PKMN二次創作
「遠足のグループ決めの調子はどうだい?」
放課後。その遠足は明日に迫っていた。
担任・サクヤとの一対一の面談中、ポケデミアでの生活には慣れたかどうかという形式的な質問をされている中で、今レンリが一番触れて欲しくない話題に教師は触れた。
「いえ、まだ誰とも」などと、素直に認める事はできず、レンリは曖昧に微笑んで見せる。
しかし言語学の教師たるサクヤは生徒の表情から全てを察したようで、自分のことのように唸る。
「そうだよな、もう出来てしまったグループに入っていくのは難しいよな……」
「……そうですね」
「委員長はいつものメンツでいるだろうし、リハも友達が多いしなあ。先生の方から言うのもその……なんだろう?」
「大丈夫です。なんとかします」
サクヤが要らぬお節介を焼く担任ではなくてよかった、と内心安心しつつも、最悪一人で回れば良い、と言う強がりだけが残るのだった。
▼▽▼▽▼▽
レンリは、部屋へと戻った後も暗鬱とした気持ちが晴れなかった。
(こういう時、みんなはバトルでストレス発散とかするのかな)
実はポケデミアに転入するまで、ポケモンを戦わせることは、生まれてこのかた片手で数えられるほどしか行ってこなかったレンリである。
というのも、自分で捕まえたポケモンでバトルの実践をするよりも、撮影所のポケモンを借りてポケウッドの練習をする方のが圧倒的に多かったのだ。
親に命じられるまま、台本どおりのセリフを言い、決まり切ったわざをパフォーマンスする。
そんな環境に育ってきたレンリにとって、ぶっつけ本番のポケモンバトルは、すべてが選択の連続であり、頭も体も非常に疲れる体験であった。
(アキラとシャラ先生の手がかりもないし、これから僕は、どうすれば良いんだろう)
ベッドに横たわってラルトスと共に思いに耽けるレンリに、ドアのポストに何かが投函される音がする。
表にはレンリ様へ、とだけ書かれており裏に差出人の名前はない。
彼は、今まで山ほど積み重ねていたラブレターの一種かと訝しんだが、シンプルな上質紙が使われ、封のシーリングスタンプはハートなどはない。
蝋に押されたその文字はーーP。
それを見たレンリは一目散にペーパーナイフを筆箱から取り出し、いつも行なっているーーカッターの刃や危険物が入っているかの確認をせずーーなんの警戒もしないまま、中の便箋を取り出した。
「レンリ様へ。
あなたがPクラスに興味があることを、私は存じております。
今宵月が顔を出す頃、バトルコートMにてお待ちしております。
必ず、お一人と一匹とでお越しください。
Pより」
(これって……もしかして……アキラからの手紙か!?)
アキラから(か、知り合いかもしれない)信じられないアプローチに、レンリの雲がかかっていた気持ちが一気に晴れる。
窓から急いで外を見上げると、未だ太陽が少しだけ顔を見せている。
バトルコートに呼び出すというのは、もしかしたらアキラが話していた、“戦うとき”が訪れたのだろうか。
月が顔を出すまで、まだ購買できずくすり等を用意する時間はある……
急ぐレンリの様子を首を傾げて眺めていたラルトスに手紙を読ませると、ラルトスはレンリの身の危険を案じて手振り身振りと顔を震わせ止めにかかる。
「ラルトス……。でも、こんなことをしてくる輩に僕は身に覚えがない。 もし知らない人だったとしても、何か二人に関する糸口になるかも」
ラルトスはまだ不安だというように頭を下げる。
「それにラルトス、君の力を借りることになるかもしれない。頼む……僕の側にいてくれないか?」
トレーナーからの信頼に、応えないわけにはいかないと、ラルトスは小さく首を縦に降った。
(僕らの作戦の十八番、のどスプレーも買い足さないと。それとも、きのみの方がいいかな……)
だれかとの対峙に備え、レンリはバッグに購買で購入した品をぎっしりと詰めていた。
▼▽▼▽▼▽
月が出る少し前に到着したバトルコートMに、先客の姿はない。
しかしどこからともなく聞こえる足音に耳をすまし、露わになる正体はーー
「うわ、ほんとに来たよ、転入生」
「P組にゴシューシンって噂はほんとだったようねえ」
二人組のトレーナーである。
ケラケラと軽口を叩きながらレンリを見定める目つきは、明らかに目的のトレーナーーーアキラとは全く関係のない予感がした。
「ジコショーカイしましょうか?あたしはヨン。この子はサミザ。よろしくしてやらなくていいよ」
「僕はレンリ。君たちは、1-Pの生徒?」
レンリの言葉に、顔を見合わせて笑い合うヨンとサミザ。
「まさか。さすがは転入生、なにも知らないのね」
「あたしたちの所属は1-H。でもクラスとかそんなこと、関係ないの」
