月島くんの後ろの席になった話
小学生のときに、友達だと思ってた子にいじめられてから人間不信になった。
中学生の時に、部活の先輩に目をつけられて年上が怖くなった。
だから部活はやらない、友達はいらない、高校には行かない…って思ってたけど、大学進学のためには行かなくちゃいけなくて。
だったら、少しでも楽しく過ごせるようにと、中学までの知り合いがいない、家から少し遠くの高校に行くことにした。
そして「高校デビュー」を果たそう。
今までの私から卒業しよう。
友達とまでいかなくても、普通に話せる人ができたらいいな。
まずはイメチェンかな。
長かった前髪を切った。
メガネからコンタクトに変えた。
わざとらしくならないように控えめにマスカラとリップを塗って。
ハーフアップで赤いリボンのヘアクリップをつけてみる。
うん、完璧。
朝6時半、学校まで電車と徒歩で1時間半。
朝が早いのは辛いけど、この時間なら、中学までの知り合いには会わない上に、電車は空いてるから、一番端の窓際の座席に座って、好きな音楽を聞きながら外の景色を眺めたり、単語帳を見たり、のんびり過ごせるのがいい。
帰りは満員電車だけど、30分過ぎたあたりには空いてきて、街中の灯りをぼーっと見ながら自宅の最寄り駅まで過ごせる。
「おはよー」
「あ、おはよー、○○さん」
クラスの子達と挨拶はできるようになった。
ただ…目の前の席の…月島くん。
ちょっと怖くて、まだ話すの慣れない。
あと背が高くて背中が広いから…授業中に前の黒板が見えない。
そろそろ入学して1か月だから、そろそろ席替えだと思うし、早く席替えにならないかな。
授業中。
「あ」
やってしまった。
消しゴムを床に落としちゃった…しかも、月島くんのイスの真下。
取って欲しいけど…取ってって言えない…
足元の消しゴムに気づいた月島くん。
後ろを振り返って
「これ、違う?」
「あ、あたしの…後で取ろうと思って…ごめん」
「遠慮しないで言ってよ」
「う、うん…」
やっぱり慣れない。
彼は元々こういう話し方なんだろうけど、やっぱり表情から感情が読めない人は少し苦手。
昼休憩。
クラスの女の子達と昼ごはん。
放課後、部活見学に行こうよって話になったんだけど…
「ごめん、私、家が遠くて部活行ったら帰るの遅くなっちゃう。家まで1時間半もかかるから…」
「え、○○さんって片道1時間半もかけて通ってるの??」
「う、うん」
「なんでこんな遠い学校を受験したの?」
まぁ、そうなるよね。
中学までの知り合いに会いたくないって理由、言いたくないし…
「なんか…ここの制服かわいいって思って。赤いリボンとか」
「は?そんだけの理由?マジで笑」
「中学、セーラー服だったから憧れるたんだよね~」
適当に嘘をつく。
ほんとはこの制服、好きじゃない。
好きな制服はネクタイなんだけど、ネクタイの制服の学校は家から目と鼻の先。中学の同級生のほとんどが進学するところ。
「でも…マネージャーに興味あったんだよね…家が遠くなかったらやりたかったな」
何かの曲のPVを見た受け売りだけど、マネージャーっていいなって思って。
そもそも先輩からいじめられていたのは、バレー部で公式戦のスタメンで先輩ではなく私が選ばれたから。選んだのは顧問だけど、背が低いのにとかいろいろ言われて、媚び売っただのなんだの疑われた。
マネージャーなら、そういうのないから。
「え、やればいいじゃん!通うの大変だと思うけどさ」
「そうかな…」
「あ、そういえばさ、男バレがマネージャー募集してるよ?今3年生の人しかいないから困ってるみたいで」
バレー部か…バレーやってたから知識はあるけど…
「でも、やっぱりいいかな。いいなって言う理由だけでマネージャーやりたいって、本気で部活やってる人に申し訳ないし」
クラスの子に「もったいなー」って言われちゃった。
*****
5限目。化学。
前後の席の人と協力して実験しましょう…って一番こういうの苦手。
しかも私の相方、月島くんだし。
「これで合ってる…かな?」
怖い、全然喋れない、目も合わせられない。
「あってんじゃない?」
「間違ってたら言ってね、こういうの得意じゃなくて…」
「あ、違う!違う!」って突然言われて
「あぁぁ、ごめんなさい、ごめんなさい💦」
ってしどろもどろ。
「え、もしかして僕のこと怖いの?」
「いいいいいや、そんなことは…ないよ?」
「すごいビビってるじゃん…」
「ごめんなさい。そんなつもりは…」
月島くんにただただ申し訳ない…
実験は無事終わって、今日最後の授業。
6限目の英語、案の定?月島くんの広い背中のおかげで黒板が見えなくて書き写せなかった。
あの英語の文章、文法の解説をしてくれてたから写したかったのに。
誰かに聞こうかな…誰に聞く?
