1.彼は猫? 犬? それとも狼?
夢小説設定
ヒロインの名前ヒロインの名前は2ページ以降登場します。
デフォルト名特有の話の流れがあるので、設定した名前によっては話が噛みあわない場合があります。
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人数が少ないゆえに自然と関わることの多かった、高校時代の部活の同期。様々な場所へと分かれたが、予定が合えば同期会を開いている。
今回は 小溝梓を含む10人が勢ぞろいした。
当時の部長が乾杯の音頭を取り、一斉にグラスを鳴らす。酒豪から下戸まで雑多な面々は、各自のペースで思い思いに酒やつまみに手を伸ばしていた。
「そういえばさ、世良って覚えてる?」
特に仲の良い数人同士で固まった頃、梓は質問を投げかけた。
「せら?」
その場にいた4人が一斉に復唱する。
「誰だっけ」
天井を見上げながら首を傾げたのは、元コンサートミストレス。幼い頃からピアノを習っていた彼女は高校からヴァイオリンを始めたが、元来のリーダーシップと音楽知識の豊富さでコンサートミストレスを務め上げた。その一方、気分屋であった彼女は同期および後輩を振り回し続けた。そんなコンミスは、猫に似ていると誰かが言ったことをきっかけに『シャム』という渾名が付けられていた。
「は」
「なーんて。うっそだぴょーん」
梓が眉間に皺を寄せると同時に、「覚えてるに決まってるじゃーん」と笑う。
「昔から思うけどクソ腹立つ」
「やっだぁお口わるーい」
わざとらしく高い声で笑うシャム。
梓の眉がぴくりと震えた。
「実力行使で黙らせてやろうか……!」
「ちょ、ちょっと落ち着けってお前は!」
ゆらりと腰を上げた梓の肩に手が置かれ、下に力を掛けられる。まだ立ち上がりきっていなかった梓は、すとんとその場に腰を落とした。
梓を座らせたのは、トロンボーンパートの男子。しっかり者である彼は、シャムのブレーキ役に落ち着いた。猫と犬なら対になる、という誰かの一言によって渾名は『甲斐』となった。彼の家が犬を飼っていて、その犬種が甲斐犬だったから、という単純な理由だ。
「世良って言ったら今めっちゃ有名じゃん。それが?」
話を梓に戻してきたのは、現役時代『韋駄天』と呼ばれた同期。管弦楽部という文化系部活に所属しているにも関わらずリレーの選手に抜擢される程の俊足であったことから、そう呼ばれるようになった。同じチェロパートとして、比較的交友関係の深い同期である。
ちなみに、梓の渾名は『豆柴』。言い出しっぺはシャムで、「豆柴みたいにちっちゃいから」という失礼にも程がある一言で決まった。
梓は溜息を吐き、話を再び続ける。
「1年と2年で同クラだったんだけど、正直私は苦手意識あって」
「え、そうなの?」
「豆柴って世良と何かあったの?」
「付き合ってたとか?!」
「んな訳あるか! 話したこともないし!」
口々に適当な憶測を始めた同期を止めるべく怒鳴りつける。
しかし、そこにシャムが食いついた。
「食わず嫌い?」
「人づきあいを食べ物みたいに言うな!」
一通り噛みついた後、深い溜息を吐く。
「……どんな奴だっけ」
「え、豆柴2年間同クラだった同期のこと知らなかったの?!」
食い気味に詰め寄ってくる韋駄天に、「そうじゃない!」と叫ぶ。
「基本情報じゃなくて! どういう性格、とかそういうの」
「あー、そっち?」
いつの間にか梓の方に詰め寄っていた同期4人が一斉に一歩引いた。
「さすがに分かんないよ。私クラス同じだったことすらないし」
「あ、でも定演によく来てたことだけは覚えてる」
そう言いだした甲斐に続いて、韋駄天が甲斐を指差しながら大声を上げた。
「あーー! そういえば一個下が騒いでたことあった! 『あの世良里津花が来てるー』って」
