天使族
無気力、無関心、無表情。
執行者プルートの事となると、他の「代行者」の面々も苦い顔をせざるを得ない。
彼らを掌握するマスター・ヒュペリオンもその一柱で、尚且つ、当人を代行者の座より追放したそのひとである。
「お呼びでしょうか、ヒュペリオン様」
軽い足取りで現れたーー少年の姿のーー天使は、悩める太陽神を前に白い膝を折った。
「来たか、アース……」
「呼ばれましたからねっ」
満面の笑みで放たれる棘の一つに応じず、許しを無言の頷きで示したヒュペリオンは、重い口取りで側近の代行者へ用を告げる。
「他ならぬあやつ、プルートの事だが」
「ゲッ……」
とびきり形の良い眉を歪ませたアースは、放つ声一つで憎悪の全てを表現した。
「プルートさん、また何かやっちゃったんですかぁ?」
「正確には”未だ”である。 奴の妙な噂を耳にしたものでな」
“代行者プルート”であった際にやらかした彼は、ヒュペリオンから座を追われ最も遠い星へと左遷されている。それはまた別の話だ。
「相変わらずエンゼル・イヤーズばりの地獄耳ですねぇ、ヒュペリオン様」
天空ですけれど! と笑うアース。
軽口を赦されているのは、偏に彼がヒュペリオンの「お気に入り」だからだ。
「貴様の部下は何か耳にしておらんのか」
「えっ、ムーンですかぁ? 別段僕に報告は上がってないですね……」
死の沈黙の天使ドマが二人の間を通るーー
「失礼をいたします」
そこへ現れたのは、頭から足の爪の先までお手本のように伸ばした高身長の肉付きの良い男の天使。
生真面目にもヒュペリオンとアースの会話から機を伺い、今まさにそのタイミングで現れたのだった。
ヒュペリオンの前に立つアースの姿を一瞥する。
「……フンッ、おチビさんたちはアテになりませんね。
ヒュペリオン様、プルートの様子について報告を受けました」
資料を手渡すーーその代行者の名はネプチューン。プルートの隣の星の支配者でもある。
「出たなネプチューン。間違った情報じゃ承知しねえからな」
「誰にものを言っているのです?」
アースとネプチューンが牽制し合う中、ヒュペリオンは内心ハラハラしながらも資料を黙読する。
「コホンッ……。魔法都市のエンディミオン様曰く、魔導書院(ラメイソン)や書庫(ソレイン,クレッセン)に入り浸って居るそうです。
また、魔界劇団の面々に台本の製作法について尋ねているとか」
「……エンディミオン殿には後日聖水を贈るように」
「かしこまりました」
ヒュペリオンは頭を抱える。
魔法使い族にお世話になるとは、エンジェル・魔女のように運命を変えるつもりなのだろうかーー?一瞬そんな考えがよぎるが、本に限られた話というのが引っかかる。
「詰まりあやつは書物に関心でも持っていると?」
「ええ、おっしゃる通りにございます」
「自社出版でもするつもりなんですかねぇ。暴露本とか……」
アースの考えに、賢いネプチューンは悟る。
かつては代行者として聖域を行き来した彼だ。やろうと思えば内部の機密を公開することなど容易いーー
可能性に気付いたヒュペリオンは二人の代行者へと向き直り名を告げる。
「アース、ネプチューンよ。貴殿らに命ず。
プルートの動向を探り、我ら聖域に仇を成す行いを目論んでいる場合ーー分かるな?」
一段と低くなった太陽神の言葉を受け、二人の天使は顔を見合わせる。
(よりによってこいつとかよ……)
(よりによってこいつとですか……)
数日後、疲れ果てたとアースは早々に自室に戻り、ヒュペリオンへの報告を一人任されたネプチューンの顔は、それはそれは暗かった。
今から話す内容が、上司に理解されるとも限らないからである。
「フゥー……。 あなた様、入ります。ネプチューンにございます……」
「おお、帰ったか。ご苦労であった」
「いえ……」
「しかして、あやつの様子は」
「それが、その……」
次の要件が突っかえているらしく、急かすヒュペリオンにネプチューンは口籠る。
「あなた様は……その、創作小説というものをご存知で?」
「我とて書は嗜むぞネプチューン……」
「いえ、その、自身を主人公に見立てて、ですね……」
「……? 自伝ということか? 奴は自伝を認めるつもりであったか。なら何も問題はあるまいよ」
「そうでは……そうではあるのですが……」
「ふむ。ではご苦労であった。下がれ。プルートの事は今一度静観する」
「はっ……失礼いたします」
新たな書類を手にする太陽神は、もうプルートのことに何も関心を寄せていないだろう。
その裏でネプチューンは同期のよしみで、プルートの製本した秘密の小説の内容を隠し通すようにアースへと頭を下げていたのだった。
「……頭下げられると調子狂うな。いやぁ、僕はプルートさんのことはどうでもいいよ」
「左様で……」
「ヒュペリオン様に一番頼りにされてるのは、僕ってことに変わりはないからね」
「は? ワタクシですが?」
「は??」
「コホンッ……では、この本はワタクシが預かっておきますので。くれぐれも他言無用でお願いしますよ」
「異議なーし!」
その頃のプルートは。
「今度の小説はいい出来だ……
『代行者を追放されましたが、異界の星で執行者として崇められています〜今更戻ってこいと言われてももう遅い〜』……アニメ化すると良いのだがな……」
などと、小説投稿サービスに応募していたとかいないとか。
