無いもの強請り
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何が欲しい?
屯所の食堂の手前、楽しそうな声が聞こえた。
なぁ、何が欲しいんだよ?
私に聞いている訳ではない。どうやら隊士の1人が誕生日を迎えたらしく、それを周りの連中が祝ってやっているんだろう。いい歳こいて、と思うけど、そういう仲間意識のあるココが私は好き。
少しだけ食堂に顔を出してみれば、騒ぎの真ん中には照れた顔して笑っている隊士が1人。ご丁寧にクラッカーまでやったのか、色とりどりのテープが床に散らばっていた。
「別に欲しいものなんて無ェんだよなー…」
「んだよ、夢がねぇなぁ!せめてエロ本とかさぁ…」
「誕生日にエロ本なんか頼んでどうすんのよ。男ってサイテー」
「別に俺そんなん頼んでないっスよ!」
「あ、糸ちゃん、今から俺と見回りだっけ」
「そうですよー!もう、ミントンしてるかと思ったら食堂に居るんだから…探しても見つからない訳ですね」
「ごめんごめん。それじゃ、また帰ってきてから祝おうな!」
山崎君が隊士たちにそう声をかけて、先に歩き出した私の後を追ってくる。
何が欲しい?
さっきの言葉がグルグルと頭をかけ巡る。何が、欲しい。
「今日も暑いねー!」
「えぇ、ホントに」
何が欲しい、だなんて。
ようやく今日の仕事も終えて、それでもまだ隊服のままで私は門前に居た。門番も屯所に引っ込み、目前の道は人すら歩いていない。オレンジ色に染まっている道に、人影は一つも無かった。
適当に門の影に入って、陶器で出来た小皿に程よく折った木を入れる。何本かが皿の中に綺麗に重なって入った所でマッチを取り出す。慣れた手つきで木に近づけてみれば、威力は小さくても簡単に移った。パチパチと音が鳴っている。しゃがみ込んだまま、それが燃える様子をじっと見つめていた。
「ほぉー……迎え火か…」
「!」
後ろから覗き込んでくるような声が聞こえて肩をびくつかせた。文字通りその人は後ろから火を覗きこんでいた。
「ひ、土方さん!気配なく近づかないで下さいよ!」
「一番隊隊士なら気配ぐらいよめ」
「無茶言わないで下さいよ」
自分はちゃっかし黒の着流しに着替えていた。私もさっさと着替えれば良かった。別にここから離れることは出来るけど、あともう少し居ようと思う。あと少し、火が大きくなるまで…。
「もう盆なんだな…」
木が燃えている独特の匂いをようやく感じ始め、薄らと煙も上がる。それはしゃがんでいる私を越す前に簡単に風に流され消えていった。儚いな。見上げて、そう思った。
”迎え火”だなんて、日本にも面倒なものがあったもんだ。面倒くさい。何より、それを忠実に行っている自分自身が面倒くさい。きっと無表情のまま煙を見たのがいけなかったのか、土方さんが「阿呆面」とからかった。やかましいですよ、と返して、今度は送り火を見てやった。匂いが、少しきつくなる。
「………オイ」
「…はい?」
「……お前いま何考えてる?」
私の隣に立っている土方さんは、さっきの私のように上を見ている。惜しくもココから顔は見えないので茶化しは出来ないから、素直に答える事にしておいた。
「………何が、欲しいか」
土方さんは、そうかぃ、とだけ言った。
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