って言っても、そこまでクラスの人とは仲良くない私。
ノートを見ながら悩んでたら
「これ、写していいよ」ってノートを差し出されて、見上げたら月島くんだった。
「後ろでキョロキョロしてる感じしたから、黒板見れなかったのかなって」
「え、ごめん…気に障った?」
「うん、でも今度から黒板見えなかったら言って。ノートも見せるから」
「いいの…?」
「僕のせいで困られても嫌だから」
「じゃあ、今度からちゃんと言うね」
ノートの字がキレイでわかりやすくまとめてあって、ちょっと感動した。
ササッと書き写して月島くんにノートを返した。
「ありがとう、助かりました~」
「じゃ」
月島くんがそう言うと、
「つっきー、部活行こう!」と山口くんに言われ、2人は部活に行った。
私も帰るか…と帰る支度をして教室を出た。
帰り際、ちらっとみた体育館。
月島くん、山口くんが見えて、他にも何人かいて。
シューズの音、スパイクの音、ホイッスルの音…全部が懐かしい。
でも私はもうバレー部じゃない。
もう少し見たかったなという気持ちを抑えて、正門へと歩いて行った。
******
次の日、席替えになった。
今度困ったら月島くんに話しかけようって決めてた矢先の席替え。
ついこないだまで、早く席替えして欲しいなんて思ってたのに、もうちょい席替えは待って欲しかったって気持ちが変わってる。
月島くんは一番窓側の後ろから2番目。
私は廊下側から2列目の1番前。
すっごい離れた。
でも黒板も見やすくなったし、結果オーライか…?
それから何事もなく平穏に学校生活は過ぎていき、気づけば6月になっていた。
この日は体育館や講堂の電気設備の点検だったため、体育館や講堂を使う部活はお休み。
梅雨時期で雨が続いていたんだけど、この日は五月晴れ。晴れて気温が高く蒸し暑かった。
授業も終わり、あとは帰るだけ。
荷物をまとめて正門まで行ったところで足が止まった。
正門に一番会いたくない人が待ってたから。
「待ってたよー、○○さん?」
「うっそ、どこの制服か気になって調べたんだけど、マジでこんな遠くに通ってんの?」
「ねぇ、なんかメイクしたりリボンつけたりイメチェン?全然似合ってないよ?アンタには黒縁メガネの陰キャが似合うって」
私をいじめてた先輩達だった。
最近、地元の駅でばったり遭遇してから、通り過ぎざまに悪口を言われて、聞かないように無視して逃げてたんだけど。
学校まで追っかけてくるなんて思ってもなかった。
他人のフリして通り過ぎようとしたら、腕を掴まれ、正門のそばの講堂の裏に連れていかれた。
そのまま突き飛ばされて、カバンを落としてしまう。
「あれれ?かつての先輩達を無視ですか?昔のから生意気だったけど、さらに生意気になっちゃって」
「このカバンって、人気のブランドのじゃん?こんなのアンタが持つ資格ないって」
思い切りカバンを踏み潰された。
カバンの中に入ってた何かが割れた音がした。たぶん鏡だ…
東京へ旅行に行った時に買ってもらった大切なものなのに。
やっぱりいじめられっ子は、おしゃれしたり流行りのものを持ったらダメなのかな。
かわいくなりたいって思ったらダメなのかな。
「ほんとコイツ見てたらむしゃくしゃする、中学の時の陰キャのままだったらよかったのにね」
地べたに座り込んで動けなくなった私に向かって、先輩の蹴りが飛んでくる…と思って目をつぶった。
あれ、痛くない…
恐る恐る目を開けたら、先輩達が後ろを振り返っている。
「ねぇ、僕の友達に何してるの?」
先輩達の後ろで低い声でそう言うと、こちらに近づいてくる月島くんがいた。
先輩達は月島くんを見ると蛇に睨まれた蛙みたいなってて、「やっぱり学校に押しかけたらダメだったね、今度は地元でたくさん遊んであげるね」と言い捨てて逃げていった。
「ねぇ、大丈夫?」
「うん…」
「困ったことがあったら言ってって言ったよね」
「うん…」
「痛いとこある?」
「足痛いかも…」
どうも突き飛ばされたときに足首を捻ったらしい。
月島くんが私のカバンと自分のカバンを持つと、「はい」って私の目の前でしゃがんでる。
「え?」
