第1章 取材開始
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文詠社、週刊真報デスク。
プレートの打ち付けられたドアの前に、馬淵可奈子は立ち尽くしていた。
「記事の裏は取った、ちゃんとチェックも貰った。ネットにちゃんとあがってるのも見た。だから大丈夫、大丈夫、大丈夫……」
自分へ言い聞かせるように、可奈子は呪文のように言葉を呟き続けていた。
大学の授業が終わり、携帯の電源を入れてすぐ見えた通知が週刊真報の編集長からのメールだった。
『大事な話があるので、授業が終わったらすぐにデスクに来てください』
用件のみの端的な連絡に、可奈子は喉を引き攣らせた。
記事の提出以外で呼び出しを受けたことがない可奈子としては、悪い方向にばかり想像が行ってしまう。
ようやく気持ちが落ち着いたところで、恐る恐る週刊真報の入っているテナントのドアを開き、屋内へと身体を滑り込ませる。
「お疲れ様でーす……」
声を潜めながらドアを閉め、すぐに在原のデスクへと小走りで向かう。
そして、周囲の邪魔にならないよう控えめな声で編集長を呼ぶ。
「あの、在原さん……」
可奈子の呼びかけに、編集長の在原はすぐ反応してくれた。パソコン画面を見つめていた視線がこちらに移る。
「ああ、馬淵さん。お疲れ様」
にこりと浮かべられる笑顔。
呼び出しという重荷がなければ、何も悪いことを感じずに返事ができただろう。可奈子は引き攣った笑みしか返せなかった。
「で、あの。メールを頂いたお話って……」
「ああ、うん」
話を出すと、在原は思い出したように目を瞬かせた。
「これまで書いてもらってたWEBでの記事は引き続き書いてもらいながら、UDIラボでの長期取材に行ってほしいんだ」
在原からの話は、意外にも「良い話」だった。
現在、週刊真報デスクにはアルバイトの記者という肩書で在籍している。大学生活の合間に取材へ出向き、記事を書いている形だ。WEBに掲載する小さな単発記事を担当していた可奈子にとって、長期間同じ場所での取材は初めてとなる。
しかし可奈子の中で、1つだけ引っかかることがあった。
「ゆーでぃーあい、らぼ」
在原から伝えられた名称をオウム返しのように呟くと、向かいのデスクから呆れたような声が掛かる。
「平仮名読むみたいに喋ってんじゃねーぞ、報道記者志望」
在原と同期にあたる、神楽坂宗司だ。
比較的顔が整っている社員が集まる週刊真報デスクの中でも特に男前の顔つきで、女性社員の中では人気上位だ。学生時代にバスケットボール部に所属していたらしく、身長は180㎝超え。高身長に好印象という、異性にモテる要素を持っている。
だがデスクの中では部下を弄って楽しむ愉快犯なので、部下兼後輩という立場である可奈子から見れば「困った上司・先輩」としか見たことがない。
「ソウ」
溜息を吐いた在原が、窘めるように神楽坂を渾名で呼ぶ。
在原の視線に気づいた神楽坂は数回目を瞬かせ、「へいへい」と肩を竦めた。
再び可奈子と在原の視線が交わる。
「UDIラボ、知らない?」
「あ、はい。全く……」
在原の問いに、可奈子は素直に首を振った。ここで取り繕っても、この編集長は騙せない。
可奈子から視線を外し、眉間を解し始めた在原。
「……すみません」
可奈子は思わず謝罪を述べて頭を下げた。
そこへ、助け船のように説明を入れてくれた救世主がいた。
「不自然死究明研究所、略してUDIラボ」
穏やかな笑みを浮かべて銀髪を揺らす美青年、宗像廉。デスクの中では可奈子と年齢が一番近い。
「……宗像さん」
「お疲れ様、馬淵さん」
こちらに向かって掛けてくれた言葉に、慌てて「お疲れ様です」と返す。
腕に封筒を抱えているところから見て、原稿を持ってきたということだろう。
「英語では、Unnatural Death Investigation Laboratory 。その頭文字を取って、UDIと呼ばれてるんだ」
「へえ……」
初めて知った言葉に、感嘆が漏れた。
説明をしてくれた宗像は在原の横に立ち、原稿の入った封筒を差し出した。
「モリ先輩、原稿です」
「ありがとう。いつも早くて助かるよ」
「いえ、とんでもないです」
先輩社員と上司のやり取りを見ながら呆けている可奈子の目に、苦笑を浮かべる宗像が映った。
「その顔は、全然ピンと来てないね」
「まず、『不自然死』っていうのが」
「お前……」
再び、神楽坂。
書類の束越しに聞こえた溜息に、肩が強張る。
「お前、在籍は法学部だろ。不自然死に関して明確な記載があるのは医師法だが、刑事法にも記載はあるぞ」
神楽坂からの指摘に、「うぐっ」と呻き声が零れた。
大学の籍は、確かに神楽坂が指摘した通り法学部だ。しかし法律に関する知識があるかと言えば自分のことながらも口を傾げるしかない。在原には毎度もう少し勉強しろと叱られているが、申し訳ないことに一切改善していない。
