綺麗な薔薇は薙刀を持っていた
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きょくちょー?きょくちょー、いらっしゃいますかー?
そんな柔らかい声に、沖田はアイマスクをずらして欠伸を一つ。畳で転寝をしていたせいか関節が痛み、起き上がって首をまわせば何度か骨が鳴った。
きょーくーちょー。
声は相変わらず聞こえ、トレードマークのアイマスクをジャケットにしまった沖田は、廊下に顔を出して声の主を捜す。ぴょこりと跳ねている寝癖が風に揺れて可愛らしいが、機嫌は超絶に悪そうだ。
きょくちょー。
やがて声を発している人物が角から現れ、沖田が「糸」と名を呼ぶ。
「あれ、沖田隊長。今は見回りの時間じゃ?」
「そんな事より」
「いやそんな事よりじゃなくて」
「ちょ、うるっさい。昼寝の邪魔をするな」
「働いて下さい」
「お前は俺の母ちゃんか」
「あらあら総悟チャン、寝癖がついていますよ」
「ウゼー」
不機嫌そうに顔を歪める沖田にやれやれと肩をすくめる彼女はまさに母親に見えなくもないが、今は彼の面倒を見ている場合ではなかった。この屯所の長である近藤の姿が朝から見当たらず、思い当たる所を探し回っているのだ。
「書類の事で確認したい事があったんですけど……沖田隊長、どこに行ったかご存知です?」
「あー……」
屯所のどこにも見当たらないというなら、彼の向かう場所はただ一つ。恒道館道場だ。
「こうどうかん…道場…?」
「万事屋んトコの眼鏡の家でさァ」
「あぁ、志村さんの!……でも何でそこに用があるんですか。出稽古ですかね」
「行けば分かるこの鈍感娘」
「む、何が鈍感なんですか」
とにかく行けば分かる、と言い切られ、彼女は素直にその場所へ向かう事を決めた。昼寝を邪魔されて超絶に機嫌が悪い沖田は再び畳に転がっている。
勤務態度の悪い上司にため息をつくのはいつもの事であって、彼女はすぐに頭を切り替え屯所の門をくぐった。気持ちの良い青空が江戸に広がっている。
「うん!良い天気!」
晴れやかな笑顔で深呼吸をした彼女は、足取軽く、噂の恒道館道場へと向かったのであった。
**********
「いつの間に入ってきやがったこのゴリラァァアアアア!!!!」
おおよそ志村妙という綺麗な女性から発せられている声とは思えぬ叫び。ヒュンッと空気を裂きながら華麗に振り回す薙刀の先には、冷や汗を流し寸の所で逃げている一匹のゴリラの姿があった。そのゴリラこそ、緋村が捜していた真撰組局長である近藤勲だ。今日も忙しい合間を縫って妙への愛を語りに来たのが、飽きもせず逆鱗に触れ、こうして捌かれようとしている。座布団になりきり、妙の尻に敷かれようと待っていたのがいけなかったのだろうか。
「真撰組の局長がいつまでストーカーしやがんだァァア!!!」
「ぎゃぁぁあああ!!!お、お妙さん!落ち着きましょう!」
逃げ回る近藤に、殺気を撒き散らし追いかける妙。その光景を何度も、と言うか毎日見ている新八は毎度の事ながらため息をもらす。
志村妙という女性は、確かに綺麗な女性だ。また、芯も強く、侍の娘らしく凛とあり続けている。そんな彼女の欠点を上げるならば、台所でダークマターを作ってしまう事と、般若の顔つきで薙刀を振り回す事。そう、今の様に。
「待てやァアァアアアアアァ!!!!」
「ぎゃァァァアアァァアア!!!!」
「……………」
時には拳、時にはメリケンサック、時には金棒、時には鉄釘バット、……毎日進化を遂げていく姉の武器には新八もゾッとしていた所だ。今日は薙刀だからまだマシの方だな、と納得しがたい事を思いながらもようやく腰を上げる。
屋敷中を駆け回っている五月蝿い足音へ向かって、新八は声をかけた。
「じゃあ僕は万事屋に行きますからねー!!本当に近藤さんを刺しちゃ駄目ですよ姉上ー!!」
「新八君待ってェェエエエエ!!!!行っちゃダメェェエエエエ!!!」
「うおわっ!?」
突如として障子をつき破り泣きついてきたのは、追いかけ回されている張本人だった。
「勲を置いていかないで!」
「気持ち悪い事を言わんで下さい!!」
「ここで死にたくない!!」
「ならさっさと諦めろやァァアァアアア!!!!」
「ギャァァアアアァァァアアア!!!!!!」
