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【SHIKI】0101012

 中学から吹奏楽を続けて、もう14年は経つ。14年前、吹奏楽部の入部届を提出した時には、まさかここまで長くやっているとは思わなかった。
 大学で応援団直属の吹奏楽部に所属していた私は、OBOGの紹介によって就職先には困らなかった。企業内の応援団に所属する条件は付いたが、私にとっては大したものではなかった。社会人になってまで応援に行きたくない、という人が多い中で貴重な人材として重宝されている。
そんな形で所謂『吹奏楽馬鹿』の道を進んでいる私には、不思議なことに付き合って年単位になる彼氏がいる。
 篁志季。
言わずと知れた、ツキノ芸能プロダクション所属のアイドルである。
 彼とのつながりは中学まで遡る。4月でよくある「出席番号順」の席配置で、たまたま隣同士になった。きっかけはそれだけだ。
 私がどうやって志季に喰われる羽目になったか(語弊があるのは百も承知)は本題から逸れるから置いておく。
そして今、私はその彼氏から奇妙な頼み事をされていた。
「……私の演奏を、録音?」
「ああ、頼めるか」
「色々、不安なんだけど」
 電話越しに聞こえる平坦な声に、一つ苦言を漏らす。
「取り敢えず訊いて良い?」
「何だ」
 頼む立場で何を上からふんぞり返ってるんだこの野郎。
 思わず吐きそうになった暴言を喉から腹の底へ戻し、至って普通の質問だけを抽出した。
「何でチューバのパート譜だけ? しかもテンポも曲想も書いてないんだけど。これデータのミス?」
「まあ、趣味で作ったからな。初めからチューバしか書き起こしていないし、曲想もテンポも考えていない」
「その状態でよく私に吹かせようと思ったねお前」
「次は?」
「スルーかオイ!」
 渾身のツッコミを入れるが、あちらはどこ吹く風といった様子。まともな返答をする気はないらしい。
「何の為に私の演奏の録音をご所望で?」
「打ち込みだと、どうしても音が機械的になる。だから実際の楽器の音を参考にしたい。それでは不満か?」
「不満どころか怒りしかわかない」
 ひくりと眉が釣り上がる。
「私の部屋は普通の賃貸だから防音なんて大層なものはありません! どこで録音しろと?!」
「ならうちに来ればいいだろう」
「恋愛禁止って言ったの誰でしたっけ?!」
「俺だな」
「ならツキノ寮は却下! まず候補に挙げてる時点でおかしい!」
「安心しろ、お前の存在は社長も知ってる」
「どういう意味か今度訊かせてもらおうか?!」
 本題から一気に脇道へ逸れて行き、脇道を法定速度ガン無視で走るこの馬鹿はどうやったら止められるのか。一人考えるが、一切対策が思いつかない。
「とにかく、OKできません! 以上!」
 一息に却下の旨を告げれば、機械を通して聞こえた「ちっ」という音。
「篁さん。途轍もなく腹立たしい音が聞こえた気がしますが」
「気のせいだ。恐らく機材の何かの音だろう」
「それ本当だったら一大事だと思うんだけど。どうしてそうも平然としているのかな」
「すまん俺の舌打ちだ」
「あっさり白状したしめっちゃ腹立つ!」
 はぐらかされたのはたった数秒。すぐ白状するなら嘘言うな馬鹿、と内心毒づいた。
 溜息を吐き、本題に戻す。
「何でまたチューバ? SolidSの曲、というより志季が作る曲って吹奏そんなに多くないよね?」
「そうだな」
 ふと浮かんだ疑問を投げれば、想定通りの肯定が返ってきた。
 記憶の限り、志季の作る曲はロック調が多い。必然的にバンド音が増える。今までブラスバンドが中心で作曲されたものを聴いた記憶がなかった。
 肯定に続いた一言に、私は黙るしかなかった。
「ふと浮かんだメロディがチューバに合うと思ったんだ」
「それはまた……」
そう言われてしまえば、こちらに反論の余地はない。楽器を変えろ、というのは素人から口を出せることではないだろう。
「まぁ、それで後々志季の仕事に繋がるんなら良いけど……」
 深い溜息とともに、「また私が折れなきゃダメなのかー」と肩に重みが掛かる。
我ながら、自分が折れることで2人の関係は今でも成り立っているのではないかと思う。
志季は音楽に関して比較的柔軟な考えをしているが、それが私生活まで同じかと言えば否だ。年下である奥井くんと口論するのが日常茶飯事だと言うのだから、救いようがない。あんたもう27でしょうが、と言いたい。
「そこまで言うなら、良いけど」
溜息交じりに折れてやる。
画面の向こうから、ホッとしたような声が聞こえた。
「助かった。さすがに趣味のためにプロを駆り出すわけにはいかないからな」
「仕事の方は大丈夫なの」
単なる確認のために訊いたのだが、一向に返答は来ない。
「まさか、仕事放ったらかしてるとか言わないよね……?」
返ってきたのは機械がぶつりと消えた音。
ツー、ツー、ツー。無機質な音が続く。
「あ、の馬鹿野郎ぉーーーーー!」
防音機能が一切ない一般的な賃貸の一室。
私は近所迷惑と訴えられそうなほどの大声で電話の向こうにいた相手を怒鳴った。
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