私とアカギさんは同じ職場で働く同僚で、ずっと苗字で呼び合う関係が続いていた。
彼はいつも冷静で、感情を表に出すことはほとんどない。けれど、どこか優しい彼に私は恋をしていた。

ずっと伝えたかった想いを今日こそ言葉にしよう。そう決心したのは仕事が終わった帰り道、月明かりが眩しい静かな夜だった。

「アカギさん……伝えたいことが、あります」

呼び止めた私に、彼は振り返る。全てを見透かされそうな視線に一瞬たじろぐけれどここで逃げるわけにはいかない。

「アカギさんのこと、ずっと好きでした。私と付き合ってください……！」

告げた瞬間、胸が締め付けられるようにドキドキする。彼の反応がどうであれ、もう後戻りはできない。

数秒が永遠に感じられる沈黙の後、彼が静かに口を開いた。

「苗字さん、オレの名前知らないでしょ」

その意外な一言に驚いて顔を上げると、彼はほんのすこし微笑んでいるように見えた。

「……名前、教えてあげる｣

｢……しげる。赤木しげる…｣

しげる――これまで「アカギさん」として見ていた彼が、急に特別で近しい存在に変わった気がして頬が熱くなる。

「……じゃあ、苗字さんの名前は？」

私は、少し恥ずかしさを感じながらゆっくりと答えた。

「名前…私、名前って言います」

彼は私の言葉を繰り返すように、静かに口にした。

「名前、か……いい名前だね」

彼の声に私の名前が重なる瞬間は、あまりの嬉しさに少し泣きたい気持ちになった。

「しげるさん……」

堪らず彼の名前を呼ぶと、彼は私を見つめたままそっと手を伸ばして私を優しく抱き寄せた。

「名前、」

互いの息遣いが触れ合う距離まで近づきながら、私たちは見つめ合う。

しげるさんがこんなに穏やかな表情をするなんて知らなかった。

少しかさついた大きな手がそっと私の頬を撫でる。

「アンタのこと、もっと知りたい」

しげるさんはそう囁くと、私の顎を持ち上げ優しくキスを落とした。