髪を弄りながら、ヨンが怪しくニタァと笑う。
「あたしたちは、アンタのポケモンに用があるの。タントーチョクニューにいうと、その子、ちょうだぁい?」
「なっ……!! ふざけるな!」
レンリは本気で怒りに震えていた。
自分が初めて捕まえたラルトスを、このトレーナーたちは欲しいと簡単に言う。
「あたしたち、オオマジメに言ってるんだけど」
「じゃあしょうがないね。 ーー力ずくでゲットしちゃいましょ」
ボールを構えるヨンとサミザ。
一対二とは卑怯だ、とも言えず、仕方なしにレンリはラルトスのボールを構える。
両者が向き直り、そして一触触発の気配が流れる中で。
足音も立てず、レンリの後ろから人物が現れる……
「あなた方ですね。一年生のポケモンを奪っている不届き者というのは」
「きっ、君は、…… アキラ…………!」
思いもよらぬアキラの登場に、レンリは危うくボールを滑らせるところであった。
「ちょっと、あんた鍵くらい閉めなさいよ!」
「閉めたわよ! 転入生が一人でここに来るのだって見張ってたわ!」
「なんだってあんた、ここが分かったのよ!」
「この転入生が大慌てで購買室で買い物をし、一目散にこのバトルコートへ向かうのを見ました。
誰かとの対戦の約束を取り付けているからに違いありません。
ですがクラスメイトとバトルをしたいのであれば、実用学で指名すればいいだけの話。
更に気になるのは、こんな夜に呼び出したのかと言う点です。
彼かそれとも相手方に、何かやましい事があるのでは? とすぐに推測できました」
「ハッ、ごちゃごちゃと御託を並べて偉そうに。ナイト気取りのつもりかい!?」
「つべこべうるさいね! ふざけんじゃないよ、邪魔するってんならあんたのポケモンも奪うまでだ! ヨン!」
「言われなくても! 行くよサミザ!」
「アキラ……! 君に会いたいと思ってた。聞きたいことが山ほどあるんだ……!」
「再開の言葉は、目の前のバトルを終えてからにしましょう。ーー来ますよ」
「ジグザグマ! やっちゃいな!」
「いっけえ、ポチエナ!」
「ラルトス! 頼んだ……!」
「行きなさい、ニャース」
「ニャースですって!」
「なんだか大きくってプリプリじゃないの。 あんたのポケモンもいただいちゃうから!」
「……ラルトス、ジグザグマにねんりきだ!」
四匹のポケモンが出そろい、早速ラルトスが仕掛けるが、ジグザグマはビクともしない。
アキラはそのすがたを見て冷静に話しかける。
「気を付けてください。あのジグザグマはガラルにルーツを持ちます」
「なるほど……? もしかしてまたあくタイプなのか……!?」
「アンタを負かすためだもの。メタるのは当たり前でしょ! ポチエナ、かみついてやんな!」
おどり出るポチエナにラルトスが怯える。しかし、高く飛び上がったニャースが素早くラルトスを庇い、かみつく攻撃を受けた。
「すまないアキラ……!」
「集中していただけると助かります。ニャース、ねこだまし」
ニャースが手を叩くとポチエナはひるみ、一時ラルトスから遠ざかる。
「ジグザグマ、邪魔なモンをはたきおとしな!」
ジグザグマがラルトスに向かい、のどスプレーを叩き落とす。
「ラルトス! チャームボイス!」
とくしゅこうげきを上昇させる道具が使えなくなってしまったが、負けじと声を貼るラルトス。
あくタイプのポケモンにフェアリータイプの技はこうかばつぐんである。
「ぎゃっ! やってくれるじゃないか」
ポチエナとジグザグマの二体に当たったので、レンリは一瞬どう言うことかと隙を見せる。
「ポチエナ、しっかりしな。とおぼえだよ!」
ポチエナが鳴き声を挙げると、ジグザグマも共鳴したように鳴き出す。
「ダブルバトルは味方二体、相手二体に効果を及ぼすものがあるんです」
「授業なら後でやりな! バークアウト!」
「ラルトス! ニャースまで……!」
そしてさらに追加効果として、とくしゅこうげきが下がってしまう。
「ハハッ、ザマァないね!」
サミザが得意げに宣言するが、アキラはポーカーフェイスを浮かべたままである。
「ジグザグマ、ずつき!」
「ポチエナ、かみつく!」
狙われているラルトスに攻撃が当たる間際、またもや間に滑り込んだニャースが攻撃を受け、危機を逃れる。
「なんなんだこのニャース、なんだか固……」
「ニャース、ラルトスにてだすけを」
「決めろラルトス、チャームボイス!」
「ポチエナ!」「ジグザグマ!!」
ラルトスをいかに守り、あいてのポケモンに効果的なダメージを与えなければならないのか。
アキラのサポートを受ける戦いの中で、レンリは戦法の改良の余地に気付いた。
(こんなんじゃ、まだダメだ……! もっと強くならないと……!)
