火龍改聖杯譚
ズブズブ足が沈む。
土がねとねと絡みついて。
役者は腕が足りなくて泣いている。
(三)
レイシフト特有の浮遊感が藤丸の胃を圧迫し、脳を刺激する。グッと空気が押し上げてくるような衝撃が奔る。
風によって舞い上げられているようだ。舞い上げられる?
「空中レイシフトーッ!」
空手辺りを見渡せば、初の空中レイシフトを体験した藤堂平助が目を白黒させていて、太歳星君はニコニコ笑っていた。そして清姫がいない。
彼女のことはすごく気になるが、今は着陸のことを考えるしかない。
「カルデアのみんなーっ!?」
『頑張れっ、藤丸くん!』
「ンな無責任なっ」
『だって、いつものことだろう?』
確かにそうだが、些か慣れすぎでは。空中でこんな思案に耽る自分も大概であるということに、藤丸は微塵も気づいていそうもなかった。
さて、この空中で最も着地で頼りになるのは誰か。そうやって自分に問う前に、藤丸は大きな黒い腕に抱き抱えれた。巨大な腕中の隣には未だに瞬きを繰り返し続ける平助が居た。まだ状況が飲み込めていないらしい。
そしてこの巨腕はきっと。
「口を閉じて、噛むよ」
大人びた太歳星君が素っ気なく言った。けれど言葉尻は優しく、気遣いが滲み出ていて温かい。
「うん」
藤丸はグッと口を閉じた。つられて平助もモキュ…と口を一文字に引き結ぶ。
地面に太歳星君の靴裏が触れる前にゆっくりと彼は減速していき、大地から力強く生える草花を踏まずにフワリと止まった。
成功である。
黒い腕から下ろされた藤丸と平助は礼を言い、太歳星君は微笑んで幼い笑みに戻った。
特に痒い訳でもないが首筋を掻きながら辺りを見回すと、どうやらここは町外れに建つ荒屋の庭であることが分かった。随分と古びた家屋は雨風に容赦なく殴られ、腐り果てた梁はいくつか落ちかけている。立派な荒屋だこと。
『よーし着地は成功したようだね、藤丸くんっ』
「太歳星君のおかげだよ」
「ふふん」
『それは良かった!
それではっ、君たちが気になって仕方がないであろうサーヴァントについて、話しておきたいと思う』
清姫のことである。実を言うと藤丸は地面のありがたみを痛感すると同時に、あの伝説に残るストーカーが自身の目の届く範囲に居ないことが不安で仕方がなかった。まだカルデアに来て日の浅い平助や、幼い精神を持つ太歳星君は危険をあまり理解していないが、藤丸の脳内は「緊急事態」と警報が打ち鳴らされ、赤く力強いフォントで書かれた「危険!」の文字で埋め尽くされていた。
『彼女は__』
『レイシフトから弾かれましたわッ!』
龍の咆哮である。彼女の幼く整った少女の口から出たとは思えないほど強く荒々しい叫びであった。思わず首をすくめると、さらに龍は吠え立てる。
『誰かが邪魔 をしたのです。私には分かりますっ。
私のレイシフトを偽ろう とした何者かが居たのですッ』
彼女は嘘に敏感だ。それこそ彼女の霊基に深く刻み込まれ、清姫という龍を生み出すほどに。そんな姫が言うのである、これはまさしくカルデアでは計り知れない何者かが手を加えている。
__それこそ、
「聖杯の力だろう」
平助が吐き捨てるように言った。その瞳は揺らいでいて、自身が成し遂げようとして成せなかった、あのぐだぐだな戦いを思い出しているのだろう。
そう、聖杯。万能の器。例えそれで願いを叶えなかったとしてもそれは無限とも言える魔力リソースになり得る。聖杯の保持者がこの特異点に入る者を選別している、と考えれば全ての辻褄は合う。
『だろうね。こちらのレイシフトを弾くくらいだ。
今回の聖杯の保持者は随分な手練れだろうよ』
「そうだね」
『ふむ……状況もある程度整理がついたし、この時代について改めてだが解説をしよう。時代は江戸。そして藤丸くんたちが今居る場所は人形町の近くだ。