「足首痛いんでしょ?歩けないんでしょ?おぶって保健室連れてくから」
「でも…」
「いいから、早く」
「…うん、ありがと」
月島くんの背中にすがると、そのままおぶって保健室まで連れて行ってくれた。
「月島くん?」
「何?」
「ごめんね、みっともないとこ見せちゃった」
「みっともないって…それに友達があんな目にあってるのを見かけて、通り過ぎるわけないでしょ」
「友達って思ってくれてて嬉しかった」
「友達じゃないの?」
「…ううん、友達だよね」
友達になろうとか、言われたことなかったのに、友達だって言ってくれて嬉しかった。
保健室の先生に手当してもらってる間、月島くんが私のカバンの中身を確認してくれた。
やっぱり鏡は割れていた。
鏡もだけど、ノートや教科書もボコボコになってて、ペンケースの中のお気に入りの万年筆は、キャップが外れてペン先が潰れてインク漏れを起こしてた。
「ねぇ、また派手にやられたね…」
呆れ顔の月島くん。
「私のお気に入り、全然壊れちゃった…」
「そっか」
「鏡は東京に旅行に行った時にお母さんが買ってくれて、万年筆は高校入学のお祝いでもらったものなの、どれも大切なものなんだ。でも、形あるものはいつか壊れるから仕方ないよね」って無理矢理笑ってみせる。
「壊れると壊されるじゃ、また意味が違うんじゃない」
しゃがんで話してくれる月島くん。
いつも見上げる側だから、目が合わせられなかったんだけど、今日はちゃんと目を合わせて話ができた。
「うん、そうだね…」
ゆっくりだけど歩いて帰れそうなので帰ろうとすると、月島くんが家から逆方向なのに、学校近くの駅まで着いてきてくれた。
「あとさ、地元の駅ついてから何かあると行けないから、あっちの駅着いたら電話して?」ってLINEのQRコードを見せてきた。
「え、LINE交換してもいいの?」
「嫌なの?」
「…ううん、交換するね、ありがとう」
「電話しながら家に帰って」
「わかった、あっちの駅ついたら電話するね」
******
1時間半後に電話をかけた。
「遅すぎでしょ?」って言われたから
「あの…うち遠くて、学校から家まで本当に1時間半かかるの」
「ほんとに?ちょっと心配した」
「ごめん」
「いいけど…」
「そういえば月島くんって、音楽好きなの?」
「なんで?」
「いつもヘッドホンしてるから」
「まぁ、いろいろ聞く」
「私も通学時間長いから、いろいろ聞いてる。最近はアニメの主題歌歌ってる女の子の歌聞いてるかな」
「それってCD持ってる?」
「あるよ、貸そうか?」
「うん、貸して」
********
CDの貸し借りをしたり、通話するようになったり、前よりも自然に話せるようになった頃。
夏休み明けに、「これ、お土産」と月島くんに言われて渡されたのは
あの時割れてしまったものと同じ鏡。
「合宿で東京行って、1日だけ観光したんだけど、たまたま行ったところに同じものがあったから…」って。
「ありがとう!大事にするね」って笑い返したら
「つっきー!それ、○○さんにあげるやつだったのかー、菅原先輩と3人でお店探した甲斐があったね」
って、しれっとネタばらししてる山口くん。
「え、たまたまじゃなかったの…?」
「山口、マジでうるさい、黙ってて」
「え、うわー、つっきーごめん」
山口くんがニヤニヤしながら言うから、月島くんに小突かれてた。
「わざわざ探してくれてありがとう」
「うん、まぁ、お気に入りって言ってたし…」
後ろ姿の月島くんの耳が、ほんの少しだけ赤くなってたのを見逃さなかった。
取っ付き難い人かなって思ったけど、本当は人一倍優しい。
彼の不器用な優しさに惹かれてる自分がいた。
中学生の時に、部活の先輩に目をつけられて年上が怖くなった。
だから部活はやらない、友達はいらない、高校には行かない…って思ってたけど、大学進学のためには行かなくちゃいけなくて。
だったら、少しでも楽しく過ごせるようにと、中学までの知り合いがいない、家から少し遠くの高校に行くことにした。
そして「高校デビュー」を果たそう。
今までの私から卒業しよう。
友達とまでいかなくても、普通に話せる人ができたらいいな。
まずはイメチェンかな。
