草原の唄
「――この唇を潤すもの。それは女神の甘き雫。今宵白き光のベールに包まれて……」
またあらたな曲が始まった。静かな夜の中庭に、甘ったるい歌声が響く。俺は騎士には向かない、いっそ吟遊詩人になりたいとのたまっていた旧友は、弦楽器をかき鳴らし、即興の唄を口ずさんでいる。
名家の御曹司に生まれ、大きな期待を背負いながらもそれをことごとく裏切りつづけた変わり者だったが、遠く離れた異国の地でもあいかわらずいいかげんな暮らしをしている。こいつの図太さはある意味才能といえるかもしれない。
「マチス、おまえ……」
噴水に座るマチスに近づく。
「よく呑気に唄ってられるな。昼間の騒ぎ、知ってるんだろ?」
「もちろん知ってるさ。あの人も戻って早々災難だよな」
「なにを他人事のように。未然に防げなかったのはわれらの落ち度ぞ」
「そうカッカするなよ。せっかく手に入れたうまい酒が台無しじゃないか」
マチスは笑いながら酒をあおった。少し酔いが回っているようだった。飲酒は禁じられていないが、今日のような日にうかれて騒ぐのはさすがに不謹慎だと思う。
遠征軍の規律は厳格すぎる、これも石頭の司令官のせいだと悪態をつく者もいるが、締め上げるぐらいでちょうどいいだろう。末端の兵士の素行はすこぶる悪い。ドルーアの嫌がらせではないかと思えるほど筋の悪い人材が集結している。酒に酔っては殴り合い、怪我人どころか死人さえ出すことがあった。さらには集落に火をつけて回り、戯れに村民を斬りつけ、娘をさらっては狼藉を働く。夜盗の集団が軍を名のっているようなものだった。
そして今日の騒動にいたる。
本国に帰還していた王女が久しぶりに戻ってくるということで、朝から司令部の空気はひりついていた。そこへ飛びこんできたのが王女からの援軍要請だった。
伝令によれば、王女がオレルアン南部タルク上空に差しかかったところ、脱走兵が民を虐殺する場に出くわしてしまったという。脱走兵は賊と徒党を組み、周辺の村々を荒らしまわっていたが、王女は配下の騎士ととともに賊討伐を行い、根城を制圧。首領ルーベンを討ちとった。そのあざやかなお手並みを無邪気に称える者もいたが、マリオネス将軍は蒼白となっていた。聞けば、南部駐留の部隊は脱走兵による蛮行をひと月も前から認知していたという。にもかかわらず面倒を嫌った将軍が報告を握りつぶし、その結果、通りすがりの軍司令官にすべてが露見することとなった。
「マリオネス将軍、どうなるんだろうな」
「さてね、いまごろ王女にこっぴどく怒られてるんじゃないか」
「解任されてしかるべきだろう。あの男が城の財宝を着服してるのは有名な話じゃないか。それに加えてこの騒動だぞ?」
「そんなことであいつの首が飛ぶわけないだろ」
マチスは笑い飛ばした。
「第一、帝国が選任した将軍をどうこうする権限なんてあの人にはないよ」
「……ふざけた話だな」
「いいからおまえも吞めよ。バレなきゃいいんだからさ」
マチスは木の杯に酒をそそぎ、目の前に突き出してきた。ふいに投げやりな気分になって、俺は杯を受けとった。マチスのとなりに腰を下ろして乾杯する。
風が少し冷たい。もう夏も終わりだ。ゆるやかに噴水を流れる水音、夜風がゆらす庭木の葉音。そこへまざる無粋な歌声を肴に、なめるように酒を呑む。
家畜の乳を蒸留させたというオレルアン地方の酒は、はじめこそ顔をしかめるばかりだったが、いまではなじみの味となっている。国に戻れば呑めなくなるなと考えては、祖国に戻れる日など来るのだろうかと暗澹たる気分になる。
「……いま、国はどうなってるんだろうな」