このと、とと特異点のゆ、ららららら、「ダヴィンチちゃんっ、通信が!」らぎ、ぎ、ぎぃのおおお』
「通信がっ!」
『ががが、分かあっぁあっっ、ってて、てて、てて』
『なんなんなんなん、なんだって__はっ、間違ええぇぇええぇぇ、な、なななく、__だッ!』
「アァッ」
突如通信が乱れ始め、砂嵐が荒れてついにはプツリ虚しく、言葉を切った。
藤丸はふっと息を吐き、慣れた仕草で腕を伸ばす。その瞳は哀愁に暮れていた。
「取り敢えず、街に出ようか」
「そう、しないと始まらないもんな」
「楽しみーっ」
太歳星君の無邪気な笑い声だけが、高く高く空に吸い込まれていった。
「 ~土のあたまハエが三疋とまった
ただもとまれじ
雪踏はいてとまった~ 」
トラ柄の着物を身に纏った大柄な飴売りが、胸元に下げた鉦をかんかん鳴らしていた。その音に引き摺られるように太歳星君は飴を強請る子供たちの中へ入っていってしまった。
飴売りの男は剽軽な顔をしていて、夜なら薄気味悪く映るであろう笑みも、お天道様の下では愛想のある顔に見えた。財布の紐を硬く縛るご婦人の中に藤丸と平助は並んで、待っていた。
ご婦人方は見慣れない二人に小首を傾げつつも、平助の祇園一の美貌を誇った勤皇芸者、中西君尾の証言により分かる通りの「牛若丸」と美男の称号を博される顔にぽぽぽ、頬を赤らめていた。「やだわ、なんて美しい方なのかしら」「うちの旦那もあんなにかっこ良かったらねぇ」「まるで白雪の如き美しさよ」「はー眼福眼福」なかなかにご好評である。そこで藤丸は妙案が浮かんだとばかりに、平助に目配せを送る。ハァと形ばかりのため息を吐き、平助はその繊細な眉を八の字に下げてご婦人に声をかけた。
「遊斎、と言う方をご存知ありませんか」
「え、えぇ知っていますわ。鯰長屋の遊斎先生でしょう」
「白髪の?」
「はい。
__して、遊斎先生に何かご用が?」
「それは言えなんだ。すまないが黙らせてもらおう。
しかし、あなたを疑っているわけではないということだけ、言わせてほしい」
「きゃ、ますか、まさか疑うだなんてとんでもないっ」
「それならば良かった」
それから三言ほど交わらせ、平助はご婦人から離れた。先程まで我が世の春とばかりに頬を染めていたご婦人は、他のご婦人によって必死の蘇生が試みられていた。「しっかりなすって、サヨさんっ」「あぁ私の人生最高の日ね。死ぬなら今日がいいわ」「亀吉を置いていくのッ!?」
どうやら飴売りの歌も終盤に差し掛かり、もう飴が欲しくて堪らない子供たちは各々母親のもとに駆け寄って、思い思いにごねていた。太歳星君も例外ではなく、食べたい食べたいと藤丸の服の裾を引っ張った。どうするか、平助と顔を見合わせると、彼は満更でもなさそうに懐から巾着を取り出して銭を数えていた。素早い。
「ほら、これで僕とマスター、そしてお前の分も買っておいで」
「やったーッ、ありがとう!」
妙にぼんやりとした母親から、いつもより容易く飴を買ってもらうことのできた子供たちは、奇妙に思いながらも己の戦利品を味わって帰路に着いていた。
「行き先は決まったね」
「あぁ、ここから少し歩いて鯰長屋だそうだ」
「遊斎ってすごい面白いらしいぞっ、色んな物を持っててお芋もくれるってッ!」
子供たちの輪の中で独自に情報を仕入れていた太歳星君がハハハと目を細めて言う。遊斎という人物は子供に好かれるらしい。
なんとなくだが、浮かび上がってきた人なりに親しみを覚えた藤丸は、膝を打ち拍子をとった。
「じゃ、行きますか鯰長屋!」
「待てよ」
「っ……なんですか」
飴売りの男が立ち上がり、そのだいだらぼっちかのような大きな身体をしゃんと伸ばして藤丸たちを引き留めた。声は鋭く、こちらの肚を探りたくて仕方がないかというように瞳は弧を描いていた。