長かった前髪を切った。
メガネからコンタクトに変えた。
わざとらしくならないように控えめにマスカラとリップを塗って。
ハーフアップで赤いリボンのヘアクリップをつけてみる。
うん、完璧。
朝6時半、学校まで電車と徒歩で1時間半。
朝が早いのは辛いけど、この時間なら、中学までの知り合いには会わない上に、電車は空いてるから、一番端の窓際の座席に座って、好きな音楽を聞きながら外の景色を眺めたり、単語帳を見たり、のんびり過ごせるのがいい。
帰りは満員電車だけど、30分過ぎたあたりには空いてきて、街中の灯りをぼーっと見ながら自宅の最寄り駅まで過ごせる。
「おはよー」
「あ、おはよー、○○さん」
クラスの子達と挨拶はできるようになった。
ただ…目の前の席の…月島くん。
ちょっと怖くて、まだ話すの慣れない。
あと背が高くて背中が広いから…授業中に前の黒板が見えない。
そろそろ入学して1か月だから、そろそろ席替えだと思うし、早く席替えにならないかな。
授業中。
「あ」
やってしまった。
消しゴムを床に落としちゃった…しかも、月島くんのイスの真下。
取って欲しいけど…取ってって言えない…
足元の消しゴムに気づいた月島くん。
後ろを振り返って
「これ、違う?」
「あ、あたしの…後で取ろうと思って…ごめん」
「遠慮しないで言ってよ」
「う、うん…」
やっぱり慣れない。
彼は元々こういう話し方なんだろうけど、やっぱり表情から感情が読めない人は少し苦手。
昼休憩。
クラスの女の子達と昼ごはん。
放課後、部活見学に行こうよって話になったんだけど…
「ごめん、私、家が遠くて部活行ったら帰るの遅くなっちゃう。家まで1時間半もかかるから…」
「え、○○さんって片道1時間半もかけて通ってるの??」
「う、うん」
「なんでこんな遠い学校を受験したの?」
まぁ、そうなるよね。
中学までの知り合いに会いたくないって理由、言いたくないし…
「なんか…ここの制服かわいいって思って。赤いリボンとか」
「は?そんだけの理由?マジで笑」
「中学、セーラー服だったから憧れるたんだよね~」
適当に嘘をつく。
ほんとはこの制服、好きじゃない。
好きな制服はネクタイなんだけど、ネクタイの制服の学校は家から目と鼻の先。中学の同級生のほとんどが進学するところ。
「でも…マネージャーに興味あったんだよね…家が遠くなかったらやりたかったな」
何かの曲のPVを見た受け売りだけど、マネージャーっていいなって思って。
そもそも先輩からいじめられていたのは、バレー部で公式戦のスタメンで先輩ではなく私が選ばれたから。選んだのは顧問だけど、背が低いのにとかいろいろ言われて、媚び売っただのなんだの疑われた。
マネージャーなら、そういうのないから。
「え、やればいいじゃん!通うの大変だと思うけどさ」
「そうかな…」
「あ、そういえばさ、男バレがマネージャー募集してるよ?今3年生の人しかいないから困ってるみたいで」
バレー部か…バレーやってたから知識はあるけど…
「でも、やっぱりいいかな。いいなって言う理由だけでマネージャーやりたいって、本気で部活やってる人に申し訳ないし」
クラスの子に「もったいなー」って言われちゃった。
*****
5限目。化学。
前後の席の人と協力して実験しましょう…って一番こういうの苦手。
しかも私の相方、月島くんだし。
「これで合ってる…かな?」
怖い、全然喋れない、目も合わせられない。
「あってんじゃない?」
「間違ってたら言ってね、こういうの得意じゃなくて…」
「あ、違う!違う!」って突然言われて
「あぁぁ、ごめんなさい、ごめんなさい💦」
ってしどろもどろ。
「え、もしかして僕のこと怖いの?」
「いいいいいや、そんなことは…ないよ?」
「すごいビビってるじゃん…」
「ごめんなさい。そんなつもりは…」
月島くんにただただ申し訳ない…
実験は無事終わって、今日最後の授業。
6限目の英語、案の定?月島くんの広い背中のおかげで黒板が見えなくて書き写せなかった。
あの英語の文章、文法の解説をしてくれてたから写したかったのに。
誰かに聞こうかな…誰に聞く?
