PKMN二次創作
レンリが転入してきてから五回ほど太陽と月が行き来し、授業が完全に休みの日がやってきた。
生徒たちは、オーレ地方の数少ない娯楽の中から選んで過ごすか、はたまたポテデミアの中で休日を終える他ない。
しかし、ポケデミアの施設内は十分楽しみある。なにせ、ポケウッド俳優の卵たちも学生として暮らしているのだから、映画館は当然の如く備わっている。
他、優れた卒業生の作品を置く美術館。コンテストの出場を目指す生徒たちは休みにもかかわらず、観客を入れて模擬練習を行なっている。
一方のレンリはと言うと、誰からもその誘いを受けず、休日を過ごすことになっていた。
(こんな休みは久々だな)
と寂しい思いをするも、決してそれは悪いものではなかった。
レンリはこの二日間でアキラかシャラ、またはそのどちらかを見つけて問い詰める気でいた。
ーー今のこの状況、もとい、自分に訪れた”平穏”が、どのように成されたのかを。
まずは職員室を訪れたレンリは壁に素早く目を走らせ、教員の机の配置を確認する。
しかし、然るべき場所に黒髪の姿はない。行き来する教師たちの体を避けつつ正面にたどり着くと、全く物が置かれていない。
(まるで、使われていないみたいだ。というよりも、空席のような……)
「おい、転入生……」
遠くから声がかかり、レンリは心臓が飛び出る思いであった。
その声の正体は、バトル実習学の教師、ユズカである。レンリは、以前ユズカに警告されていたことを思い出し、一芝居打つことにした。
「ユズカ先生! 探しました!」
「うぅん? 私に何か用だったのか」
「はい。この前の授業のときに負けてしまったので、先生からアドバイスをもらおうと思って」
「そうか、そうか! それなら良いんだ。よし、では今からでも実戦で……」
それは困る。何せ、こちらがダメならアキラの方から攻略する計算であった。
「お願いします! ……と、言いたいところなのですが、今日は友だちとバトルする約束をしていて」
「なに、そうなのか。友は優先せねばな……」
「なので、次の授業では先生とバトルがしてみたいんです!」
全くのでまかせである。それに、友という友のいないレンリはチクリと心が痛んだ。
「わかった。君のバトルを分析してみよう。対策できるように考えてくるんだぞ」
「ありがとうございます! では、失礼します」
ユズカの嬉しそうな顔にも罪悪感を覚え、頭を深く下げて、足早に職員室を後にするのだった。
▼▽▼▽▼▽
薄暗い自室にて、“ミダス”と名付けられた珍しい色のベトベターに飲んだ空き缶を与えながら、シャラは次の缶に手をつけようとして、止めた。
「…………おれの机にまで来るとは。今日は出て行かなくて正解だったな」
そう独りごちて、アルコールを摂取するかのようにちびりちびりとエナジードリンクを長い舌で舐める。
「まったく、これでは子どものお遊びだ……」
▼▽▼▽▼▽
Pと名の付く教室だけが何故か地下にあることは、地図によって把握済みである。だが、1-Pへと繋がるその階段には『関係者以外立ち入りを禁止する』の文字がある。
さすがに編入してきて早々に悪目立ちするのはマズイのではないか、という思いと、ここを通過しなければ一生このままではないのか、という思いとで脈が強く打ち付ける。
と、そこへ、階段から上がってこちらへ向かってくる生徒が現れるではないか!
