【SHIKI】0101012
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
それから数日。
楽譜をさらい、会社の吹奏楽練習の日に早めにスタジオ入りをして練習をした。これなら志季に送っても良いだろう、というくらいのレベルにまで何とか行き着けた。
休日でも比較的空いている近場のカラオケ店に入り、部屋の中の音声を全て切る。
鞄から折り畳みの譜面台とコピーした譜面を取り出し、テーブルの上に置いた。
まずは譜面台だ。組み立てた後、ソファに座って見える程度にまで高さを調節する。十分な高さになったところで、譜面を置く。
ふう、と息を吐き、後ろを振り返る。
あとはチューバだ。
ケースから取り出し、ピストンの調節。電子チューナーを使ってチューニング。
ここまでやって、ようやく演奏が出来る。
「……譜面わずか30秒前後」
ふと呟き、心の中がどんよりと暗くなる。
自分が引き受けたとはいえ、僅か30秒前後のためにここまで時間を掛けたのだ。
「……無駄にしてくれるなよ」
誰にも聞こえない独り言を呟く。
志季が中途半端なことをする訳がないのは、これまでの付き合いで理解している。しかし、言いたくなるのは許してほしい。
スマートフォンの録音機能をONにし、息を吸う。
何度も練習した、30秒前後の譜面。
送る相手は彼氏であると同時にプロの音楽家だ。下手な演奏をして失望されたくはなかった。
指の震えを押さえながら、何とか吹ききった。
画面をタップし録音終了とする。
横にチューバを置くと同時に、全身から力が一気に抜けた。
「お、終わった……」
まるで一曲ぶっ通しで吹いた時のような疲労感。
1分程経った頃、どうにか普通の感覚が戻って来た。
今のうちに志季に送ろう。寄り掛かっていた背もたれから身体を起こし、録音した音源を確認する。
呼吸を整える為に長めに取った無音状態以外は、送っても問題の無い状態だ。
序盤の無音を編集でカットし、送信可能なファイルに変換する。
メールアプリを開き、メールの作成画面を呼び出す。志季のメールアドレスは、すぐに呼び出せた。あとは題名に『音源』と入力し、音源を添付ファイルにするだけ。
勢いで全ての作業を終わらせ、内容を確認する。
「よし送信ッ!」
意味の無い勢いをつけ、『送信』をタップした。
そのまま後ろに倒れた私は、カラオケ店からの延長に関する連絡が来るまで眠ってしまっていた。
音源を送った後、志季から届いたのは「ありがとう」の一言だけ。
いや、私結構頑張ったんですけど。労いゼロ? 文面を見た瞬間は怒りが沸いたが、冷静になってみると締切直前で追い込まれている志季の可能性が浮かび上がってきた。
修羅場なら仕方ないか、と流せるようになったのはここ最近の話だ。
それから音源に関して話が上がることは無く、私も忘れていた。
丁度私の記憶からその苦労が抹消された日だった。
新曲シングル発売、とメディアで大々的に取り上げられているテレビを見て「そういえばそうだっけ」と思い出した。
私自身SolidSのファンではないので、メディアで取り上げられるか本人から一報がなければ新曲の話やライブの話は一切耳に入らない。
CM内で流されたクロスフェードは、比較的好みの曲調だった。SolidSにしては珍しく、バラード曲が多い。特にシングルのタイトルにもなっている曲は、ブラスバンドが使われているのが好印象だ。
折角だし買うか、と仕事帰りに思い立ち楽器店でCDを買った。
通勤鞄にCDを入れ、幾分か軽い足取りで帰宅する。
リビングのテーブルに置いているノートパソコンを起動し、その間に着替えや飲み物の用意をしてしまう。
そういえば、どこかにヘッドフォンを仕舞いこんでいたはず。ふと思い立ち、心当たりを探してみる。難航するかと思いきや、すぐに見つかった。
丁度パソコンが立ち上がりきったところで、ラグに胡坐をかきCDをパソコンに入れる。同時に、ヘッドフォンのプラグを挿した。
プレイヤー画面が出現し、CDの再生を始める。