「勝負、ありましたね」
「チッ、あたしらのポケモンをよくも……!」
「なによなによ、こうなったら力ずくで……!」
「バカ言ってんじゃないよ、ずらかるよサミザ!」
「おうっ! …………? えっ?」
「なにやってんだ……! ああっ!?」
影を踏まれたかの如く、二人組の足が止まる。
かなしばりにあったかの如く立ち止まってしまったヨンとサミザへと、アキラは一歩一歩音を立てながら近づいて行った。そして、二人と目を合わせると、
「『こんなこと、金輪際やめてくださいね』」
と静かな口調で訴える。
「あっ!? なに言ってやがんだ……」
「そうさね。言われてやめるあたしらじゃ無……」
「『あなた方はこんな事をやめて、悔い改めます』。いいですね?」
アキラの柔らかな”お願い”がバトルコートに響く。
固唾を飲んで見守っていたレンリとラルトスだったが、二人組は押し黙ってそそくさと扉を後にして走り去ってしまった。
「アキラ!ーー」
こんな好機はない、とレンリはアキラに詰め寄る。
「教えてくれ。一体僕の「この状況」は、どうやって…… 君の所属するという、Pクラスだって、全部全部なんだって言うんだ!?」
最後はもう、慟哭にも等しい叫びであった。
肩を掴まれたアキラはレンリの投げかけをしばらく黙って聞いていたが、重い口を開く。
「もう少しで警備員が巡回に来ます。この場から離れた方が賢明かと」
「せめて教えてくれ、何か君の力が働いているのか!? 周りの人たちの”違和感”には!」
「その答えは、YESです。
ですが……あなたに本当の意味での平穏は、訪れないようですね」
「それはどういう……」
「さあ、もう行きなさい。転入してきて早々に、退学したいのですか?」
近付く足音とサーチライトらしき光に、レンリはラルトスにも服の裾を引っ張られて、踵を返さざるを得なかった。
▼▽▼▽▼▽
「そこにいるのは誰だ! 生徒は一刻も早く寮に戻りなさい!」
「……お芝居は結構です、シャラ先生」
「おや、残念。ーーレンリクンも、おかわいそうに」
バトルコートに残るアキラへ歩み寄ったのは、警備員の服装に身を包んだシャラであった。
トレードマークの緑のサングラスは今は外され、黒縁のメガネに切り替わっている。
「おまえさんの底意地の悪さには感心するよ。
情報を小出しにしては、だが決して真実には一歩も近付けない」
「……自己紹介ですか? 先生」
「嫌味を言うなよ。おれは教師として注意してやってるんだぜ?
ありがたく聞いておいたほうが、おまえさんのためにもなるんじゃないか」
「ご警告、どうもありがとうございます」
ぴしっ、と敬礼を取るアキラである。
「まったく。可愛げのないガキめ……」
「お褒めの言葉も、嬉しいですね」
「……そういうところだぞ?
それに、おれの色違いのガラル地方のニャースーー”ダモクレス”を勝手に持ち出したことも、相当頭に来ているからな?」
「これはいけません。……ずらからなくては」
「あっ! 待てアキラ!!」
教師と生徒は、月明かりの中に颯爽と消えていったのであった。
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