1.彼は猫? 犬? それとも狼?
夢小説設定
ヒロインの名前ヒロインの名前は2ページ以降登場します。
デフォルト名特有の話の流れがあるので、設定した名前によっては話が噛みあわない場合があります。
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「管弦楽部って、結構仲良いよね」
口元を押さえて笑う世良に、梓は溜息を吐く。
再会してから、世良とは不定期で会っている。場所は再会したカフェ兼バー。座るのも、カウンター席だ。
最近あった面白い話してよ、と話題を振られ、思いついたのは部活の同期会しかなかった。
梓は当事者なので面白いどころか腹を立てたのだが、周りから見れば笑える話に括られるだろうと思い話してみれば案の定、というやつである。
「まぁ、ね。私の同期は比較的人数少なかったから」
「そうなんだ」
「基本的に1学年10人超えるんだけど、うちの代だけ10人ぴったりだった」
溜息を吐きながらカクテルを煽る。
「どの学年も同じパート同士は人数関係なく仲良いことが多いけど」
「チェロは……確かもう一人いたよね。片瀬さん、だっけ」
「多分、それ」
「多分って」
世良は呆れたような笑みを浮かべる。
どう説明しようか首を捻りながら、ぽつぽつと話す。
「うちの部って全員渾名付ける伝統あってさ。他の代は名前とか名字を少し弄っただけなんだけど、私の代は名前の跡形もない奴らが多過ぎて。連絡先も渾名で登録してるから、分からなくなる」
「そうなんだ。じゃあ小溝さんの渾名は?」
流れとしては当然とも思える世良の質問に、梓は肩を強張らせる。
2、3回視線を泳がせるも、世良は話題を変える気はないようだ。
溜息を吐き、小さく呟く。
「……豆柴」
「え?」
きょとん、とした世良に、苛立ちが募る。
「豆柴! 背ちっちゃいってだけで付けられた!」
自棄になって叫べば、世良は目を丸くした。
そして、ぶはっ、と吹き出すと同時にこちらに背を向けた。その肩は小刻みに震えている。
梓は自分の頬が熱くなるのを感じた。
「絶対笑われると思ったから言いたくなかったのに……!」
「ごめん、ちょっと、意外で……」
「文句はうちの同期に言って!」
眉尻を吊り上げて吐き捨てる。
笑いが落ち着いた世良は、目尻を人差し指で拭いながら微笑みを向けてきた。
「良いじゃない、豆柴。可愛い」
「実物はね」
「君だって、十分可愛いと思うよ?」
予想外の返答。
梓はぴしりと固まった。
「何でそうさらっと恥ずかしいこと言うわけ」
「俺は事実を言っただけなんだけど」
「あーあーもう聞こえないーーー」
そっぽを向いて告げる。
たまに世良から投げられるナンパじみた言葉に、梓は未だに慣れない。
「梓さんはもう少し自信を持った方が良いと思いますよ」
グラスを拭いていた、アルバイトの高塚が溜息交じりに割り込んできた。
「ガキがいけいけしゃあしゃあと」
「俺、梓さんとそんな離れてないですよ」
「小溝さん、そういえば下の名前『梓』か」
「そうですけど」
改めて言われると恥ずかしさがこみ上げる。気持ちを隠す様に早口で言えば、再び恥ずかしい台詞が投げられる。
「綺麗な名前だね」
「親の趣味てんこ盛りの名前なんだけど」
「でも、親御さんが強い想いを込めたんだなって分かるよ」
「……あっそ」
それっきり何も返さないでいると、高塚がケラケラと笑いだした。
「彼氏さんさすがっすね。梓さんのこと分かってる」
「彼氏じゃないっ!」
梓は睨みをきかせて噛みつく。
しかし高塚には全く効かず、寧ろ驚きで瞬きを見せられた。
「え、違うんですか。てっきり元彼か今彼かと」
「言い方が女子高生」
「まー下にJKいますからね」
「このやろっ……」
口が達者な年下に負けている。
ひくりと頬が引き攣り、歯を食い縛る。
「ま、まあ落ち着いて……」
苦笑しながら、「どうどう」と梓を落ち着かせようとする世良。
と、足元に置いていた鞄の中からバイブが聞こえた。
「ごめん、ちょっと電話出てくる」
スツールを降り、鞄から携帯を取り出す。