「あの、すみません」
考えるよりも早く足が動き、その生徒へと声をかける。
一方、レンリを見つめる目は冷ややかであった。
「キミ……。……ああ、そうか。噂の転入生ね」
「どんなウワサですか!?」
少し食い気味で話しかけ過ぎたな、とは内心では感じているものの、やっと見つけた手がかりである。
もしかしたら、目の前にしているこのトレーナーは自分のバックグラウンドを分かっているのかも……
「”P”に関わろうとするイシヘンジン」
「……は?」
「本当だったんだね。そうでなきゃ、地下から出てきた奴に話しかけたりしないもの」
嘲笑と変わらぬ声音で断言され、レンリは肩を掴みそうになり止まる。それから、声を抑えて喋り出した。
「……僕のクラスメイトにも、1-Pのことを聞いたらおかしな対応をされた」
「君のクラスメイトさんが正しいね」
「一体何なんだ? どうして、関わってはいけないんだ?」
「答える義理はないね。バトルで直接聞き出すかい?」
「いや、僕は……バトルは……」
手掛かりが掴めるならばやる価値はあるのかもしれない。レンリはラルトスに頷く。
しかし、バトルを提案したPの生徒はと言うと、手を振って笑い飛ばしたのだ。
「ははっ、冗談だよ。こんなところで暇を潰していて良いわけないもんね」
「えっ……?」
「キミの探している子、近くにいるみたいだから……」
バッ、後ろを振り向くレンリ。
何もいないことを確認して正面に向き直ると、先ほどまで話していたトレーナーの姿は、すっかりなくなっていた……
▼▽▼▽▼▽
すっかり休んだ気のしない休日を終えたレンリは、力なくホームルームを受けていた。その様子に、委員長のハンナは「ボンヤリしない!」と喝を送る。
「さてみんな、そろそろ遠足の時期になるがーー」
担任のサクヤが告げると、クラスは大いに盛り上がりを見せる。
「ハンナ、……遠足って?」
「カリキュラムを見てないの? 一年に二回、クラスでビレッジに行くの」
「……(ビレッジって?)」
レンリはオーレ地方について詳しく知る時間も、ポケデミアのカリキュラムを見る間もなく、世界を飛び交う親から勝手に編入を決められてた。
突拍子も無い親に生まれてこのかた付き合ってきたレンリであるが、ここまでの不自由を感じるのは今回が初めてであった。
いつもであれば、周りのお節介たちが、一から十まで聞いていなくても説明をしてくれていたからだーー
仕方なく、机の下で隠れてスマホロトムを開く。
正式名称アゲトビレッジ。山の麓にある村。今はトレーナーを隠居している人々が多く集う。
「遠足って、一年生全員で行くわけじゃないよね? 確かAから……」
「そんなことしたら村が人で溢れかえっちゃうわよ、一クラスずつ行くの。レンリくんってたまに天然なのね!」
ハンナに爆笑され、レンリは苦笑を返す。
「友だち同士でグループを作っておいてくれよ。先生のクジじゃみんな……嫌だろう?」
サクヤ先生のクジの方がどれだけいいか!
レンリの嘆きも早々に、チャイムの音が響く。
(そして、次はバトル実用学か……)
以前ついた嘘から、ユズカとのバトルがずっと憂鬱であった。アキラとシャラの捜索で手を取られ、まったく予習をしていない。
行き当たりの戦法でなんとかするしかないか…… ラルトスも、不安そうにレンリを見上げるのだった。
▼▽▼▽▼▽
「さあみんな、楽しいバトル実用学の時間だぞ。
今日は転入生が私と対戦をしてくれるらしい。皆はクジを引き、終え次第バトルするように!」
「はい……よろしくお願いします!」
心なしか生き生きとしたユズカに対し、レンリは腹をくくり頭を下げる。
「使用ポケモンは一対一。戦闘不能は私が公平に判断しよう。
いざ!尋常に勝負!」