メディアが大々的に取り上げていたように、今までのSolidSとは異なった曲調だ。まるで悲しみの中に希望がある、とでも言うような。
曲が中盤まで来たところで、音が籠る。
何か再生機器に異常が出たかと確認するも、特に見当たらない。
籠った音の真相に辿り着く前に、次のフレーズへ移ってしまう。
「……ん?」
違和感を覚え、音が籠ったところに巻き戻す。
今度は少し音量を大きく。
くぐもった音で聞こえるチューバのソロ。音の運びといいテンポといい、妙に聞き覚えがある。
取り敢えず聴き終わろう、とそれ以降巻き戻す手は止めた。
「……やっぱり、何か」
首を捻って、5秒。
急ぐ必要もないのに慌てて立ち上がり、数日前にプリントした譜面を探し出す。
リビングのテーブルに譜面を置き、再び聞き覚えのあるフレーズまで曲を早送りにする。
音量を更に上げて聞こえたソロは間違いなく自分が志季に送ったものだ。プロのものではない。
すぐにスマートフォンの電話帳から『篁志季』を呼び出す。
ワンコール、ツ―コール、スリーコール。
「はい、篁です」
「どーも。篁さんの彼女です」
つっけんどんな返答をした時点で志季は用件を粗方察したのだろう。電話口から「ぐっ」と喉を詰まらせる音が聞こえた。
そんな志季に構わず続ける。
「今日は新曲の発売日だったようで。お疲れ様です」
「……ああ、ありがとう」
「ところで、一曲目に関して一つ質問があります」
遠回りが苦手な私は、すぐに用件を述べる。
「途中のチューバ、どなたの演奏でしょう?」
「オーケストラの中のチューバ奏者だ。俺も名前までは知らん」
「にしては随分とヘタクソでしたけど?」
「気のせいだろう」
「14年チューバ吹いてる人間の耳舐めんな」
どうにかして逃げようとする志季にとどめを刺す。
無言が続く。
つまり、答えは一つ。
「あのチューバ私がこの前送ったやつだよね?! 趣味で作ったって言ってなかったっけ?!」
「確かに、息抜きで少し作ったんだが、」
「『だが』何?! 私参考になるならとは言ったけど音源に入れ込まれるなんて話聞いてないんだけど?!」
「すまん、それに関しては俺が悪かった。だから話を聞いてくれ」
「はぁ?!」
慌てて弁解しようとする志季に、声の調子が一段上がる。
「私最初に訊いたよね、何で録音欲しいのって! その時志季『参考にするため』って言ってたじゃない! アレ嘘だったってこと?!」
「違う、その時は確かに参考にする程度だった」
「ならプロに頼めば良かったんじゃない!」
「お前の音だからッ!」
志季が珍しく声を荒げた。
驚くあまり、ぴたりと止まってしまう。
ふー、と何かを吐き出すように溜息を吐いた志季は同じ台詞を言い直した。
「お前の音だから、入れたいと思った」
「私の、音?」
オウム返ししか出来ない私へ言い聞かせるように、志季の言葉が続く。
「お前が送ってくれたあの音源で、曲のインスピレーションが湧いた。だからこそ、あの曲の原点になるお前の音源を入れたかった」
「――んなの、」
「オケを収録した際にいたチューバ奏者にも吹いてもらった。だが、違うと思った。あれにふさわしいのは、お前の音だ」
私の音でないと、曲が成立しない。
今まで聞いた志季の言葉の中でも、一番になりそうな殺し文句だ。
頭の中が沸騰する。
うぅ、と小さく唸りながら背後のソファに凭れ掛かった。
心配そうに私の名前を呼ぶ声が機械を通して聞こえる。
「大丈夫か?」
「大丈夫なわけない」
「すまん。勝手に、」
「無駄にかっこいい殺し文句投げるな、馬鹿」
怒る気も失せた私は、そのまま電話を切る。
電話口で志季が慌てたような声が聞こえたが、私の知ったことではない。
ぼふり、とソファに顔を埋める。
数秒黙るも、胸の中でぐるぐると渦巻く感情は落ち着く様子がない。
「志季のばぁーーーーーーーーーか!」
ソファに顔を埋めたまま、思い切り叫ぶ。
それでも収まることの無い感情のまま、ソファに寝ころびゴロゴロと転がった。
馬鹿、馬鹿、志季の馬鹿。会えなくなって何か月も経ってるのにそういう殺し文句言ってくるな。会いたくなるじゃない。
END.
