嘘ついたら針千本のーます
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えー…と、何処から何処まで話せば良いんでしょうねィ……え?全部話せって?
…はいはい、全部ね……。
じゃあまずアイツの生い立ちから話しやしょうか?
アイツは…糸は、江戸出身じゃありやせん。もう少し遠い田舎の土地で生まれて、道場の娘としてごく普通に生きてた女の子でした。ああ、これもアイツの兄さんから知った情報なんですが、んでもって、家族構成は4人、でした。
両親は糸が4つの時に不慮の事故で亡くなったらしいんでさァ。
それからは、まだ15歳だった兄さんがつきっきりで糸の世話をして、そりゃあ大変だったらしいですが、その地域の環境が良かったのかそれともあの兄妹の人柄が良かったのか、周りから色々助けられながら何とか二人で生活してたらしいんでさァ。
親のように兄さんを慕ってた糸はすくすく育っていきやした。
…兄さんは父親の代わりに道場を継ぎ、アイツはその師範代になる事を目指して剣に励んでたんでさァ。
もちろん、その当時に真撰組なんて組織はまだ出来上がってないし、アイツもそもそも家を出る気は無かったでしょーよ。
ただ、たった一人の肉親のあの人と一緒に居たかっただけなんでさァ。
でも、時代は道場の賄いだけで生きていける程優しくはありやせん。周りに受けた恩を返さなきゃいけない、とでも思ったんでしょうね…あの人は、自分の剣の腕を、幕府に売った。
糸は、18歳でした。
すんげー駄々こねたらしいですぜィ。行かないで、ずっとここに居て、行っちゃやだ。……アイツが甘えられんのは、多分あの人だけなんでしょうねィ。でも精一杯のお願いも、あの人には通じなかった。
元々、糸の為に働きに出るようなもんでしたから。
勿論腕の立つあの人ァすぐに幕府に迎えられ、護衛役として表立つようになった。給料はそりゃ良いでしょうが、時には身代わりにならなきゃいけねーかもしれない危険な仕事でさァ。糸は心配して心配して大変だったらしいですぜィ。
あ、ついでに言っておきやすが、あの人が幕府に入ったと同じぐらいに俺も近藤さん達ととっつァんに拾われてきやした。そんで、護衛役として初任務に出た時に、出来上がったばかりの俺達真撰組と接触したんでさァ。
初めまして、よろしくお願いします。
あの人ァ、人懐っこい笑みで俺達田舎侍に言ってくれやしてねィ…。武州の田舎から出てきた俺達に、気兼ねなく声をかけてくれる人でした。護衛役の人間と、出来上がったばかりの田舎集団となら地位の差なんざ分かるでしょう?
それでも、あの人は俺達を下の人間として扱わなかった。
も、それがすんげーフレンドリーで、江戸の生活にまだ慣れてない俺の世話も色々してくれやした。自分の事で大変だった筈なのに……今思えば、本当に感謝で一杯なんでさァ、あの人には……。
俺にも、総悟ぐらいの年の妹が居るんだ。
そう楽しそうに話してたのを今でも思い出せやす。
今も絶対家で泣きべそばっかかいてるぞー?お兄ちゃん早く帰ってきてー、ってな……。俺が江戸に来る時も大変だった。18の娘が駅でわんわん泣くんだぞ?もう泣き止ませるのに大変で……何だろなー、俺の育て方が間違ってたのかな……?…あぁ、でも根は優しい良い子なんだ。ちょっと強がりな所はあるけど、いつでも人を想いやれる子だ。何てったって俺のたった一人の可愛い妹だしな。あ!そうそう!実はな、明後日にその可愛い妹様が江戸に来るんだよ。俺もここに来てそろそろ1年経つんだけどさー、その間に一度も会いに行ってやれてねーんだよなぁ……。それで、この前久しぶりに電話したら、私が江戸に会いに行くー、って言い出して……アイツは一度言ったら絶対にするからなぁ……。だから明後日にここに来る事になったんだ!……え?そりゃ楽しみさ!総悟、糸と仲良くしてやってくれよな。
それからその明後日、糸が来る当日、あの人ァ死にやした。
………まあ、正しく言えば殺されたんですけどねィ。
…旦那、最初の方に言った通り、護衛役なんてロクな事が無いんでさァ。
あの人を殺したのは名も無い浪人。仕事を全うしたが為に人を斬っていたあの人に逆恨みしてたんでさァ。
だから、つまり、その浪人は仲間をあの人に殺された。だから自分も殺してやった、って事を主張していた。
馬鹿な話でしょう?
そりゃ確かにあの人が人を斬ったのは事実、そいつの仲間を斬ったのも事実…。でもね、旦那も分かってるかもしれやせんが、守るべき者が居る人間にとって善悪の選択肢なんて無いんでさァ。
守る為には斬っていかなければいけない。
あの人は、何より糸が大切だった。
……丁度その殺された場面に、糸も出くわしちまったんでさァ。1年ぶりに会う兄の姿に心躍ってたでしょーよ…。でも見てしまったのは兄が斬られる姿。そん時のアイツの気持ちなんざ考えても考えても到底分かりやせん。
そして糸はこの真撰組に入ってきたんでさァ。
兄を殺したというのに相手は死なず、牢に入れられた犯人を心底憎いと感じたんでしょうねィ。きっと最初の頃の入隊目的なんか、アイツを殺したいから剣の腕をもっと磨きたい、とか何とかだったんじゃないんですかィ?その頃のアイツの目は死んでやしたからねィ。どんな風に世界が見えてんだ、って言うくらい死んだ目で、周りを信じられなくて……俺にも反抗ばっかり。どっちかって言うとアイツの方が問題児でした。想像もつかないでしょう?
アイツは女で、まだこれからの人生があるって年なのに真撰組に入ってきて、でも俺達にアイツを追い出す勇気が無かったんでさァ。優しかったあの人の"大事な姫さん"を、一人で外の世界に放り出せなかった。
それは間違いなく同情。
でもね、旦那。それはもう昔の話なんでさァ。今のアイツを俺達は同情で真撰組に置いてなんかいやせん。必要だから居てもらってるんでさァ。糸に居てもらわねーと困るんでさァ……世話になったあの人に面目がつかねぇってのもあるんですが、何よりアイツは家族みたいなもんでねィ………だから今回アイツはあの人の死に関わる事で心が揺らいでやすが、俺が、俺達が何とかしてやらねーといけないんでさァ。
真撰組の結束は崩させやせん。
………あ、旦那ー着きやしたぜィ。これが、糸の兄さんのお墓でさァ。
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