ユズカが肩が外れてしまうのではないかと思うほど勢いよくボールを放り投げると、出てきたのはリーシャン。澄んだ鈴の音が響き渡る。
「ラルトス! 君が主役だ!」
レンリも負けじと繰り出せば、ラルトスは短い腕でお辞儀をする。
「うん、美しいフォームだな! 九十五点!」
「ありがとうございます」
親から叩き込まれたボール仕草を褒められ素直に喜ぶレンリであるが、それと同時にユズカの瞳の色が変わったので気を引き締める。
「私から行くぞ! リーシャン、めいそうするんだ!」
神経を統一させるリーシャンに、マズい状況だと察知するレンリ。
ラルトスはとくしゅこうげきのわざを多く覚えるため、とくぼうの上がった相手には長期戦を覚悟することになる。
「チャームボイス!」
負けじと応戦するラルトスだが、与えるダメージは少量である。
「エスパータイプにエスパーの技は効果はいまひとつ! フェアリータイプの技を選ぶのは良い選択だな」
「もう一度、チャームボイス!」
ユズカの褒めの言葉も頭に入らないほど、レンリは必死であった。
「そう何度も同じことをしてはダメだ。
リーシャン、いちゃもん攻撃!」
「何っ……」
ラルトスが困惑する。いちゃもんを受けたポケモンは、同じわざを続けて出せない。
「(どうする……こうげきする手立てが……)ラルトス、かげぶんしん!」
「補助わざに切り替えるのも正解だ。だがこちらはさらにめいそう!」
増えるラルトスの影法師にリーシャンはあわてず目を瞑る。
「そうだ……ラルトス、かなしばりだ!」
「よくぞ気付いたレンリ! 回数を重ねさせないためには、それを封じるわざを選ばねばな」
心地のいいユズカの言葉に、押されているというのに気持ちが良くなるレンリ。
「チャームボイス!」
(だけど、これだけじゃダメなんだ……何か打開策を考えないと……)
「ふむ、残念だがレンリ……ここらで頃合いとさせてもらう!」
(とくしゅぼうぎょではないこうげき……)
リーシャンの大きな揺れを目の当たりにしたレンリとラルトスに、ある閃きが起こる。
「ラルトス、リーシャンの影を狙うんだ! かげうち!」
「よくぞ見抜いた! だが一歩遅かったな……
……リーシャン、アシストパワー!」
とくこう二段階、とくぼう二段階上がったリーシャンのこうげきに、ラルトスは吹き飛ばされる!
「ラルトス、戦闘不能! リーシャンの勝ち!」
いつのまにか集まっていたギャラリーの一員が、ユズカに旗を揚げ試合終了を告げる。
「……惜しかったね、レンリさん」
ラルトスに礼を言い終えるタイミングを見計らって、声をかけてきたのは以前バトルをしたリハであった。
「うん。でもすごくいい勉強になったよ。ユズカ先生、ありがとうございました」
「うむ。礼に始まり礼に終わる。その儀は大切にせねばな、レンリ」
「……レンリさん、よければ一緒に戻りません? さっきのバトルについて、気付いたところを話し合いながら」
「僕で良ければ、ぜひお願いしたいな!」
授業の終わりの鐘が鳴り、傷ついたポケモンを癒した生徒たちは教室へと戻っていく。
(ポケモンバトルも……悪くないかもな)
レンリはそう独りごち、隣を歩くリハに笑顔を向けるのだった。
▼▽▼▽▼▽
時は遡りーー
「アキラ、きみだね。転入生焚きつけたのは」
「さあ、なんのことでしょう」
途方にくれたレンリが階段を後にしたのちに、1-Pの教室では生徒が二人向き直っていた。
「とぼけるなよ。みんなは察しが悪いみたいだけど、ぼくは違う」
「さすが、委員長は違いますね」
「キミもシャラ先生のお気に入りだからって、調子に乗らないほうがいいね」
そう言うと、腕を組んで顔を背ける。アキラは、そんなクラスメイトに微笑する。
「ウー……ご忠告、どうもありがとう」