楽譜をさらい、会社の吹奏楽練習の日に早めにスタジオ入りをして練習をした。これなら志季に送っても良いだろう、というくらいのレベルにまで何とか行き着けた。
休日でも比較的空いている近場のカラオケ店に入り、部屋の中の音声を全て切る。
鞄から折り畳みの譜面台とコピーした譜面を取り出し、テーブルの上に置いた。
まずは譜面台だ。組み立てた後、ソファに座って見える程度にまで高さを調節する。十分な高さになったところで、譜面を置く。
ふう、と息を吐き、後ろを振り返る。
あとはチューバだ。
ケースから取り出し、ピストンの調節。電子チューナーを使ってチューニング。
ここまでやって、ようやく演奏が出来る。
「……譜面わずか30秒前後」
ふと呟き、心の中がどんよりと暗くなる。
自分が引き受けたとはいえ、僅か30秒前後のためにここまで時間を掛けたのだ。
「……無駄にしてくれるなよ」
誰にも聞こえない独り言を呟く。
志季が中途半端なことをする訳がないのは、これまでの付き合いで理解している。しかし、言いたくなるのは許してほしい。
スマートフォンの録音機能をONにし、息を吸う。
何度も練習した、30秒前後の譜面。
送る相手は彼氏であると同時にプロの音楽家だ。下手な演奏をして失望されたくはなかった。
指の震えを押さえながら、何とか吹ききった。
画面をタップし録音終了とする。
横にチューバを置くと同時に、全身から力が一気に抜けた。
「お、終わった……」
まるで一曲ぶっ通しで吹いた時のような疲労感。
1分程経った頃、どうにか普通の感覚が戻って来た。
今のうちに志季に送ろう。寄り掛かっていた背もたれから身体を起こし、録音した音源を確認する。
呼吸を整える為に長めに取った無音状態以外は、送っても問題の無い状態だ。
序盤の無音を編集でカットし、送信可能なファイルに変換する。
メールアプリを開き、メールの作成画面を呼び出す。志季のメールアドレスは、すぐに呼び出せた。あとは題名に『音源』と入力し、音源を添付ファイルにするだけ。
勢いで全ての作業を終わらせ、内容を確認する。
「よし送信ッ!」
意味の無い勢いをつけ、『送信』をタップした。
そのまま後ろに倒れた私は、カラオケ店からの延長に関する連絡が来るまで眠ってしまっていた。
音源を送った後、志季から届いたのは「ありがとう」の一言だけ。
いや、私結構頑張ったんですけど。労いゼロ? 文面を見た瞬間は怒りが沸いたが、冷静になってみると締切直前で追い込まれている志季の可能性が浮かび上がってきた。
修羅場なら仕方ないか、と流せるようになったのはここ最近の話だ。
それから音源に関して話が上がることは無く、私も忘れていた。
丁度私の記憶からその苦労が抹消された日だった。
新曲シングル発売、とメディアで大々的に取り上げられているテレビを見て「そういえばそうだっけ」と思い出した。
私自身SolidSのファンではないので、メディアで取り上げられるか本人から一報がなければ新曲の話やライブの話は一切耳に入らない。
CM内で流されたクロスフェードは、比較的好みの曲調だった。SolidSにしては珍しく、バラード曲が多い。特にシングルのタイトルにもなっている曲は、ブラスバンドが使われているのが好印象だ。
折角だし買うか、と仕事帰りに思い立ち楽器店でCDを買った。
通勤鞄にCDを入れ、幾分か軽い足取りで帰宅する。
リビングのテーブルに置いているノートパソコンを起動し、その間に着替えや飲み物の用意をしてしまう。
そういえば、どこかにヘッドフォンを仕舞いこんでいたはず。ふと思い立ち、心当たりを探してみる。難航するかと思いきや、すぐに見つかった。
丁度パソコンが立ち上がりきったところで、ラグに胡坐をかきCDをパソコンに入れる。同時に、ヘッドフォンのプラグを挿した。
プレイヤー画面が出現し、CDの再生を始める。
メディアが大々的に取り上げていたように、今までのSolidSとは異なった曲調だ。まるで悲しみの中に希望がある、とでも言うような。
