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天使族

天空の聖域というのは、決闘者の想像たり得ぬ禁域である。
失われた捨て地は別としてーー乙女たちが誇り高き勇士の魂を来たるべき大戦に備えて導いているだとか、幾度の悪魔からの誘いを退け辿り着けば、自ら翼あるものへと変容するだとか。
そのような憶測が飛び交うものの、神の住まう城であるという一点だけは、間違いのない事実として通っている。
しかし、その奥の奥には、一体何が秘されているのだろうか。
今回場面を写すのは、ーー惑星を掌握せしめる、太陽の神の私室である。

マスター・ヒュペリオンは、裸体の天使が支える手鏡を前に、角度を付けた手を翳しては止める……ということを繰り返し行っていた。
己の姿に満足がいかぬのか、両肩を後ろに数回回すと、紅の天蓋の中心に座す大理石の上に腰を落ち着けてしまった。
黙って職務を続けていた”天使の手鏡”は、混乱を隠しきれず彼の表情を伺うが、「下がれ」という冷めた声の前に頭を下げて戻るほかなかった。

部屋を後にした天使は、アンニュイな面持ちでいた為か、コート・オブ・ジャスティスの輪をくぐり抜けて現れた小さな異星者・イーバに呼び止められてしまう。
「キミ、キミーー総督(ヒュペリオン)のプライベートルームから出て来たネ」
「……左様にございます」
聖域に不時着した侵入者だか、追い返されず保護を命じているマスターの手前、無碍にもできず素直に応える天使である。
「カレ、思いつめられているようダ。どれ、ワタクシからも一つ……」
「結構でございます」
何を悩んでいるのか理解したような口ぶりに苛立ちがこみ上げてきた天使は、強い口調で制する。
「残念ダ」
などとは微塵も思っていないだろう喉の笑い声を背に、自身が攻撃的になったことを戒める天使であった。


「お呼びでしょうか」
所戻ってヒュペリオンの御前、入れ替えに片膝を折るのは前線部隊の力天使ヴァルキリアである。
「面を上げよ」
短い頷きの後、許されたヴァルキリアは随分と暗い上司の顔に息を飲む。内心、大変な時に呼ばれたものだと察したが、静かにいつものポーカーフェイスを作った。

「貴殿は一度、闇に呑まれた事があったな」
ダーク・ヴァルキリアと指を刺された忌々しい過去を唐突に掘り起こされ、心臓の部分が萎縮する。
「はっ……はい。ですが、私は……」
その後、闇の勢力との激しいいくさのあと、暗黒を振り払い光の側へ戻った。魂の気高さから、現在は力天使を名乗るほどになったのだーー
「良い。貴殿の過ちを咎めるための召集ではない」
「はあ……」
「して、本題に入る」
一体全体、何を命じられるのかとヴァルキリアの背に汗が伝う。

「貴殿、堕天と成った際のーーーーーーはいかがした」

「……申し訳ありませぬ。お言葉を逃しました故……」
エンゼル・イヤーズであれば聞き取れたであろう、小声の部分を聞き返す。
「ゴホンッ…… 闇と成った際だが……やはり魂の解放を感ずるか?」
「……」
難問である。ヴァルキリアの頭に痛みが走る。何と答えを出せば正しいのだろうか。まさか赤裸々に”悪行を重ね、心身に熱いものが込み上げておりました”などとは言えない。消し炭になるのが関の山だ。彼の側近である代行者が一体でも控えていれば、もう少し意図が読めるものをーー
脳内で思考を巡らせるヴァルキリアの眉間がどんどん深くなるのを見かねたのか、太陽神は観念したように呟き始める。

「否、我もだな……闇の存在となり得るのだ」
「何をおっしゃるのです!? 光の化身たるあなた様が影差すなど、一大事ではありませんか!」
ヴァルキリアの必死の説得に、ヒュペリオンはその顎に指を当てて低く唸る。
「貴殿の話も一理ある。そうであるな」
「そうでございます! あっ……声を荒げてしまい、申し訳……」

「良いのだ。何、我も少々浮かれておった。一時堕ちた際の貴殿の立ち振る舞い、なかなかサマになっていたのでな」
「そっ……それは……」
褒められてはいるが、褒められる内容ではないので口籠るヴァルキリアである。
「何ぞ申してみよ、許す」
「……確かにその、少々高揚していた……と感じます。普段の私から解き放たれ、気分に正直にーーなりました。自ずと挑発的な言動にーー」
これ以上は恥だと押し黙る。
「いやはや……そうであるか。良き智慧を得たぞ。下がってよろしい。貴殿の今後の働きにも大きく期待する」
「……恐れ入ります」
複雑な心境で場を離れる力天使を尻目に、何故か上機嫌の太陽神であった。


その後、闇属性と成って自信満々、鏡の前で散々練習したポージングでヒュペリオンが君臨することになるのは、また別のお話……

END
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