声を高く鉦を打ち鳴らして飴を売っていた男はもう居なく、ただ好奇心が疼いている少年にも見える。そうだとしたら、かなり質 が悪いが。
ごくりと喉を上下させる藤丸を横目に、太歳星君はこの飴売りの男の質 を吟味していた。
男は術者だ。扱う術はあまり覚えはないが、流派が近いか本質が同じか自身の中身を舐め上げられるような不気味な気配を感じる。だが、ただ感じるだけだ。それは恐るる に足らず。そも男は自身が人間の枠から外れた存在であると最初から見抜いていた。飴を買うとき男が偶然ぶつかってしまったとでも言うように、商売道具の傘を自身のところに傾けてきた。自分はそれを弾いて しまった。そのとき、男がうっそり笑うのを自分は見ていたのだ。こいつは好奇心に飼われた男だと自分の脳はストンと理解した。
「お前様、遊斎先生に用があるって言うんだな」
「はい」
「じゃあ行くな。人と人ではない不可思議な連中が先生を訪ねに行くなんて…面白そうだが、許しちゃいけねぇ」
「あなたには関係ない」
不要な物を切り捨てた藤丸の言葉が男の文句を鋭利に刈り上げていく。
「関係大ありさあ、遊斎先生と自分は……」
「やめなさいっ」
突如怜凛な声が割り込んだ。声はよく通り耳の中を気持ちよくすり抜ける。
咄嗟に声の聞こえた方を揃って向くと、白髪の美男が立っていた。
遊斎である。
「両者目を閉じて」
「え、」「おう」
戸惑う藤丸とは対照的に飴売りは文句なんてないとでも言いたげに、一寸の間もなく目を閉じた。藤丸もそれを見て目を硬く瞑る。
ぱんっ、柏手が藤丸と飴売りの間に響く。
その音は張りがあり、水だった。喧嘩の最中に水を突然入れられたらその熱は冷めるというものだ。二人の間に確かにあったはずの動線は気づいたらただの標縄になっていた。
遊斎がうっそり面白がるように笑いを一つ溢して言う。
「私の長屋にいらっしゃい」
「えっ」「おう」
土がねとねと絡みついて。
役者は腕が足りなくて泣いている。
(三)
レイシフト特有の浮遊感が藤丸の胃を圧迫し、脳を刺激する。グッと空気が押し上げてくるような衝撃が奔る。
風によって舞い上げられているようだ。舞い上げられる?
「空中レイシフトーッ!」
空手辺りを見渡せば、初の空中レイシフトを体験した藤堂平助が目を白黒させていて、太歳星君はニコニコ笑っていた。そして清姫がいない。
彼女のことはすごく気になるが、今は着陸のことを考えるしかない。
「カルデアのみんなーっ!?」
『頑張れっ、藤丸くん!』
「ンな無責任なっ」
『だって、いつものことだろう?』
確かにそうだが、些か慣れすぎでは。空中でこんな思案に耽る自分も大概であるということに、藤丸は微塵も気づいていそうもなかった。
さて、この空中で最も着地で頼りになるのは誰か。そうやって自分に問う前に、藤丸は大きな黒い腕に抱き抱えれた。巨大な腕中の隣には未だに瞬きを繰り返し続ける平助が居た。まだ状況が飲み込めていないらしい。
そしてこの巨腕はきっと。
「口を閉じて、噛むよ」
大人びた太歳星君が素っ気なく言った。けれど言葉尻は優しく、気遣いが滲み出ていて温かい。
「うん」
藤丸はグッと口を閉じた。つられて平助もモキュ…と口を一文字に引き結ぶ。
地面に太歳星君の靴裏が触れる前にゆっくりと彼は減速していき、大地から力強く生える草花を踏まずにフワリと止まった。
成功である。
黒い腕から下ろされた藤丸と平助は礼を言い、太歳星君は微笑んで幼い笑みに戻った。
特に痒い訳でもないが首筋を掻きながら辺りを見回すと、どうやらここは町外れに建つ荒屋の庭であることが分かった。随分と古びた家屋は雨風に容赦なく殴られ、腐り果てた梁はいくつか落ちかけている。立派な荒屋だこと。
『よーし着地は成功したようだね、藤丸くんっ』
「太歳星君のおかげだよ」
「ふふん」
『それは良かった!