「チッ! 相変わらず食えないやつ。少しは常識ってやつを考えたらどうだい」
ウーと呼ばれた生徒は、そう吐き捨てて出口へ向かって踵を返す。姿が完全に見えなくなった途端、アキラはため息をついて一匹のポケモンを外へ出す。
「”自分の中の常識を疑わなければ”、気付くことも気付けない。そうは思いませんか? ーー」
音もなく電球が切れた教室の中で、アキラとそのポケモンの瞳だけが、妖しく輝いていた。
生徒たちは、オーレ地方の数少ない娯楽の中から選んで過ごすか、はたまたポテデミアの中で休日を終える他ない。
しかし、ポケデミアの施設内は十分楽しみある。なにせ、ポケウッド俳優の卵たちも学生として暮らしているのだから、映画館は当然の如く備わっている。
他、優れた卒業生の作品を置く美術館。コンテストの出場を目指す生徒たちは休みにもかかわらず、観客を入れて模擬練習を行なっている。
一方のレンリはと言うと、誰からもその誘いを受けず、休日を過ごすことになっていた。
(こんな休みは久々だな)
と寂しい思いをするも、決してそれは悪いものではなかった。
レンリはこの二日間でアキラかシャラ、またはそのどちらかを見つけて問い詰める気でいた。
ーー今のこの状況、もとい、自分に訪れた”平穏”が、どのように成されたのかを。
まずは職員室を訪れたレンリは壁に素早く目を走らせ、教員の机の配置を確認する。
しかし、然るべき場所に黒髪の姿はない。行き来する教師たちの体を避けつつ正面にたどり着くと、全く物が置かれていない。
(まるで、使われていないみたいだ。というよりも、空席のような……)
「おい、転入生……」
遠くから声がかかり、レンリは心臓が飛び出る思いであった。
その声の正体は、バトル実習学の教師、ユズカである。レンリは、以前ユズカに警告されていたことを思い出し、一芝居打つことにした。
「ユズカ先生! 探しました!」
「うぅん? 私に何か用だったのか」
「はい。この前の授業のときに負けてしまったので、先生からアドバイスをもらおうと思って」
「そうか、そうか! それなら良いんだ。よし、では今からでも実戦で……」
それは困る。何せ、こちらがダメならアキラの方から攻略する計算であった。
「お願いします! ……と、言いたいところなのですが、今日は友だちとバトルする約束をしていて」
「なに、そうなのか。友は優先せねばな……」
「なので、次の授業では先生とバトルがしてみたいんです!」
全くのでまかせである。それに、友という友のいないレンリはチクリと心が痛んだ。
「わかった。君のバトルを分析してみよう。対策できるように考えてくるんだぞ」
「ありがとうございます! では、失礼します」
ユズカの嬉しそうな顔にも罪悪感を覚え、頭を深く下げて、足早に職員室を後にするのだった。
▼▽▼▽▼▽
薄暗い自室にて、“ミダス”と名付けられた珍しい色のベトベターに飲んだ空き缶を与えながら、シャラは次の缶に手をつけようとして、止めた。
「…………おれの机にまで来るとは。今日は出て行かなくて正解だったな」
そう独りごちて、アルコールを摂取するかのようにちびりちびりとエナジードリンクを長い舌で舐める。
「まったく、これでは子どものお遊びだ……」
▼▽▼▽▼▽
Pと名の付く教室だけが何故か地下にあることは、地図によって把握済みである。だが、1-Pへと繋がるその階段には『関係者以外立ち入りを禁止する』の文字がある。
さすがに編入してきて早々に悪目立ちするのはマズイのではないか、という思いと、ここを通過しなければ一生このままではないのか、という思いとで脈が強く打ち付ける。
と、そこへ、階段から上がってこちらへ向かってくる生徒が現れるではないか!