「まぁまぁ。今知れたんだから良いじゃない」
「在原さん……!」
「勉強不足は否めないけどね」
「うっ」
こういった時、在原は容赦がない。
しっかり勉強していない自分が悪いのだが、擁護しておいて叩き落してくるとはこれいかに。
「取り敢えず、1週間後に取材行ってもらうよ。それまでに、しっかりと勉強すること」
可奈子は大人しく首を縦に振り、その場から立ち去った。
***********
それからの一週間、可奈子は『不自然死』に関する書籍とあれば手当たり次第に読み漁った。
1日目に在原から進捗確認の連絡が来たことで己の的外れな書籍選択が判明し、再び叱られることにはなったが、その後は順調に進められている。先輩社員からアドバイス、もとい茶々を入れられながらの勉強となったが。
そして、運命の1週間後。
『勉強』に関して全く信用を得られていない可奈子は、取材日の午前にデスクへ呼び出された。そこで在原に対し勉強の成果を披露する、ということである。
在原から出題された質問は、UDIラボに関する基礎事項と必要性。可奈子は途中で言葉に詰まりながらも、どうにか全てに返答できた。
一通りの質問を終えた在原が、静かに息を吐いた。その表情からは、何も読み取れない。
「在原、編集長。どう……ですか?」
気が焦り、思わず結果を訊いてしまう。
すぐさま我に返り、姿勢を正した。
「し、失礼しました! 何でもないです!」
「大丈夫だよ。合格」
「……え?」
さらりと告げられた言葉に、強張らせていた肩の力が一気に抜ける。
「今までの中で一番しっかり勉強できていたね。これなら、多分あちらでも問題ないと思うよ」
「良かったなー、モリからのお説教回避できて」
喜びで舞い上がりそうになった心を、向かいのデスクから飛んできた揶揄い文句が叩き落してきた。
私だってやるときはやります、なんて言いたかったが、あまりにも信用性がないので喉の奥に押し込んだ。
そんなことをしていると、神楽坂がオフィスチェアから立ち上がってこちらへと歩いてくる。
「ま、これから頑張れ、よっ」
最後の一言と同時に、原稿用紙で頭を一発。
神楽坂は誌面のメインを担当するため、その原稿重量も可奈子以上になる。そんな束で叩かれようなら、痛みは普通のものではない。
後頭部を直撃した痛みに、思わず両手で押さえた。
何をするか、と怒れれば良いのだがそこまでの精神力は無い。
可奈子は黙って取材の準備に移るほか考えられることは無かった。
プレートの打ち付けられたドアの前に、馬淵可奈子は立ち尽くしていた。
「記事の裏は取った、ちゃんとチェックも貰った。ネットにちゃんとあがってるのも見た。だから大丈夫、大丈夫、大丈夫……」
自分へ言い聞かせるように、可奈子は呪文のように言葉を呟き続けていた。
大学の授業が終わり、携帯の電源を入れてすぐ見えた通知が週刊真報の編集長からのメールだった。
『大事な話があるので、授業が終わったらすぐにデスクに来てください』
用件のみの端的な連絡に、可奈子は喉を引き攣らせた。
記事の提出以外で呼び出しを受けたことがない可奈子としては、悪い方向にばかり想像が行ってしまう。
ようやく気持ちが落ち着いたところで、恐る恐る週刊真報の入っているテナントのドアを開き、屋内へと身体を滑り込ませる。
「お疲れ様でーす……」
声を潜めながらドアを閉め、すぐに在原のデスクへと小走りで向かう。
そして、周囲の邪魔にならないよう控えめな声で編集長を呼ぶ。
「あの、在原さん……」
可奈子の呼びかけに、編集長の在原はすぐ反応してくれた。パソコン画面を見つめていた視線がこちらに移る。
「ああ、馬淵さん。お疲れ様」
にこりと浮かべられる笑顔。
呼び出しという重荷がなければ、何も悪いことを感じずに返事ができただろう。可奈子は引き攣った笑みしか返せなかった。
「で、あの。メールを頂いたお話って……」
「ああ、うん」
話を出すと、在原は思い出したように目を瞬かせた。
「これまで書いてもらってたWEBでの記事は引き続き書いてもらいながら、UDIラボでの長期取材に行ってほしいんだ」
在原からの話は、意外にも「良い話」だった。
現在、週刊真報デスクにはアルバイトの記者という肩書で在籍している。大学生活の合間に取材へ出向き、記事を書いている形だ。WEBに掲載する小さな単発記事を担当していた可奈子にとって、長期間同じ場所での取材は初めてとなる。
しかし可奈子の中で、1つだけ引っかかることがあった。
「ゆーでぃーあい、らぼ」
在原から伝えられた名称をオウム返しのように呟くと、向かいのデスクから呆れたような声が掛かる。
「平仮名読むみたいに喋ってんじゃねーぞ、報道記者志望」
在原と同期にあたる、神楽坂宗司だ。