それではっ、君たちが気になって仕方がないであろうサーヴァントについて、話しておきたいと思う』
清姫のことである。実を言うと藤丸は地面のありがたみを痛感すると同時に、あの伝説に残るストーカーが自身の目の届く範囲に居ないことが不安で仕方がなかった。まだカルデアに来て日の浅い平助や、幼い精神を持つ太歳星君は危険をあまり理解していないが、藤丸の脳内は「緊急事態」と警報が打ち鳴らされ、赤く力強いフォントで書かれた「危険!」の文字で埋め尽くされていた。
『彼女は__』
『レイシフトから弾かれましたわッ!』
龍の咆哮である。彼女の幼く整った少女の口から出たとは思えないほど強く荒々しい叫びであった。思わず首をすくめると、さらに龍は吠え立てる。
『誰かが
私のレイシフトを
彼女は嘘に敏感だ。それこそ彼女の霊基に深く刻み込まれ、清姫という龍を生み出すほどに。そんな姫が言うのである、これはまさしくカルデアでは計り知れない何者かが手を加えている。
__それこそ、
「聖杯の力だろう」
平助が吐き捨てるように言った。その瞳は揺らいでいて、自身が成し遂げようとして成せなかった、あのぐだぐだな戦いを思い出しているのだろう。
そう、聖杯。万能の器。例えそれで願いを叶えなかったとしてもそれは無限とも言える魔力リソースになり得る。聖杯の保持者がこの特異点に入る者を選別している、と考えれば全ての辻褄は合う。
『だろうね。こちらのレイシフトを弾くくらいだ。
今回の聖杯の保持者は随分な手練れだろうよ』
「そうだね」
『ふむ……状況もある程度整理がついたし、この時代について改めてだが解説をしよう。時代は江戸。そして藤丸くんたちが今居る場所は人形町の近くだ。
このと、とと特異点のゆ、ららららら、「ダヴィンチちゃんっ、通信が!」らぎ、ぎ、ぎぃのおおお』
「通信がっ!」
『ががが、分かあっぁあっっ、ってて、てて、てて』
『なんなんなんなん、なんだって__はっ、間違ええぇぇええぇぇ、な、なななく、__だッ!』
「アァッ」
突如通信が乱れ始め、砂嵐が荒れてついにはプツリ虚しく、言葉を切った。
藤丸はふっと息を吐き、慣れた仕草で腕を伸ばす。その瞳は哀愁に暮れていた。
「取り敢えず、街に出ようか」
「そう、しないと始まらないもんな」
「楽しみーっ」
太歳星君の無邪気な笑い声だけが、高く高く空に吸い込まれていった。
「 ~土のあたまハエが三疋とまった
ただもとまれじ
雪踏はいてとまった~ 」
トラ柄の着物を身に纏った大柄な飴売りが、胸元に下げた鉦をかんかん鳴らしていた。その音に引き摺られるように太歳星君は飴を強請る子供たちの中へ入っていってしまった。
飴売りの男は剽軽な顔をしていて、夜なら薄気味悪く映るであろう笑みも、お天道様の下では愛想のある顔に見えた。財布の紐を硬く縛るご婦人の中に藤丸と平助は並んで、待っていた。
ご婦人方は見慣れない二人に小首を傾げつつも、平助の祇園一の美貌を誇った勤皇芸者、中西君尾の証言により分かる通りの「牛若丸」と美男の称号を博される顔にぽぽぽ、頬を赤らめていた。「やだわ、なんて美しい方なのかしら」「うちの旦那もあんなにかっこ良かったらねぇ」「まるで白雪の如き美しさよ」「はー眼福眼福」なかなかにご好評である。そこで藤丸は妙案が浮かんだとばかりに、平助に目配せを送る。ハァと形ばかりのため息を吐き、平助はその繊細な眉を八の字に下げてご婦人に声をかけた。
「遊斎、と言う方をご存知ありませんか」
「え、えぇ知っていますわ。鯰長屋の遊斎先生でしょう」
「白髪の?」
