このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

大人軸の澤村くんの話

まただ…
気づけば夜の10時前。
終わらない資料作成は明日の自分に任せることにして帰ることにした。
地元から県外の宮城に異動して3か月。
異動してきた頃は、仕事に対してやる気もあったのに、最近は心が折れてばかりだ。
自分は認めてもらえているのだろうか、正当に評価してもらえているのだろうか、不安しかない。

駅のそばの交番を通ると、お巡りさんに「こんばんは、お疲れ様です」と声をかけられた。
「こんばんは、ありがとうございます」と返す。

ここの交番のお巡りさん達はみんな、仕事帰りに会うと必ず声をかけてくれる。たぶん私だけじゃなくて、誰にでも声をかけて挨拶をしているのだと思う。
だから、「ありがとうございます」と返すのもいつものやり取り。

だけど今日は違った。

「いつも遅いですけど、仕事忙しいんですか?」
と尋ねられた。
「あ…忙しいというか…私が要領が悪くて、理解力が足りなくて…異動して来たばかりで覚えることも多くて…」
同じ会社でも、部署が変われば、そこの部署のルール、仕事の進め方なども変わってしまう。前の部署と大きく変わってしまった為に、未だに慣れてないのだ。
「あまり無理なさらないでくださいね」と優しく気にかけてくれた。
「ありがとうございます、気をつけます」
「では、おやすみなさい」
「はい、お巡りさんもお仕事頑張って下さい」

そう言ってその日は別れた。

次の日。
昨日の自分が今日の自分に託した資料作成は何とか終わり、今日こそ早く帰ろうと思ったら、次の新しい仕事が入ってきた。隣のグループの仕事の担当者がキャパオーバーらしく、手伝ってほしいと相談して来たのだが、納期まで2週間しかない。残業確定だ。

今日も残業かぁ…とため息をついて、仕事に取り掛かる。本当にキャパオーバーだったのだろう、何も入力されていないまっさらなフォーマットを見て一瞬パソコンの前で思考が停止した。

定時のチャイムが鳴る。
ありえないことに、私に仕事を任せた人は「今日は飲み会だから帰ります」と言って帰ってしまった。今日は金曜日だ、私だって早く帰りたい。せめて「用事があるから帰ります」と言えなかったのか。私のことはどうでもいいのか…。

そして、無心でフォーマットにデータを打ち込んで、気づけば夜の10時になろうとしていた。10時を過ぎれば会社のビルの電気系統がオフになるため帰らざるを得ない。

残りの作業は来週の自分に託そう。

帰りにビールと夜食をコンビニで買って、駅前の交番前を通る。
昨日話しかけてくれたお巡りさんはおらず、そのお巡りさんの先輩らしき人が立っていた。
「こんばんは、お疲れ様です」
「こんばんは、ありがとうございます」
そんなやり取りをして自宅までの道を歩いていると、持っていたコンビニの袋とカバンをひったくられてしまった。
恐怖で声も出ずしゃがみこんでしまった。

本当に最近はついてないな。
とりあえず…交番まで戻るか…と立ち上がったとき。

「お荷物、取り返しました、中身を確認してください」と手渡された。
見上げれば昨日お話したお巡りさんだった。
「お怪我はありませんか?」
「あ、はい、大丈夫です…」
受け取って中身を確認。財布も携帯も鍵もある。よかった…

「ありがとうございました、全部あります」

そう言って帰ろうとしたら
「ご自宅まで送ります」
「でもご迷惑じゃ…」
「これも仕事のうちなので大丈夫ですよ、危ないので送らせてください」
そう言われてアパートの下まで送ってもらうことにした。

「実はひったくり事件が多発していて、パトロール中だったんです、さきほどの犯人は現行犯逮捕しまして、同僚達がパトカーで警察署まで送って行きました、お荷物お返しできてよかったです」

「そうだったんですか…すっかり油断してました…助けて頂いてありがとうございました」

そこからは世間話をした。
お巡りさんは澤村さんと言って、この4月から駅前の交番に配属になったそう。
「私もこの4月に県外から宮城に越してきましたんです、住みやすくていい所ですね」と答えた。
「観光はできましたか?」
「それが…平日はずっと仕事で残業で、土日は泥のように寝てまして…誘ってくれる人もいないのでどこにも行けてないです」
「そうだったんですか…」
そこで会話は終わってしまった。申し訳ない。

アパートの近くまで来たので
「ここの角を曲がった先のアパートなので、ここまでで大丈夫ですよ」と伝えると
「あの…さっきの話ですけど…ご迷惑じゃなかったら…俺が観光に誘う側になってもいいですか?」
「え…?」
「って迷惑ですよね、すみません」
「…全然迷惑じゃないです…今日のお礼もしたいので…」と伝え、仕事で使ってる名刺をカバンから取り出して、裏にプライベート用の携帯番号を書いて渡した。
「じゃあ…俺も」と持っていた名刺を受け取った。

「あの、明日の朝、仕事が終わって落ち着いたら電話しますね」と言われたので待っていたら、本当に電話がかかってきた。

それからご飯に行ったり、観光案内してくれたり…いろんな話をしてくれた。

その後、私と彼が恋人になるまで、そんなに時間はかからなかった。
1/1ページ
    スキ