進め女王!
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――下町では、今何が流行っていますか?
――…そうですねえ……ドッキリマンチョコのシールを集める事とか…
――バックリマン?
――いえ、ガックリマン……あれ?なんだっけ?
――……私は、羨ましいです……
――…………
――私も、自由に遊びたい……
パトカーから見える景色がびゅんびゅんと変わってゆく。不機嫌そうな顔で助手席に座っている土方は6本目のタバコに手を伸ばし、流石に彼女が「吸いすぎですよ」と口を挟んだ。
「ウルセー、黙って吸わせろ」
「苛々するのは分かりますが……」
「そのまま過労死してしまえば良いんでさァ」
「あぁ!?」
いつもの如く土方に喧嘩を売る沖田にため息をつきながら、彼女は交差点を右に曲がった。
幕府から緊急の密命が入ったのは今朝方。まだ報道もされていない極秘任務だ。
徳川家の姫が黙って城を出たと聞かされた時、彼女はちょうど見回りに出かける前であった。あからさまに面倒くさそうに顔を歪めていた沖田とは違い、彼女は何とも言えない顔で立ちつくした。
何度か警護を通して言葉を交わした事があった姫の事を、彼女はよく覚えている。自由になりたい、と心の声を直に聞いていた彼女にとって、今回の搜索はどうにも乗り気になれなかった。そんな思いを土方に悟られてはいけないと思い、平常心を保って運転手役をかってでた。
「……がむしゃらに車を走らせても意味ないですし、取り敢えず屯所に戻りますか?」
「いや、がむしゃらでも適当に探すしかねぇだろ。裏の通りは二番隊と三番隊に任せてある。情報が入り次第すぐに行ける場所に居とかねぇとな」
「よし、じゃあ一番隊はバーベキューパーティーの準備でもしときゃ良いですかねィ」
「馬鹿なのお前」
全くもってヤル気のない一番隊を見回りに任せたのは土方の指示だ。抜かりのない副長が入れば、"そよ姫"が見つかるのも時間の問題だろう。彼女は何とも言えない重い気持ちを抱えたままだった。
山崎から伝わった目撃情報をもとに歌舞伎町を走っているものの、あんな清楚な姫が騒がしいこの町を選んで歩く訳がなかった。もちろん可能性は一つずつ潰していくのが基本で、沖田の隣に座っている近藤は(ロッカー仕様)気難しそうな顔をして外を睨んでいる。
それをチラリと見た緋村は「見つかりそうです?」と適当に声をかけてみる。
「いや……」
「…そうですよね………もう見つからなくても良いじゃないですか…」
「緋村、おま…――」
「やっぱりバーベキューパーティーじゃなくて、寄せ鍋パーティーの方が良かったんじゃないか?」
「さっすが近藤さんでさァ。おい、山崎聞いたか?今すぐ寄せ鍋を用意しな」
「アホな事に無線を使うんじゃねェェエエエ!!!って言うか近藤さん!アンタそんな事ずっと考えてたのかよ!!」
「やっぱり鍋はご馳走だと思うんだが」
「やめろその庶民的発想!」
「私もご馳走だと思いますよ~」
「お前は黙って運転しとけ!!」
はーい、と間延びた返事と共に今度は左へ曲がる。その表情はなんとやる気のない事か。後ろの人間に総突っ込みをしていた土方だったが、フと視線を細め、運転している彼女をやや睨む。
「……さっきのは聞かなかった事にしといてやる」
「………見つからなくても…ってやつですか?」
「これは幕府が絡んでんだ。何か事が起こった後じゃ遅ェんだよ」
「……分かってます」
「あらら、糸にしちゃ珍しいですねィ」
「糸はそよ様と仲が良いもんなぁ」
苦笑いで彼女の言葉の非を許してくれる近藤に甘えて、ますます顔からやる気が抜けていく。土方の鋭い視線だって無視出来るぐらいだ。