着信画面に出ているのは、梓の上司の名前だった。
通話を開始にして、店の外に出る。
すまない小溝くん、と申し訳なさそうな上司の声。
電話の向こうでは社内の喧噪が聞こえ、用件を大体察した。
******************
梓が店の外へ出たのを見計らったかのように、高塚はカウンターから身を乗り出してきた。
「で、実際どうなんですか」
そう尋ねてくる高塚に、里津花は苦笑を浮かべた。
「どうも何も、小溝さんの言う通りだよ」
「照れ隠しとか事実隠蔽じゃないんですね」
何だよつまんねー、と高塚は乗り出した身体を引っ込めて再びグラスを拭いていった。
若いからこそ一切隠そうとしない高塚の発言に、里津花は思わず苦笑した。
「うん、最近普通に話してくれるようになったしね」
「マジすか……。あー、でもそういえば、そうでしたね」
驚いたように目を丸めた高塚だが、思い出したように溜息を吐く。
里津花が梓と再会した日、高塚も丁度その場にいたのだ。それを思い出したのだろう。
「昔はどうしてか凄く嫌われてたんだよね」
「好きの裏返しとかでなく?」
「多分」
「なるほど……。って戻って来た」
高塚が慌てて背を伸ばす。彼にとってそれが仕事へのスイッチなのだろう。
眉間に皺を寄せながら店のドアを開いた梓は、早足でスツールの下に置いていた荷物を攫う。
「ごめん、会社戻らなきゃならなくなった」
「えっ」
驚く里津花の横で、高塚が「うええ」と顔を顰める。
「営業職大変ですねー……。てか俺就職したくない」
「高塚、理系じゃないでしょ? 院行ったらその後面倒になるよ。心理学系とかなら別だけど」
梓は鞄の中を探りながら正論を並べ立てる。
高塚にとっては耳にタコのようで、顰めていた顔が一層渋くなる。
「やめてくださいよそれ、教授とか親からも言われてるんですよ」
「日本が院卒もしっかり評価してくれる流れになればまた違うんだろうけどね。少なくともお前が就活の時期に入る時はそんな流れにならない」
「分かってますぅー」
そんな軽いやり取りの中で、梓は紙幣と硬貨をカウンターの上に並べた。
「取り敢えず、お代これで。お釣りは要らない」
「いやそれ困るんですって」
「チップとでも言えば良い?」
「それなら有難く」
あっさり引いた高塚に、「じゃあ宜しく」と言い残した梓は慌ただしく店を出て行った。
ありがとうございましたー、と頭を下げて3秒。再び顔を上げた高塚は、肩を竦めた。
「大丈夫かな、あの人」
「え?」
高塚の言っている意味が分からず、里津花は目を瞬かせながら訊き返す。
すると、高塚の表情が再び渋くなった。
「梓さん、結構無茶するタイプなんですよ。俺、1年の時からここでバイトしてますけど、年に1回くらい店でぶっ倒れます」
「……お店で?」
「家で倒れないだけ良いかってマスターは言ってますけど」
それはそれでどうなのだろう。
里津花は思わず顔を顰める。
「あの人、彼氏でも出来りゃ多少変わるんかなー」
「そんなに酷いの?」
「そりゃもう。何度マスターの雷が落ちたことか。マスターって滅多に怒らないんですけど」
「よっぽど、だね」
里津花はこの店に通い始めてまだ日が浅いが、マスターが穏やかに笑みを浮かべる姿以外を見た記憶がない。
そんなマスターが雷を落としたというのだから、恐ろしい。
「お兄さん、ホント何とかして下さいよあの人」
「俺に言われてもなぁ……」
里津花は高塚を責める気など全くなかったが、「すみません」と小さく謝罪が返ってくる。
里津花が職業柄迂闊に恋愛を出来ないことを思いだしたのだろう。
深呼吸とともに上下した肩は、落ちたまま戻らない。
「でも、怖いんですよ。ニュースとか見てると」
「まぁ、確かに……ね」
高塚が言いたいことは分かる。
近頃頻繁に取り上げられる、若者の自殺や過労死。もし梓の名前がその一部として取り上げられたら。
一気に重くなった空気を振り払うかのように、「ってか、お兄さんもですよー」と高塚が笑う。
「周りがしっかりしてるから大丈夫だよ」
里津花は事実を告げただけなのだが、対する高塚は曖昧に笑うだけだった。