焦りの合唱
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夏休みがようやく後半を迎えた頃の私といったら、宿題に中途半端に手をつけて、夏バテだーと言い訳をしては家でだらしなく過ごす日々だった。クラブはもう無い。でも宿題は残っていて、受験も残っていて、ついでに付け足すなら母親に頼まれている家事も残っている。
「あぁあぁぁぁ暇あぁぁぁあぁ」
息を吐き出すようにそう叫んだって返事がくる訳でもなく、私は部屋のベッドに沈み込んだ。窓を開けていたって風は入ってこない。只セミの大合唱が得意気に部屋に飛び込んでくるのだ。ぐぅう、とお腹が間抜な音を立てたのに気付き、朝から枕元に置きっぱなしの携帯に手を伸ばして時間を確認してみる。メールが数件入っていたけれど全部がメルマガで、少し寂しい気持ちを味わいながらも、今が丁度昼過ぎである事が分かった。
「どおりでお腹がすく筈だ…」
合宿が終わってからと言うものの体は一切使っていない。なのにお腹がすくもんだから、忠実にご飯を胃に運んでいけば体重が増えるのは必至であった。案の定、少し太った。
「今日の昼ご飯は何って言ってたかな……?」
両親が仕事に出かけたせいで家には一人しかおらず、自分の部屋よりはどことなくヒンヤリしているリビングに行けば、机の上にラップのかかっている焼飯を見つけた。お腹がすいていたせいもあってかとても美味しそうに見え「おぉ…!」と声を上げる。
「いっただきまーす!」
たった一人のリビングで、特に見たい訳でもないテレビをつけて寂しさを紛らわせながらご飯を食べた。そろそろ母親に頼ってばっかいないで自分でご飯を作れるようにならなくちゃ!…そう思い始めてかれこれ1年は経っている。洗濯物は朝の内に干した、庭の木に水もまいた、お風呂掃除は夕方にやるつもり、洗い物は……。
「………」
いま自分が食べている焼飯が入っているお皿は見ての通り油がへばりついている。食べ終わった皿を流し台の水につければそれはサァッと水面に浮き出ていた。シャボン液のようにオーロラ色に輝くでもなく、白くて薄い膜のように浮き出た油に、私は一気にヤル気を削がれる。こんな油だらけのものを洗いたくなんかない。そう思っても洗わなきゃいけないのは私しか居ないので、取り合えず洗剤をそのお皿に直接かけて少しの間水に浸しておく処置をとった。これなら洗う時には少し油が落ちているだろう。もう高校生なんだから家事ぐらい一人で出来る出来る!……この意気込みは2年前ぐらいの私の他愛も無い戯言と化そうとしていた。テレビを消してリビングを出て、また戻ってきた部屋はやはり暑く、日差しがもともに当たっているせいか何かと眩しい。冷房をつけたい所だけど生憎故障中で、壁にはりつけている小さな扇風機が熱中症にならない為の命綱。まぁ特に勉強をしている訳じゃないからリビングに居ても良いし、冷房のついている両親の部屋のベッドの上で昼寝してても良いし、影のかかっている和室に移動したって良い。どうせならその部屋のどれかに移動してアイスを食べてゴロゴロするのが快適だろう。でも、勉強してないからこそ部屋に居たいって思う私は頑なにここに居続けていた。今は「勉強してるのー?」とたまに聞いてくる母親は居ないけど、下に降りれば誰かにそれを言われそうで、自信をもって「してるよ!」と言えない私は引き篭もるしかなかった。たぶん私の性格上、勉強してたら褒めてもらいたいが為にひっきりなしにリビングに降りそうである。寧ろそれは集中しているのかどうか分からないけど、挙句の果てにリビングで参考書を開きそうである。昔から何気に見てくれ願望が強かっただけに、この性格は直せそうにない。
”勉強してるの?偉いわね。じゃあ少し休憩しよっか。ほら、ミカン冷やしておいたの”
そう褒めてくれる母に少し罪悪感を抱いているのは、休憩するほど頭を使ったりはしていないから。シャーペンを持っている手にプリントのインクがうつって黒く汚れているのを見ただけで変にやってる感がわく私なのだ、数時間も勉強すればそれこそカーニバルを一人で催して喜んでそうだ。
「私かっこワルー……」
高校受験は中学受験と違う、大学受験は高校受験とは違う。
「けっきょくどの受験も違うんじゃん……」
何度かそんな事を聞くけど、つまり言いたい事はどの受験も今まで自分が経験してきた受験とは違うって事で、甘く考えるな勉強しろって事なんだろう。分かっていながらも中々行動にうつせなくて、まず宿題を終わらせれば良いのにそれさえしてなくて、暑い部屋で「うーあー」と項垂れる日ばかりだ。このままじゃ駄目だってのは分かってる。もう高3なんだから自分の進路をちゃんと考えて、その旨を親に伝えてしっかり理解してもらって協力を得て、学校の先生にも背中を押してもらって…。そうしてもらいたいのは山々なんだけど、私は何しろ志望校をまだ見つけていない。
将来の夢、って言ったらなんか恥ずかしいけど、なりたいものは一応ある。
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