曲が中盤まで来たところで、音が籠る。
何か再生機器に異常が出たかと確認するも、特に見当たらない。
籠った音の真相に辿り着く前に、次のフレーズへ移ってしまう。
「……ん?」
違和感を覚え、音が籠ったところに巻き戻す。
今度は少し音量を大きく。
くぐもった音で聞こえるチューバのソロ。音の運びといいテンポといい、妙に聞き覚えがある。
取り敢えず聴き終わろう、とそれ以降巻き戻す手は止めた。
「……やっぱり、何か」
首を捻って、5秒。
急ぐ必要もないのに慌てて立ち上がり、数日前にプリントした譜面を探し出す。
リビングのテーブルに譜面を置き、再び聞き覚えのあるフレーズまで曲を早送りにする。
音量を更に上げて聞こえたソロは間違いなく自分が志季に送ったものだ。プロのものではない。
すぐにスマートフォンの電話帳から『篁志季』を呼び出す。
ワンコール、ツ―コール、スリーコール。
「はい、篁です」
「どーも。篁さんの彼女です」
つっけんどんな返答をした時点で志季は用件を粗方察したのだろう。電話口から「ぐっ」と喉を詰まらせる音が聞こえた。
そんな志季に構わず続ける。
「今日は新曲の発売日だったようで。お疲れ様です」
「……ああ、ありがとう」
「ところで、一曲目に関して一つ質問があります」
遠回りが苦手な私は、すぐに用件を述べる。
「途中のチューバ、どなたの演奏でしょう?」
「オーケストラの中のチューバ奏者だ。俺も名前までは知らん」
「にしては随分とヘタクソでしたけど?」
「気のせいだろう」
「14年チューバ吹いてる人間の耳舐めんな」
どうにかして逃げようとする志季にとどめを刺す。
無言が続く。
つまり、答えは一つ。
「あのチューバ私がこの前送ったやつだよね?! 趣味で作ったって言ってなかったっけ?!」
「確かに、息抜きで少し作ったんだが、」
「『だが』何?! 私参考になるならとは言ったけど音源に入れ込まれるなんて話聞いてないんだけど?!」
「すまん、それに関しては俺が悪かった。だから話を聞いてくれ」
「はぁ?!」
慌てて弁解しようとする志季に、声の調子が一段上がる。
「私最初に訊いたよね、何で録音欲しいのって! その時志季『参考にするため』って言ってたじゃない! アレ嘘だったってこと?!」
「違う、その時は確かに参考にする程度だった」
「ならプロに頼めば良かったんじゃない!」
「お前の音だからッ!」
志季が珍しく声を荒げた。
驚くあまり、ぴたりと止まってしまう。
ふー、と何かを吐き出すように溜息を吐いた志季は同じ台詞を言い直した。
「お前の音だから、入れたいと思った」
「私の、音?」
オウム返ししか出来ない私へ言い聞かせるように、志季の言葉が続く。
「お前が送ってくれたあの音源で、曲のインスピレーションが湧いた。だからこそ、あの曲の原点になるお前の音源を入れたかった」
「――んなの、」
「オケを収録した際にいたチューバ奏者にも吹いてもらった。だが、違うと思った。あれにふさわしいのは、お前の音だ」
私の音でないと、曲が成立しない。
今まで聞いた志季の言葉の中でも、一番になりそうな殺し文句だ。
頭の中が沸騰する。
うぅ、と小さく唸りながら背後のソファに凭れ掛かった。
心配そうに私の名前を呼ぶ声が機械を通して聞こえる。
「大丈夫か?」
「大丈夫なわけない」
「すまん。勝手に、」
「無駄にかっこいい殺し文句投げるな、馬鹿」
怒る気も失せた私は、そのまま電話を切る。
電話口で志季が慌てたような声が聞こえたが、私の知ったことではない。
ぼふり、とソファに顔を埋める。
数秒黙るも、胸の中でぐるぐると渦巻く感情は落ち着く様子がない。
「志季のばぁーーーーーーーーーか!」
ソファに顔を埋めたまま、思い切り叫ぶ。
それでも収まることの無い感情のまま、ソファに寝ころびゴロゴロと転がった。
馬鹿、馬鹿、志季の馬鹿。会えなくなって何か月も経ってるのにそういう殺し文句言ってくるな。会いたくなるじゃない。
END.
2/2ページ