カムバック夏休み
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長期休暇には思う存分体を休ませる。
いや、ウダウダする。
それが夏なら「暑い」と文句を言い、冬なら「寒い」と文句を言う。好きなだけ寝て、好きなだけ夜更かしして、自分が出来るありとあらゆる楽しい且つ不健康な長期休暇を抜け出した暁には、大半の学生はこう言うのだ。
「あぁ、もう一度夏休みをやり直したい」
「無理でィ」
容赦ない幼馴染みの一言により、彼女の夏休みへの恋焦がれは一蹴されたのであった。
「登校日って何それ美味しいの?」
「美味しくない。決して美味しくない」
「どうして私学校に居るのかな」
「学生だからでィ」
夏休みという時間はまだ若干残っているが、この登校日というイベントによって大概は現実に引き戻されてしまうのである。やれ宿題だやれ進路だと3年生も例外なく騒いでいて、廊下は他クラスの生徒が交じり合って喋っているものだから朝からとても賑やかだ。その隙間を縫うように夏目と沖田は教室に入り、(忘れつつあった)自分の席に荷物を下ろし腰を下ろす。
それなりに生徒が集まり始めているZ組では「焼けたなー」「どっか遊びに行った?」等と平和な会話が繰り広げられているが、彼女に至ってはこのイベントが思ったより心に圧し掛かってきたらしい。イスに座り「カムバック夏休み…」と呟きながら突っ伏していた。
「どうして私は学生なんだろう。あれ?どうして今日は月曜日なの?どうして今日は8月なの?あれ?どうして地球は動いてるの?なんなの?」
彼女がそろそろゲシュタルトの崩壊を起こしそうになった時、久しく聞いていなかったチャイムの音が鳴り響いた。それを合図に生徒はそれぞれの教室に戻り出し、Z組にもどどっとクラスメートが戻ってきた。
「ハル!久しぶりアル!」
「いいともー…」
「は?」
「あぁ、気にすんなチャイナ娘。ちょっとしたボケだから。軽度の夏休みボケしてるだけだから」
お前顔死んでんぞ、と席の近い鬼の副部長に失礼発言をかまされようとも、彼女は久しぶりの登校に中々嬉しそうな顔を見せない。
やがてトレードマークの白衣や眼鏡を身につけている我等が銀八がやってきても、彼女は肘をついたまま下ばかりを見て、いつものような明るい顔を見せたりはしなかった。
「全員来てるかー?………高杉は来てねぇな…」
「先生」
「なんだヅラァ。教室の中ではその長ったらしい帽子を取れ」
「先生帽子なんかかぶってません。寧ろ長ったらしい帽子って何ですか」
「じゃあ単刀直入に言う。ヅラをとれ」
「かぶってません!…じゃなくて、高杉君は今日はバイトを入れてるらしいので、学校に来れないと思います」
「あのやろっ!今度来た時反省文だな」
その張本人は知っててバイトを入れたに違いない。
彼女はそんな事をボンヤリ思いながら、銀八が説明している残りの夏休みの注意事項を右から左へと聞き流す。夏目にとってはそれは珍しい以外何でもない。あの銀八が話しているというのに、見向きもしないのだ。アイツ何かの病気かもしれねぇ、と密かに観察していた沖田が思い始めていた。
やがて話は終わり、登校日というイベントは想像していたよりあっけなく終わった。一体何のために登校させたんだ、という生徒の心中の叫びを聞かぬフリして、銀八は今度は下校ラッシュで騒ぎ出した廊下へと足を向ける。正直な話、銀八だって好きで登校している訳ではない。何でこんな短時間の為にココに来なきゃいけねーんだよ、と教師らしからぬ思いを(やっぱり)持っていたりもした。Z組の生徒がそれを知っているというのは暗黙の了解である。
相変わらず落ち着きのないクラスであったが、元気である証拠と感じ、銀八は特に口うるさく注意なんてものは言わなかった。だがしかし、1人だけ気になる生徒が居た。話の最中ずっと肘をつき、ぼんや~りとした態度で座っていた女生徒。話が終わり、周りがチラホラ帰り出した今でもその態度を貫いたまま。
思わず気になって、ゆっくりと近寄って声をかけてみた。
「夏目」
「うひゃい!!?」
変な悲鳴を上げながらでも我に返ったのか、大きな目をパチクリとさせて、机の前に立っている銀八に視線を向けた。
「何だお前。夏バテか?」
「え?ど、どうしてですか…」
「いや、何かボーッとしてるし…」
「そ…そうですか?」
「あ!って言うかお前!!」
ここで突然銀八が何かを思い出す。急な大声に驚いたのか、彼女の肩がビクリと揺れる。この空気は怒られるという事を学生本能は知っているのだ。
「補習に一度も来なかったじゃね~か…」
「(ギクッ)」
「今ギクッってなったな。心当たりがあるんだろ」
「ち、違います。今のは只の痙攣です!」
「どんだけ重い言い訳だそれは」
「いや、あのですね、夏休みは色々ありましてですね!」
「ほぉ~?祭とかで忙しかったってか?」
「ま、祭とか!盆踊りとか!あ、後は花火大会とか!」
「夏目さん夏目さん、正直すぎても先生怒っちゃうゾ?」
「いや、ホントすいませんでした…」
「先生の目を見て謝りましょうね~?」
気持ち悪いぐらいニコニコしている銀八の笑みを見て近くに居た沖田が「気持ち悪ッ」と本音をもらした所で、よし、と彼が何かを決めたような声を出す。また彼女の学生本能が「これヤバイ空気じゃね?」と訴えかけるが、時既に遅し。
「今から二者面談するぞ」
「いやぁぁあぁぁぁぁああぁぁあ」
「メッ!嫌じゃありません!」
渾身の叫びも銀八のお茶目な怒り方に激沈してしまった。
「じゃ、職員室で待ってるからな~」
「いぃぃやぁぁあだぁぁあぁあぁあ」
どれだけ叫んだ所で彼女に拒否権はなく、銀八は無慈悲にも教室を出てしまい、残されたのは絶望に打ちひしがれる彼女と面白そうにニヤニヤと笑っている沖田の姿だけがあった。
「お誘い頂きやしたねィ」
「総ちゃんのバカ」
「ほらほら行ってきなせェ」
「総ちゃんのアホ」
「じーーっくり進路の話でもしてこれば良いんでさァ」
「総ちゃんのインキンタムシ!!!」
彼女なりの暴言を好きなだけ吐いた所で、特に何も入れてきてない鞄を引っ提げて行ってしまった。
「(おお、これは重症でィ)」
あの銀八に!(沖田にとって正直な話一体どこに魅力があるか分からない)あの銀八に誘われたというのに!彼女があそこまで嬉しそうな素振りを見せないというのは重症であった。夏バテより厄介である。
よっぽど進路の事で煮詰まっているのか、嫌々に出かけた彼女の背に一応は心の中で合掌をしてみる。
ご愁傷様。
そう思いながら、下校のチャイムに乗り彼もまた教室を出て行ったのであった。
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