完
執行者プルートの事となると、他の「代行者」の面々も苦い顔をせざるを得ない。
彼らを掌握するマスター・ヒュペリオンもその一柱で、尚且つ、当人を代行者の座より追放したそのひとである。
「お呼びでしょうか、ヒュペリオン様」
軽い足取りで現れたーー少年の姿のーー天使は、悩める太陽神を前に白い膝を折った。
「来たか、アース……」
「呼ばれましたからねっ」
満面の笑みで放たれる棘の一つに応じず、許しを無言の頷きで示したヒュペリオンは、重い口取りで側近の代行者へ用を告げる。
「他ならぬあやつ、プルートの事だが」
「ゲッ……」
とびきり形の良い眉を歪ませたアースは、放つ声一つで憎悪の全てを表現した。
「プルートさん、また何かやっちゃったんですかぁ?」
「正確には”未だ”である。 奴の妙な噂を耳にしたものでな」
“代行者プルート”であった際にやらかした彼は、ヒュペリオンから座を追われ最も遠い星へと左遷されている。それはまた別の話だ。
「相変わらずエンゼル・イヤーズばりの地獄耳ですねぇ、ヒュペリオン様」
天空ですけれど! と笑うアース。
軽口を赦されているのは、偏に彼がヒュペリオンの「お気に入り」だからだ。
「貴様の部下は何か耳にしておらんのか」
「えっ、ムーンですかぁ? 別段僕に報告は上がってないですね……」
死の沈黙の天使ドマが二人の間を通るーー
「失礼をいたします」
そこへ現れたのは、頭から足の爪の先までお手本のように伸ばした高身長の肉付きの良い男の天使。
生真面目にもヒュペリオンとアースの会話から機を伺い、今まさにそのタイミングで現れたのだった。
ヒュペリオンの前に立つアースの姿を一瞥する。
「……フンッ、おチビさんたちはアテになりませんね。
ヒュペリオン様、プルートの様子について報告を受けました」
資料を手渡すーーその代行者の名はネプチューン。プルートの隣の星の支配者でもある。
「出たなネプチューン。間違った情報じゃ承知しねえからな」
「誰にものを言っているのです?」
アースとネプチューンが牽制し合う中、ヒュペリオンは内心ハラハラしながらも資料を黙読する。
「コホンッ……。魔法都市のエンディミオン様曰く、魔導書院(ラメイソン)や書庫(ソレイン,クレッセン)に入り浸って居るそうです。
また、魔界劇団の面々に台本の製作法について尋ねているとか」
「……エンディミオン殿には後日聖水を贈るように」
「かしこまりました」
ヒュペリオンは頭を抱える。
魔法使い族にお世話になるとは、エンジェル・魔女のように運命を変えるつもりなのだろうかーー?一瞬そんな考えがよぎるが、本に限られた話というのが引っかかる。
「詰まりあやつは書物に関心でも持っていると?」
「ええ、おっしゃる通りにございます」
「自社出版でもするつもりなんですかねぇ。暴露本とか……」
アースの考えに、賢いネプチューンは悟る。
かつては代行者として聖域を行き来した彼だ。やろうと思えば内部の機密を公開することなど容易いーー
可能性に気付いたヒュペリオンは二人の代行者へと向き直り名を告げる。
「アース、ネプチューンよ。貴殿らに命ず。
プルートの動向を探り、我ら聖域に仇を成す行いを目論んでいる場合ーー分かるな?」
一段と低くなった太陽神の言葉を受け、二人の天使は顔を見合わせる。
(よりによってこいつとかよ……)
(よりによってこいつとですか……)
数日後、疲れ果てたとアースは早々に自室に戻り、ヒュペリオンへの報告を一人任されたネプチューンの顔は、それはそれは暗かった。
今から話す内容が、上司に理解されるとも限らないからである。
「フゥー……。 あなた様、入ります。ネプチューンにございます……」
「おお、帰ったか。ご苦労であった」
「いえ……」
「しかして、あやつの様子は」
「それが、その……」
次の要件が突っかえているらしく、急かすヒュペリオンにネプチューンは口籠る。
「あなた様は……その、創作小説というものをご存知で?」
「我とて書は嗜むぞネプチューン……」
「いえ、その、自身を主人公に見立てて、ですね……」
「……? 自伝ということか? 奴は自伝を認めるつもりであったか。なら何も問題はあるまいよ」
「そうでは……そうではあるのですが……」
「ふむ。ではご苦労であった。下がれ。プルートの事は今一度静観する」
「はっ……失礼いたします」
新たな書類を手にする太陽神は、もうプルートのことに何も関心を寄せていないだろう。
その裏でネプチューンは同期のよしみで、プルートの製本した秘密の小説の内容を隠し通すようにアースへと頭を下げていたのだった。
「……頭下げられると調子狂うな。いやぁ、僕はプルートさんのことはどうでもいいよ」
「左様で……」
「ヒュペリオン様に一番頼りにされてるのは、僕ってことに変わりはないからね」
「は? ワタクシですが?」
「は??」
「コホンッ……では、この本はワタクシが預かっておきますので。くれぐれも他言無用でお願いしますよ」
「異議なーし!」
その頃のプルートは。
「今度の小説はいい出来だ……
『代行者を追放されましたが、異界の星で執行者として崇められています〜今更戻ってこいと言われてももう遅い〜』……アニメ化すると良いのだがな……」
などと、小説投稿サービスに応募していたとかいないとか。
完