1.彼は猫? 犬? それとも狼?
夢小説設定
ヒロインの名前ヒロインの名前は2ページ以降登場します。
デフォルト名特有の話の流れがあるので、設定した名前によっては話が噛みあわない場合があります。
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浮上した意識に任せて目を開く。
上手く働かない頭で状況を整理しようと試みるが、よく思い出してみると昨夜から記憶が一切ない。
「梓さん、どうですか調子」
遠くの方から聞こえてきたのは、高塚の声。
「もう朝ですよ」
「―――仕事!」
高塚の一言で、日付を越えたことに気付く。
すぐに身体を起こすが、突然襲ってきた気持ち悪さに身体を縮こまらせる。
うずくまる梓の傍に、高塚がゆったりと歩み寄りしゃがんだ。
「保険証、持ってます?」
「……一応」
痛む頭を抱えながら答える。
「マスターが車出してくれるらしいんで、病院へレッツゴー、です」
「は……」
いつもの軽い口調の中に、怒りが見え隠れしている。
「嫌なら世良さん呼びますよ?」
高塚の口から出た名前に、梓は白旗を挙げるしかなかった。
溜息を吐き、痛みを訴える額を押さえた。
「分かった、行く。行くから、世良には連絡するな」
「ほーい」
ふん、と鼻を鳴らした高塚は梓の脇に片腕を差し入れ、強引に引っ張り上げる。外野が見たら「病人に何をしているんだ」と言われそうな絵面だ。
高塚に抱えられて外に出ると、マスターが既に車を出していてくれた。
後部座席に乗り込むと、高塚が「携帯借りますね」といつの間にか鞄から出されてた携帯を振る。
ボタンを押せば出てくるのはロック画面。
黙って画面を差し出される。解除しろ、ということだろう。
暗証番号を入力し、ホーム画面が開かれた。
「欠勤連絡って誰にしてるんですか」
高塚が電話帳を弄りながら投げかけてくる。
「……上司。着信一覧の一番上にある」
了解っす、とだけ言った高塚はそのまま電話をかけた。
そして『小溝梓の弟』を演じた高塚によって欠勤連絡が入れられた。
*************
マスターと高塚に付き添われて受けた診察の結果、風邪が疲労により重症化したという診断を下された。
「ちゃんと連絡しておいてくださいよ、めっちゃ心配してたから」
マスターが運転する帰り道。高塚が何てことない口調で言ってきた。
誰に、と言われなくても高塚が指している人物は分かる。
「言われなくてもする」
「連絡を入れたらちゃんと寝てくださいね」
運転をするマスターの声も、心なしか少し怒っているようにも聞こえる。
梓は黙って頷くしかなかった。
梓が一人暮らしをしているアパートの前で停めてもらい、一人で降りる。
一日ぶりに部屋の鍵を開けた。
鞄を適当なところに置き、上着を被せる。
汗が染みこんだスーツを部屋着に替え、ベッドに腰掛けた。携帯のメッセージアプリを開き、『MICO』と名前を変えてあるスレッドを開く。
昨日はお騒がせしました。ただの風邪です。
端的に送り、充電コードに繋げる。
同時に、着信を知らせるバイブ。
慌てて通話開始にし、「はい、小溝です」と出来る限り不調を悟られないようしっかりとした受け答えを意識した。
「世良です。大丈夫だった?」
その一言で一気に力が抜ける。
何だ世良か、という一言が漏れそうになったが唾とともに飲み込む。言ってしまえば説教が始まるのは目に見えていた。
「さっきも送ったけど、ただの風邪。一日寝てれば治る」
「ちゃんと寝るんだよ?」
本日三度目。
黙り込んでいると、電話の向こうで世良は苦笑した。
マスターや高塚から同じことを言われたと察しているのだろう。
ふと、前日は世良が介抱してくれていたと高塚が言っていたことを思い出す。
あのさ世良、と前置いた。
「……心配掛けて、ごめん」
驚いたように一瞬息を呑んだ世良は、すぐに笑った。
「来年、一度もお店で倒れなかったら許してあげる」
突然提示された条件。
何故、世良が店で毎年倒れていることを知っているのか。その時はそこまで全く頭が回らなかった。ただ頭の中に浮かんだのは「守れそうもない」の一言だった。
「来年って、長い……」
「無理しないで、しっかり体調管理すれば良い話じゃない?」
「う……」
正論である。
「まあ、俺も手伝うからさ。頑張ろう?」
うん、と頷きかけ、ぴたりと止まる。
うっかりすれば聞き流しそうな調子で告げられた、とんでもない一言だった。
混乱する梓を置いて、世良はそのまま続ける。
「これからは、俺がちゃんと見てるから。無理してたら止めるし、体調崩しかけてたら悪化しないようにサポートする。何か辛いことがあったら聞く。これでどう?」
「監視か……」
「やだな、口説いてるんだけど」
あっさりと返された一言を、梓は「ああはい」と一瞬流しかけた。
しかし、少しずつ鮮明になっている思考によって、ふと違和感を覚えた。
「く、ど?」
「うん、口説いてるよ。病人の小溝さんにすることじゃないのは分かってるけど」
やはり、幻聴ではなかった。
梓は深い溜息を吐く。
「……分かり辛い」
「小溝さんはまず他人に甘えるってことを学習しないといけないからね」
「意味わかんない……」
溜息を吐けば、世良の柔らかい笑い声が電話越しに聞こえる。
「取り敢えず、この電話を切ったら寝ること。良い?」
「ああ、うん……」
「じゃあ、おやすみ」
それきり、通話が切れる。
沈黙した携帯を見つめ、一人溜息を吐いた。