「あの、すみません」
考えるよりも早く足が動き、その生徒へと声をかける。
一方、レンリを見つめる目は冷ややかであった。
「キミ……。……ああ、そうか。噂の転入生ね」
「どんなウワサですか!?」
少し食い気味で話しかけ過ぎたな、とは内心では感じているものの、やっと見つけた手がかりである。
もしかしたら、目の前にしているこのトレーナーは自分のバックグラウンドを分かっているのかも……
「”P”に関わろうとするイシヘンジン」
「……は?」
「本当だったんだね。そうでなきゃ、地下から出てきた奴に話しかけたりしないもの」
嘲笑と変わらぬ声音で断言され、レンリは肩を掴みそうになり止まる。それから、声を抑えて喋り出した。
「……僕のクラスメイトにも、1-Pのことを聞いたらおかしな対応をされた」
「君のクラスメイトさんが正しいね」
「一体何なんだ? どうして、関わってはいけないんだ?」
「答える義理はないね。バトルで直接聞き出すかい?」
「いや、僕は……バトルは……」
手掛かりが掴めるならばやる価値はあるのかもしれない。レンリはラルトスに頷く。
しかし、バトルを提案したPの生徒はと言うと、手を振って笑い飛ばしたのだ。
「ははっ、冗談だよ。こんなところで暇を潰していて良いわけないもんね」
「えっ……?」
「キミの探している子、近くにいるみたいだから……」
バッ、後ろを振り向くレンリ。
何もいないことを確認して正面に向き直ると、先ほどまで話していたトレーナーの姿は、すっかりなくなっていた……
▼▽▼▽▼▽
すっかり休んだ気のしない休日を終えたレンリは、力なくホームルームを受けていた。その様子に、委員長のハンナは「ボンヤリしない!」と喝を送る。
「さてみんな、そろそろ遠足の時期になるがーー」
担任のサクヤが告げると、クラスは大いに盛り上がりを見せる。
「ハンナ、……遠足って?」
「カリキュラムを見てないの? 一年に二回、クラスでビレッジに行くの」
「……(ビレッジって?)」
レンリはオーレ地方について詳しく知る時間も、ポケデミアのカリキュラムを見る間もなく、世界を飛び交う親から勝手に編入を決められてた。
突拍子も無い親に生まれてこのかた付き合ってきたレンリであるが、ここまでの不自由を感じるのは今回が初めてであった。
いつもであれば、周りのお節介たちが、一から十まで聞いていなくても説明をしてくれていたからだーー
仕方なく、机の下で隠れてスマホロトムを開く。
正式名称アゲトビレッジ。山の麓にある村。今はトレーナーを隠居している人々が多く集う。
「遠足って、一年生全員で行くわけじゃないよね? 確かAから……」
「そんなことしたら村が人で溢れかえっちゃうわよ、一クラスずつ行くの。レンリくんってたまに天然なのね!」
ハンナに爆笑され、レンリは苦笑を返す。
「友だち同士でグループを作っておいてくれよ。先生のクジじゃみんな……嫌だろう?」
サクヤ先生のクジの方がどれだけいいか!
レンリの嘆きも早々に、チャイムの音が響く。
(そして、次はバトル実用学か……)
以前ついた嘘から、ユズカとのバトルがずっと憂鬱であった。アキラとシャラの捜索で手を取られ、まったく予習をしていない。
行き当たりの戦法でなんとかするしかないか…… ラルトスも、不安そうにレンリを見上げるのだった。
▼▽▼▽▼▽
「さあみんな、楽しいバトル実用学の時間だぞ。
今日は転入生が私と対戦をしてくれるらしい。皆はクジを引き、終え次第バトルするように!」
「はい……よろしくお願いします!」
心なしか生き生きとしたユズカに対し、レンリは腹をくくり頭を下げる。
「使用ポケモンは一対一。戦闘不能は私が公平に判断しよう。
いざ!尋常に勝負!」
ユズカが肩が外れてしまうのではないかと思うほど勢いよくボールを放り投げると、出てきたのはリーシャン。澄んだ鈴の音が響き渡る。
「ラルトス! 君が主役だ!」
レンリも負けじと繰り出せば、ラルトスは短い腕でお辞儀をする。