って言っても、そこまでクラスの人とは仲良くない私。
ノートを見ながら悩んでたら
「これ、写していいよ」ってノートを差し出されて、見上げたら月島くんだった。
「後ろでキョロキョロしてる感じしたから、黒板見れなかったのかなって」
「え、ごめん…気に障った?」
「うん、でも今度から黒板見えなかったら言って。ノートも見せるから」
「いいの…?」
「僕のせいで困られても嫌だから」
「じゃあ、今度からちゃんと言うね」
ノートの字がキレイでわかりやすくまとめてあって、ちょっと感動した。
ササッと書き写して月島くんにノートを返した。
「ありがとう、助かりました~」
「じゃ」
月島くんがそう言うと、
「つっきー、部活行こう!」と山口くんに言われ、2人は部活に行った。
私も帰るか…と帰る支度をして教室を出た。
帰り際、ちらっとみた体育館。
月島くん、山口くんが見えて、他にも何人かいて。
シューズの音、スパイクの音、ホイッスルの音…全部が懐かしい。
でも私はもうバレー部じゃない。
もう少し見たかったなという気持ちを抑えて、正門へと歩いて行った。
******
次の日、席替えになった。
今度困ったら月島くんに話しかけようって決めてた矢先の席替え。
ついこないだまで、早く席替えして欲しいなんて思ってたのに、もうちょい席替えは待って欲しかったって気持ちが変わってる。
月島くんは一番窓側の後ろから2番目。
私は廊下側から2列目の1番前。
すっごい離れた。
でも黒板も見やすくなったし、結果オーライか…?
それから何事もなく平穏に学校生活は過ぎていき、気づけば6月になっていた。
この日は体育館や講堂の電気設備の点検だったため、体育館や講堂を使う部活はお休み。
梅雨時期で雨が続いていたんだけど、この日は五月晴れ。晴れて気温が高く蒸し暑かった。
授業も終わり、あとは帰るだけ。
荷物をまとめて正門まで行ったところで足が止まった。
正門に一番会いたくない人が待ってたから。
「待ってたよー、○○さん?」
「うっそ、どこの制服か気になって調べたんだけど、マジでこんな遠くに通ってんの?」
「ねぇ、なんかメイクしたりリボンつけたりイメチェン?全然似合ってないよ?アンタには黒縁メガネの陰キャが似合うって」
私をいじめてた先輩達だった。
最近、地元の駅でばったり遭遇してから、通り過ぎざまに悪口を言われて、聞かないように無視して逃げてたんだけど。
学校まで追っかけてくるなんて思ってもなかった。
他人のフリして通り過ぎようとしたら、腕を掴まれ、正門のそばの講堂の裏に連れていかれた。
そのまま突き飛ばされて、カバンを落としてしまう。
「あれれ?かつての先輩達を無視ですか?昔のから生意気だったけど、さらに生意気になっちゃって」
「このカバンって、人気のブランドのじゃん?こんなのアンタが持つ資格ないって」
思い切りカバンを踏み潰された。
カバンの中に入ってた何かが割れた音がした。たぶん鏡だ…
東京へ旅行に行った時に買ってもらった大切なものなのに。
やっぱりいじめられっ子は、おしゃれしたり流行りのものを持ったらダメなのかな。
かわいくなりたいって思ったらダメなのかな。
「ほんとコイツ見てたらむしゃくしゃする、中学の時の陰キャのままだったらよかったのにね」
地べたに座り込んで動けなくなった私に向かって、先輩の蹴りが飛んでくる…と思って目をつぶった。
あれ、痛くない…
恐る恐る目を開けたら、先輩達が後ろを振り返っている。
「ねぇ、僕の友達に何してるの?」
先輩達の後ろで低い声でそう言うと、こちらに近づいてくる月島くんがいた。
先輩達は月島くんを見ると蛇に睨まれた蛙みたいなってて、「やっぱり学校に押しかけたらダメだったね、今度は地元でたくさん遊んであげるね」と言い捨てて逃げていった。
「ねぇ、大丈夫?」
「うん…」
「困ったことがあったら言ってって言ったよね」
「うん…」
「痛いとこある?」
「足痛いかも…」