次々と出てくる世良里津花と管弦楽部の間にある事実。
どれもが梓にとって初耳のもので、一人目を瞬かせる。
「……知らなかった」
「だって豆柴、開演前ってミーティング以外自分のことしかしてなかったじゃん」
酒が回って上機嫌になったシャムからの一言に、思わず頷いた。
「今思い出したけどさ、私受付係やってた時世良と顔合わせたわ」
顔の前で両手を組む、所謂「ゲンドウポーズ」をした韋駄天の一言に、3人が「マジ?!」と悲鳴を上げる。
韋駄天は何故か眉間に皺を寄せ、「マジマジ」と頷く。
「それで、『1年の小溝さんって今回席どの辺りですか?』って訊かれた」
「豆柴ピンポイントじゃん!」
「シャムうるさい!」
梓が怒鳴りつけた横で、甲斐が記憶を辿るように天井を見上げる。
「あー、俺も思い出してきた。俺、管だから割と客席よく見えたんだけどさ。世良って絶対チェロに一番近いとこにいた。あれ、多分俺らの代が出てる定演皆勤してる」
「……嘘でしょ」
オーケストラでのチェロの配置上仕方ないとはいえ、一切気が付かなかった自分自身に驚く。
そんな梓を余所に、甲斐は「そうそう」と頷く。
「あいつ外見っていうか雰囲気が派手だろ? だからすぐ分かった。さっきまで忘れてたけど」
その後それぞれが世良に関する思い出話をする中で、梓は一人呆然としていた。気づけば一人、別の場所へ思考を飛ばしていたようだ。
「おーい、大丈夫?」
韋駄天が梓の前で手を振っていた。何も喋らない梓を不審に思ったようだ。
「あ、ごめん。何か言った?」
「いや、大丈夫って訊いただけ」
「ああ、それは、平気」
首を横に振るも、韋駄天の眉間に寄った皺は取れない。そのまま顔を覗き込まれる。
「ってか突然どうしたの?」
「どうしたって言われても……」
「仕事で何かあった?」
甲斐の気遣うような声に、段々と申し訳なさが湧いてくる。
「仕事は特に……」
「ホントに?」
シャムの確認に、一度頷く。
「ホントに」
「豆柴の大丈夫って信用ならないからなー」
後頭部で手を組んで伸びをした甲斐。
「何それ」
梓は首を傾げる。
気が済んだのか、組んでいた手に戻した甲斐が「だってさ」と続ける。
「3年の時、お前大学進学すら危なかったじゃん。他の面子は進路の話ちょこちょこするのに、豆柴だけ何も喋らないなーって思ったら結構危機的状況だったの覚えてる」
甲斐が出してきた梓の黒歴史とも言える事案に、他の3人は一斉に「あー」と頷いた。
「あれね。我ながら、自分たちのことやらないで何やってるんだよって思った」
そうだったそうだった、と同意する3人に囲まれ、梓は頭を抱える。
「でもお陰でうちらって浪人出なかったじゃん?」
「仮面浪人してるやついなかったっけ」
「えーだってミシェルは第一志望の国公立行ったし、サイゴンは海外じゃん。マッチは指定校でとっとと決めてたし。あとは……ロンが専門行って、らんちゃんが短大」
シャムが指を折りながら挙げていく。
先程まで別々に会話していた残りの5人もこちらを向いて頷いていた。
「甲斐、第二の私大受かったっしょ?」
「ああ、うん」
「で、私はマッチと同じく指定校」
自分を指差しながら自己申告したシャムに続き、韋駄天も挙手した。
「私も公募で受かってる」
「ほら、浪人いない! 大学入り直したって話聞いたことないし」
シャムが手を叩くと同時に、梓以外の全員が一様に頷いた。
「そういえばガンちゃん『お前らは奇跡の代だ! 小溝のお陰だな!』って騒いでた」
ロンによるあまりにも似ていない顧問の真似に、8人が吹き出す。
ひーひーと悲鳴を上げる者もいる中、らんちゃんがのんびりと笑う。
「豆柴様様だねー」
「誰が……」
溜息を吐いた梓に、9人は「どーんまい」と全く心の籠っていないエールを送ってきた。