比較的顔が整っている社員が集まる週刊真報デスクの中でも特に男前の顔つきで、女性社員の中では人気上位だ。学生時代にバスケットボール部に所属していたらしく、身長は180㎝超え。高身長に好印象という、異性にモテる要素を持っている。
だがデスクの中では部下を弄って楽しむ愉快犯なので、部下兼後輩という立場である可奈子から見れば「困った上司・先輩」としか見たことがない。
「ソウ」
溜息を吐いた在原が、窘めるように神楽坂を渾名で呼ぶ。
在原の視線に気づいた神楽坂は数回目を瞬かせ、「へいへい」と肩を竦めた。
再び可奈子と在原の視線が交わる。
「UDIラボ、知らない?」
「あ、はい。全く……」
在原の問いに、可奈子は素直に首を振った。ここで取り繕っても、この編集長は騙せない。
可奈子から視線を外し、眉間を解し始めた在原。
「……すみません」
可奈子は思わず謝罪を述べて頭を下げた。
そこへ、助け船のように説明を入れてくれた救世主がいた。
「不自然死究明研究所、略してUDIラボ」
穏やかな笑みを浮かべて銀髪を揺らす美青年、宗像廉。デスクの中では可奈子と年齢が一番近い。
「……宗像さん」
「お疲れ様、馬淵さん」
こちらに向かって掛けてくれた言葉に、慌てて「お疲れ様です」と返す。
腕に封筒を抱えているところから見て、原稿を持ってきたということだろう。
「英語では、
「へえ……」
初めて知った言葉に、感嘆が漏れた。
説明をしてくれた宗像は在原の横に立ち、原稿の入った封筒を差し出した。
「モリ先輩、原稿です」
「ありがとう。いつも早くて助かるよ」
「いえ、とんでもないです」
先輩社員と上司のやり取りを見ながら呆けている可奈子の目に、苦笑を浮かべる宗像が映った。
「その顔は、全然ピンと来てないね」
「まず、『不自然死』っていうのが」
「お前……」
再び、神楽坂。
書類の束越しに聞こえた溜息に、肩が強張る。
「お前、在籍は法学部だろ。不自然死に関して明確な記載があるのは医師法だが、刑事法にも記載はあるぞ」
神楽坂からの指摘に、「うぐっ」と呻き声が零れた。
大学の籍は、確かに神楽坂が指摘した通り法学部だ。しかし法律に関する知識があるかと言えば自分のことながらも口を傾げるしかない。在原には毎度もう少し勉強しろと叱られているが、申し訳ないことに一切改善していない。
「まぁまぁ。今知れたんだから良いじゃない」
「在原さん……!」
「勉強不足は否めないけどね」
「うっ」
こういった時、在原は容赦がない。
しっかり勉強していない自分が悪いのだが、擁護しておいて叩き落してくるとはこれいかに。
「取り敢えず、1週間後に取材行ってもらうよ。それまでに、しっかりと勉強すること」
可奈子は大人しく首を縦に振り、その場から立ち去った。
***********
それからの一週間、可奈子は『不自然死』に関する書籍とあれば手当たり次第に読み漁った。
1日目に在原から進捗確認の連絡が来たことで己の的外れな書籍選択が判明し、再び叱られることにはなったが、その後は順調に進められている。先輩社員からアドバイス、もとい茶々を入れられながらの勉強となったが。
そして、運命の1週間後。
『勉強』に関して全く信用を得られていない可奈子は、取材日の午前にデスクへ呼び出された。そこで在原に対し勉強の成果を披露する、ということである。
在原から出題された質問は、UDIラボに関する基礎事項と必要性。可奈子は途中で言葉に詰まりながらも、どうにか全てに返答できた。
一通りの質問を終えた在原が、静かに息を吐いた。その表情からは、何も読み取れない。
「在原、編集長。どう……ですか?」
気が焦り、思わず結果を訊いてしまう。
すぐさま我に返り、姿勢を正した。
「し、失礼しました! 何でもないです!」
「大丈夫だよ。合格」
「……え?」
さらりと告げられた言葉に、強張らせていた肩の力が一気に抜ける。
「今までの中で一番しっかり勉強できていたね。これなら、多分あちらでも問題ないと思うよ」
「良かったなー、モリからのお説教回避できて」
喜びで舞い上がりそうになった心を、向かいのデスクから飛んできた揶揄い文句が叩き落してきた。
私だってやるときはやります、なんて言いたかったが、あまりにも信用性がないので喉の奥に押し込んだ。
そんなことをしていると、神楽坂がオフィスチェアから立ち上がってこちらへと歩いてくる。
「ま、これから頑張れ、よっ」
最後の一言と同時に、原稿用紙で頭を一発。
神楽坂は誌面のメインを担当するため、その原稿重量も可奈子以上になる。そんな束で叩かれようなら、痛みは普通のものではない。
後頭部を直撃した痛みに、思わず両手で押さえた。
何をするか、と怒れれば良いのだがそこまでの精神力は無い。
可奈子は黙って取材の準備に移るほか考えられることは無かった。
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