「はい。
__して、遊斎先生に何かご用が?」
「それは言えなんだ。すまないが黙らせてもらおう。
しかし、あなたを疑っているわけではないということだけ、言わせてほしい」
「きゃ、ますか、まさか疑うだなんてとんでもないっ」
「それならば良かった」
それから三言ほど交わらせ、平助はご婦人から離れた。先程まで我が世の春とばかりに頬を染めていたご婦人は、他のご婦人によって必死の蘇生が試みられていた。「しっかりなすって、サヨさんっ」「あぁ私の人生最高の日ね。死ぬなら今日がいいわ」「亀吉を置いていくのッ!?」
どうやら飴売りの歌も終盤に差し掛かり、もう飴が欲しくて堪らない子供たちは各々母親のもとに駆け寄って、思い思いにごねていた。太歳星君も例外ではなく、食べたい食べたいと藤丸の服の裾を引っ張った。どうするか、平助と顔を見合わせると、彼は満更でもなさそうに懐から巾着を取り出して銭を数えていた。素早い。
「ほら、これで僕とマスター、そしてお前の分も買っておいで」
「やったーッ、ありがとう!」
妙にぼんやりとした母親から、いつもより容易く飴を買ってもらうことのできた子供たちは、奇妙に思いながらも己の戦利品を味わって帰路に着いていた。
「行き先は決まったね」
「あぁ、ここから少し歩いて鯰長屋だそうだ」
「遊斎ってすごい面白いらしいぞっ、色んな物を持っててお芋もくれるってッ!」
子供たちの輪の中で独自に情報を仕入れていた太歳星君がハハハと目を細めて言う。遊斎という人物は子供に好かれるらしい。
なんとなくだが、浮かび上がってきた人なりに親しみを覚えた藤丸は、膝を打ち拍子をとった。
「じゃ、行きますか鯰長屋!」
「待てよ」
「っ……なんですか」
飴売りの男が立ち上がり、そのだいだらぼっちかのような大きな身体をしゃんと伸ばして藤丸たちを引き留めた。声は鋭く、こちらの肚を探りたくて仕方がないかというように瞳は弧を描いていた。
声を高く鉦を打ち鳴らして飴を売っていた男はもう居なく、ただ好奇心が疼いている少年にも見える。そうだとしたら、かなり
ごくりと喉を上下させる藤丸を横目に、太歳星君はこの飴売りの男の
男は術者だ。扱う術はあまり覚えはないが、流派が近いか本質が同じか自身の中身を舐め上げられるような不気味な気配を感じる。だが、ただ感じるだけだ。それは
「お前様、遊斎先生に用があるって言うんだな」
「はい」
「じゃあ行くな。人と人ではない不可思議な連中が先生を訪ねに行くなんて…面白そうだが、許しちゃいけねぇ」
「あなたには関係ない」
不要な物を切り捨てた藤丸の言葉が男の文句を鋭利に刈り上げていく。
「関係大ありさあ、遊斎先生と自分は……」
「やめなさいっ」
突如怜凛な声が割り込んだ。声はよく通り耳の中を気持ちよくすり抜ける。
咄嗟に声の聞こえた方を揃って向くと、白髪の美男が立っていた。
遊斎である。
「両者目を閉じて」
「え、」「おう」
戸惑う藤丸とは対照的に飴売りは文句なんてないとでも言いたげに、一寸の間もなく目を閉じた。藤丸もそれを見て目を硬く瞑る。
ぱんっ、柏手が藤丸と飴売りの間に響く。
その音は張りがあり、水だった。喧嘩の最中に水を突然入れられたらその熱は冷めるというものだ。二人の間に確かにあったはずの動線は気づいたらただの標縄になっていた。
遊斎がうっそり面白がるように笑いを一つ溢して言う。
「私の長屋にいらっしゃい」
「えっ」「おう」
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