていた私は数度よろめきながら総ちゃんの隣に座った。おかしいな、幻覚かな。部員達がもうお菓子を食べているような気がするんだけど、それは絶対に気のせいだよね。
「まだ朝なのに……」
「そうだぞお前等!朝らしいもんを食べろ!」
「さすが近藤さんでさァ。そのバナナは動物園から抜け出す時にとってきたやつですかィ?」
「失礼だぞ総悟」
「とか言ってる土方君が持っているのは何?マヨネーズ?」
「胸糞悪いもん見せやがって!降りろ土方ァ!」
「ふざけろこのクソ餓鬼!!!!」
これから一日目が始めると言うのに、初っ端のバスからこんなに騒いで体力が持つのでしょうか。去年はこんなにはしゃいで無かったのに!とにかく、隣に座っている総ちゃんと席を交替してもらって窓際に避難した。通路を挟んで喧嘩している土方君と総ちゃんを部員達がはやし立て、あきれ返っている私に後輩がトランプをしようとカードを渡してくる。どいつもこいつも好き勝手していて、朝から本当に騒がしい集団だな、と運転手さんは思っているかもしれないけど、絶えず笑い声があるという点ではいつもと全く変わらないんです。みんな楽しいんです。そう叫びたいような気分だったけど、胸が妙に締め付けられるような感じがした。病気的なものじゃなくて、切なくなったり悲しくなったりしたら胸が痛くなるあの感じ。
「(私は、何か悲しいと思ってるのかな……?)」
この騒がしい状況と働かない朝の頭では到底考えられる筈もなく、「革命!」と言ってとっておきのカードを4枚出した。
「うげー!##NAME2##先輩強すぎですよ」
「私には運があるのよ運が」
「運しか無いですもんね」
「オイ今の言ったの誰だァ!」
ポテトチップスの匂いが充満してきた中、さすがの五月蝿さに耐えかねたのか、坂田先生がこっちにまでやって来て「寝れないんですけど……」と不機嫌丸出しの声で私達を睨んだ。各々そのままの体勢の中、総ちゃんが気付いたような声を出し先生を指差した。
「先生!その素敵パーマはどこであてたんですかィ!」
「だからこれは元々だっつーんだよオォォォォォ!!!!」
さっきまでは土方君と総ちゃんの戦いの筈だったのに、今では先生と戦っている幼馴染みを見ている間に「革命返し!」という声が聞こえてきて、出されていたカードの束を見る。それは私の技が見事ひっくり返された瞬間だった。
「え!ちょっと待って!革命返しされたら私勝てないじゃない!」
「先輩バツゲームは覚えてますかー?」
「確か………何だっけ」
「決めてから言いなさいよ!」
「やっぱ##NAME2##先輩は運もありませんでしたね」
「今言ったの誰だアァ!!!」
何人かが数個の風船で小さなバレーを繰り広げている中、いつものような喧騒が車内でも自由きままに起きている。トイレ休憩はどうしますかー、という運転手さんの声に全員で「結構です!!」と答えてからまた騒ぎ出す。だから、まだ朝なんですけどね?このバスは高速に乗ったんですが、外から見ればこの車内は一体どんな風に見せているのか凄く気になった。制服集団が風船でバレーしていたりトランプしていたりお菓子を食べてたりするんだけど、何人かの取っ組み合いもどきのようなものも起こっていて、しかもその人物が銀髪の大人だったりスカート履いてる女子生徒だったり…。きっと異色に見えた事でしょう。そう見られてたって前々構わない。ただ、楽しそうだな、と思ってくれたのなら、後はどんな事を思ってくれたって言い。そんな事を考えながら、私は掴んでいた後輩の胸倉を離し、飛んできた風船に腕を伸ばし軽くトスを上げた。その風船がいがみ合っている先生の背中にあたって、少し笑っちゃったけど、また始まる胸の小さな痛みの対処法を私は知らない。ハハッ、と笑うだけしか出来なかった。周りも常に騒いで笑っている。そんな私達を乗せて、バスは目的地まで黙々と進んでいった。
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