天井から、新八に泣きついていた近藤目掛けて刃を振り下ろす妙の攻撃が新八の頬をかする。あやうく姉に一刺しされそうだった所で、彼女は今度こそ近藤に渾身の飛び蹴りをお見舞いしてやった。近藤の飛距離は庭に飛び出しても止まらず、硬い塀をぶち壊し、外に出た所で止まった。大きな穴の開いた塀の欠片がパラパラと音を立てて落ちている。
「ふぅ……これで静かになったわね」
「静かになったって言うか静かにさせたんですけどね……」
顔を引き攣らせながら新八が答えるが、彼女の怒りはまだおさまらないらしい。
毎日毎日朝も昼も夜も、時間が動いている限りつきまとわれる彼女の怒りは最早宇宙にまで到達し、薙刀を振り回したりする事に罪の意識など無いのだ。寧ろ彼女から言わせたら近藤こそが罪。なのでこうして排除すべく体を動かしている。単純かつ明確な掃除方法に、新八は飛んでいった近藤に向けて合掌した。
「さて、とどめを…」
「近藤さん逃げてェェェエエエ!!!」
本気で殺ろうとしている姉と、本気で止めようとしている弟。さすがに「殺人者」…いや、「動物虐殺」の罪を姉にかぶせたくない新八は、まだ倒れているであろう近藤に声をかける。
今日こそ完全に息の根が止められると感じ取った新八は、近藤に向かって歩みを進める妙より先に大きな穴を潜って外に出た。
若干砂埃が立ち込める中、彼はきっと電柱下のゴミ収集場所に突っ込んだのだろう。
「近藤さん、大丈夫で…――」
「あれ?局長じゃないですか。何やってるんですかー、こんな所でー!」
新八の言葉を遮り声をかぶせてきたのは、どこかで聞いた事のある優しい声。
「もー、ゴミ置き場で寝るぐらいなら屯所で寝て下さい。ホラッ、立って下さい!」
「……緋村さん…?」
「え?…あ!志村さん!こんにちは」
「こんにちは……って引き摺ってる!近藤さん引き摺ってます!!」
「大丈夫です、いつもの事ですから」
「いつもの事!?」
笑顔で新八に挨拶をした緋村は、ようやくお目当ての人間をゴミ置き場に見つけた所で屯所に向けて引きずり出す。涼しい顔で引き摺っていく部下と、白目を向いている近藤の世にも奇妙なツーショットを新八は見送っていたのだが、「あら?」という声に呼び止められ彼女の動きが止まる。
「真撰組にこんな可愛らしい方が居たかしら…?」
「?…こんにちは」
頬に手を当ててニコニコと笑って近づいて来るお妙に、彼女は首を傾げながらも挨拶をする。何ゆえに若干血のついた薙刀を持っているのかが分からなかったのだ。
「隊士の緋村糸です」
「初めまして、志村妙です」
「志村、妙、さん………あぁ!お姉さんですね!新八さんにはいつもお世話になっております」
礼儀正しくペコリと頭を下げる彼女に、妙が「まぁ!」と感心の声を上げる。
妙にとって、真撰組はストーキングゴリラが住む檻だと考えている。毎度毎度その檻から抜け出して、一体監視員(土方や沖田)は何をやってるんだと憤りを感じていた矢先、彼女と出会った。
むさ苦しい雰囲気など持ち合わせていない、純粋無垢な瞳。腰には刀がぶら下っているが、味気の無い黒の制服を着せるには少々勿体無い人材だと見抜いてしまった。
「こちらこそ、ゴリラにはいつもお世話をかけられております」
「ゴリラ?」
「姉上ちょっと待って下さい!緋村さんは関係ないですから、危害を加えちゃ駄目ですよ!?」
「フフ、ならゴリラから受けた我が家の損害は誰が補償してくれるの?」
「もしかして、うちの局長が何かしちゃいましたか?」
「いやいやいやいやいや何でも無いです大丈夫です!!!!」
なんとかして彼女を巻き込むまいと新八が背を押すのだが、お妙が近藤を掴んでいないもう一方の手を捉えてしまった。まずい、と新八は焦ったが時既に遅かった。
「上司の尻拭いは、貴女がして下さるのかしら?」
「へ?」
素っ頓狂な声を出した瞬間、背景に潜んでいた般若の顔が雷と一緒に姿を現した。その凄味に押され、彼女も新八も青ざめた。
「家の修繕費、アンタに払ってもらおやないかい」
「えぇぇぇえー!!?」
「ちょ、姉上何言ってんですか!」
バリバリ関西弁の妙の目は据わっていて、口元は笑っているのだが穴という穴から黒いオーラしか出ていない。
首にがっしりと腕を回され、悲しきかな、彼女はずるずると歌舞伎町へ向かい引き摺られていく。
「お助けぇぇええ!!!」
精一杯のヘルプだがここで妙に妨害を加えれば怒りの矛先が返ってくる事を新八はよく分かっていた。新八は只、ナームーと手を合わせる事しか出来なかった。