仲が良い、なんて言ったら恐れ多いが、気が合ったのは確かだ。警護役として出向いた筈なのに、トランプで遊んだ事もあったり、剣術のイロハを話してくれと頼まれ雑談を楽しむ時もあった。そして緋村は知るのだ。そよ姫が如何に自由のない生活をしているかと。
「はぁああぁ……」
「露骨にため息出すんじゃねぇよゴルァ」
米神を拳骨でグリグリと押され、イテテテテと棒読みで痛がる彼女の目に見えたのは赤信号。
「!!」
ではなく、ガラの悪い博打屋から意気揚々と出てきた神楽とそよ姫の姿。このまま真っ直ぐ行けば間違いなく土方達の目に入る。
そう考えた後の彼女の行動は早かった。素早くアクセルを踏み、アクション映画張りのドラフト技を見せた。
急な方向転換のせいで車内にはそれなりのGが掛かり、頭を窓で強く打ち付けた近藤は完全に白目を向いていた。
「お……おまっ、お前急に何しやがんだァァァアアアア!!!!」
「ちょっと反対車線に戻りたかったんです」
「なら他の場所で安全にUターン出来ただろうが!」
「急にアクセルが踏みたくなったんです」
「駄目だ、こいつ病気だ」
総悟運転変われ、と土方が後ろを振り返ろうとする。しかし今振り返られては、楽しそうに歩いている例の二人が目に入る可能性が出てしまう。一瞬心臓がヒヤリとして、今度は急加速の後、ブレーキを踏まずに見事に右に曲がる事が出来た。
「ってぇー……!!」
「大丈夫ですか副長!すみません私のドライビングテクニックが炸裂してしまって!」
「良い根性してんじゃねぇか緋村~……!!」
沖田も完全に白目をむいた所で、唯一の生き残りである土方が暴走車のハンドルを横から奪った。そのおかげで、パトカーは右へ左へと蛇行運転を数百メートルも続けた。
「うわ、ちょっと副長!危ないですって!」
「お前の運転の方がよっぽど危ないわ!!良いから代われ!!」
「私がやります…って副長!!!前!!!」
彼女が声を上げた時には遅く、パトカーは脇に立っていた電柱へ見事に突っ込んでいった。
**********
少し遠くの方から、何かがぶつかった様な音が聞こえた気がした。思わずそよは顔を上げるが、神楽は気にせず菓子選びに夢中だった。
博打で豊かになったお財布を手に、二人は駄菓子屋へ入っていた。初めて見る下町の駄菓子に、そよは目を輝かせて微笑んでいる。
神楽とそよが公園で出会ってから、かれこれ数時間が経った。それまで色んな場所に行って、色んな事を経験した。
強面のオジサンに囲まれ博打もしたし、パチンコで確変も起こしたし、池でカッパも釣り上げたし、神楽が喧嘩に勝って報酬金を貰った様子も見た。何もかもがそよにとって初めてで、いつもの自分の日常を珍しそうに見てくる彼女に、神楽もまた心無しか楽しそうにしていた。
歳も近い女の子同士。性格や暮らしている場所や環境は違えど、二人には既に友達としての絆が出来上がっていた。
半日程度の時間で歌舞伎町の濃い部分ばかりを練り歩いた二人は、やがて団子屋の長椅子に腰を下ろした。空はいつの間にか夕焼け色に染まっている。
「スゴイですね~」
団子を食べた後で、そよは心底感心した声を出す。姫らしい綺麗な声は、それでも色の濃い城下町の興味を拭いきれていない。
「女王サンは私より若いのに、色んなことを知ってるんですね」
「まーね」
串を口にくわえながら器用に話す神楽は、手放さない傘の下からそよを覗いた。
「あとは一杯ひっかけて"らぶほてる"になだれこむのが、今時の"やんぐ"ヨ」
まァ全部銀ちゃんにきいた話だけど、と神楽が付け足す。おそらく意味が分からずに言った言葉は、同じくそよも分からなかったのか小首を傾げる。
そよが意を決して飛び出した外は、全てが自分の知らないものだった。人の一日の流れを肌で感じ取って、神楽と出会ってもっと深くまで町を知って、胸一杯に出来上がった思い出に少し疲れも出てきた。
そしてぽつりぽつりと呟かれるのはそよの想い。それはとある真撰組隊士にも話した事があった。