「うん、美しいフォームだな! 九十五点!」
「ありがとうございます」
親から叩き込まれたボール仕草を褒められ素直に喜ぶレンリであるが、それと同時にユズカの瞳の色が変わったので気を引き締める。
「私から行くぞ! リーシャン、めいそうするんだ!」
神経を統一させるリーシャンに、マズい状況だと察知するレンリ。
ラルトスはとくしゅこうげきのわざを多く覚えるため、とくぼうの上がった相手には長期戦を覚悟することになる。
「チャームボイス!」
負けじと応戦するラルトスだが、与えるダメージは少量である。
「エスパータイプにエスパーの技は効果はいまひとつ! フェアリータイプの技を選ぶのは良い選択だな」
「もう一度、チャームボイス!」
ユズカの褒めの言葉も頭に入らないほど、レンリは必死であった。
「そう何度も同じことをしてはダメだ。
リーシャン、いちゃもん攻撃!」
「何っ……」
ラルトスが困惑する。いちゃもんを受けたポケモンは、同じわざを続けて出せない。
「(どうする……こうげきする手立てが……)ラルトス、かげぶんしん!」
「補助わざに切り替えるのも正解だ。だがこちらはさらにめいそう!」
増えるラルトスの影法師にリーシャンはあわてず目を瞑る。
「そうだ……ラルトス、かなしばりだ!」
「よくぞ気付いたレンリ! 回数を重ねさせないためには、それを封じるわざを選ばねばな」
心地のいいユズカの言葉に、押されているというのに気持ちが良くなるレンリ。
「チャームボイス!」
(だけど、これだけじゃダメなんだ……何か打開策を考えないと……)
「ふむ、残念だがレンリ……ここらで頃合いとさせてもらう!」
(とくしゅぼうぎょではないこうげき……)
リーシャンの大きな揺れを目の当たりにしたレンリとラルトスに、ある閃きが起こる。
「ラルトス、リーシャンの影を狙うんだ! かげうち!」
「よくぞ見抜いた! だが一歩遅かったな……
……リーシャン、アシストパワー!」
とくこう二段階、とくぼう二段階上がったリーシャンのこうげきに、ラルトスは吹き飛ばされる!
「ラルトス、戦闘不能! リーシャンの勝ち!」
いつのまにか集まっていたギャラリーの一員が、ユズカに旗を揚げ試合終了を告げる。
「……惜しかったね、レンリさん」
ラルトスに礼を言い終えるタイミングを見計らって、声をかけてきたのは以前バトルをしたリハであった。
「うん。でもすごくいい勉強になったよ。ユズカ先生、ありがとうございました」
「うむ。礼に始まり礼に終わる。その儀は大切にせねばな、レンリ」
「……レンリさん、よければ一緒に戻りません? さっきのバトルについて、気付いたところを話し合いながら」
「僕で良ければ、ぜひお願いしたいな!」
授業の終わりの鐘が鳴り、傷ついたポケモンを癒した生徒たちは教室へと戻っていく。
(ポケモンバトルも……悪くないかもな)
レンリはそう独りごち、隣を歩くリハに笑顔を向けるのだった。
▼▽▼▽▼▽
時は遡りーー
「アキラ、きみだね。転入生焚きつけたのは」
「さあ、なんのことでしょう」
途方にくれたレンリが階段を後にしたのちに、1-Pの教室では生徒が二人向き直っていた。
「とぼけるなよ。みんなは察しが悪いみたいだけど、ぼくは違う」
「さすが、委員長は違いますね」
「キミもシャラ先生のお気に入りだからって、調子に乗らないほうがいいね」
そう言うと、腕を組んで顔を背ける。アキラは、そんなクラスメイトに微笑する。
「ウー……ご忠告、どうもありがとう」
「チッ! 相変わらず食えないやつ。少しは常識ってやつを考えたらどうだい」
ウーと呼ばれた生徒は、そう吐き捨てて出口へ向かって踵を返す。姿が完全に見えなくなった途端、アキラはため息をついて一匹のポケモンを外へ出す。
「”自分の中の常識を疑わなければ”、気付くことも気付けない。そうは思いませんか? ーー」
音もなく電球が切れた教室の中で、アキラとそのポケモンの瞳だけが、妖しく輝いていた。