どうも突き飛ばされたときに足首を捻ったらしい。
月島くんが私のカバンと自分のカバンを持つと、「はい」って私の目の前でしゃがんでる。
「え?」
「足首痛いんでしょ?歩けないんでしょ?おぶって保健室連れてくから」
「でも…」
「いいから、早く」
「…うん、ありがと」
月島くんの背中にすがると、そのままおぶって保健室まで連れて行ってくれた。
「月島くん?」
「何?」
「ごめんね、みっともないとこ見せちゃった」
「みっともないって…それに友達があんな目にあってるのを見かけて、通り過ぎるわけないでしょ」
「友達って思ってくれてて嬉しかった」
「友達じゃないの?」
「…ううん、友達だよね」
友達になろうとか、言われたことなかったのに、友達だって言ってくれて嬉しかった。
保健室の先生に手当してもらってる間、月島くんが私のカバンの中身を確認してくれた。
やっぱり鏡は割れていた。
鏡もだけど、ノートや教科書もボコボコになってて、ペンケースの中のお気に入りの万年筆は、キャップが外れてペン先が潰れてインク漏れを起こしてた。
「ねぇ、また派手にやられたね…」
呆れ顔の月島くん。
「私のお気に入り、全然壊れちゃった…」
「そっか」
「鏡は東京に旅行に行った時にお母さんが買ってくれて、万年筆は高校入学のお祝いでもらったものなの、どれも大切なものなんだ。でも、形あるものはいつか壊れるから仕方ないよね」って無理矢理笑ってみせる。
「壊れると壊されるじゃ、また意味が違うんじゃない」
しゃがんで話してくれる月島くん。
いつも見上げる側だから、目が合わせられなかったんだけど、今日はちゃんと目を合わせて話ができた。
「うん、そうだね…」
ゆっくりだけど歩いて帰れそうなので帰ろうとすると、月島くんが家から逆方向なのに、学校近くの駅まで着いてきてくれた。
「あとさ、地元の駅ついてから何かあると行けないから、あっちの駅着いたら電話して?」ってLINEのQRコードを見せてきた。
「え、LINE交換してもいいの?」
「嫌なの?」
「…ううん、交換するね、ありがとう」
「電話しながら家に帰って」
「わかった、あっちの駅ついたら電話するね」
******
1時間半後に電話をかけた。
「遅すぎでしょ?」って言われたから
「あの…うち遠くて、学校から家まで本当に1時間半かかるの」
「ほんとに?ちょっと心配した」
「ごめん」
「いいけど…」
「そういえば月島くんって、音楽好きなの?」
「なんで?」
「いつもヘッドホンしてるから」
「まぁ、いろいろ聞く」
「私も通学時間長いから、いろいろ聞いてる。最近はアニメの主題歌歌ってる女の子の歌聞いてるかな」
「それってCD持ってる?」
「あるよ、貸そうか?」
「うん、貸して」
********
CDの貸し借りをしたり、通話するようになったり、前よりも自然に話せるようになった頃。
夏休み明けに、「これ、お土産」と月島くんに言われて渡されたのは
あの時割れてしまったものと同じ鏡。
「合宿で東京行って、1日だけ観光したんだけど、たまたま行ったところに同じものがあったから…」って。
「ありがとう!大事にするね」って笑い返したら
「つっきー!それ、○○さんにあげるやつだったのかー、菅原先輩と3人でお店探した甲斐があったね」
って、しれっとネタばらししてる山口くん。
「え、たまたまじゃなかったの…?」
「山口、マジでうるさい、黙ってて」
「え、うわー、つっきーごめん」
山口くんがニヤニヤしながら言うから、月島くんに小突かれてた。
「わざわざ探してくれてありがとう」
「うん、まぁ、お気に入りって言ってたし…」
後ろ姿の月島くんの耳が、ほんの少しだけ赤くなってたのを見逃さなかった。
取っ付き難い人かなって思ったけど、本当は人一倍優しい。
彼の不器用な優しさに惹かれてる自分がいた。
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