「別にたいして変わっちゃいないだろうさ。ドルーアに占領されてるわけでもないんだし」
「もう一年だぞ。こんなとこで無為な時間をすごしてなどいられるか」
「そんなこと言ったってさ、どうにもならないだろ」
「どうにかする気もないんだろ、おまえは」
「ああ、まったくないねえ」
妙な調子をつけたふざけた物言いだった。
むっとしてにらみつけるとマチスは笑った。
「なあ、レント。俺もおまえも中枢からは締め出された人間じゃないか。やっかい払いで遠方に飛ばされて、いっそ戦場で死んでくれと思われてる。だけど国にいるよりこっちのほうがよほど羽を伸ばせるってもんだろう? ま、いまを楽しめよ」
「奇遇だな」
背後からの声に、息がつまった。
「わたしもこちらにいるほうが、いくぶん気がまぎれる」
ふりかえると、柱廊の柱の陰から王女が現れた。驚きのあまり酒にむせて咳きこんだ。鼻につんとした痛みが走る。さすがのマチスも驚いたようで杯をひっくり返した。杯が音を立てて石だたみを転がっていく。
「で、殿下……!」
二人同時に立ちあがり、そろって敬礼をする。
慌てふためく俺たちなどおかまいなしに、王女はこちらに近づいてきた。王女はかかとの高い長靴をはいていることもあって俺たちよりも背が高い。すらりとした痩躯に軍服を身につけ、長いマントをなびかせている。
「……こんな夜更けにいかがされたのです?」
「なに、異国の音色に心惹かれてな」
「そう、ですか……」
マチスの下手な歌はともかく、どこから会話を聞かれていたのだろう。ちらちらマチスと目くばせし合っていると。王女はからかうように笑った。
「マチス・ヴェーリ、レント・プラージ。そう構えるな、われらは旧知の仲ではないか」
「……そういや、そうでしたね」
とまどう俺をよそに、マチスは悪びれる様子もなく笑った。どうやら開き直ることに決めたようで、またすぐに元の締まりのない顔つきに戻っていた。
「遠い異国の地に幼なじみ三人が集ったということで、なにか一曲お聞かせしましょう」
ふたたび噴水に腰かけて脚を組み、弦を爪弾きはじめた。ほんとうに、こいつの図太さには感服する。
――旧知の仲。
たしかにそう呼べぬ間柄でもない。
王女と俺は同い年。マチスは王と同い年。父は亡き陛下の側近だったから、幼いころから王宮の催事には呼ばれていたし、十をすぎたころからは多くの貴族子弟とともに宮廷に上がって、見習いとして王太子に仕えた。それでも王女にとってみれば、俺など宮廷を出入りしていた貴族子弟の一人にすぎないはずである。戦争が始まり、王女の直接指揮下の部隊に配属されてからでも、作戦に関わること以外を話すことはなかった。
昔はよく笑い、愛嬌のある姫だったが、いまでは自然と背筋がのびるほどに威圧感をおぼえる。
「それはどうしたのだ?」
しばし音色に耳をかたむけていた王女が、マチスの持つリュートとよく似た楽器を指さした。
「もらったんですよ。アラスの族長に」
マチスは棹をつかんで得意げにかかげ、ことの経緯を王女に語りはじめた。
先月、マチスと俺は中隊を率い、王都西部の集落アラスにまで偵察に向かった。王都は占領下にあるものの、広大な草原地帯のいたるところに〈狼騎士団〉の残党が散らばっており、集落で匿われている。村民を締め上げてでもいぶり出せというのが上層部からの伝達だったが、そんなお達しを律儀に守るつもりはない。なにより草原の騎馬隊と本気でことを構える気などない。こちらの弓の射程のはるか遠くから矢を射かけてくる連中とどうやりあっても勝ち目などない。残党狩りの名目で集落をぶらぶら散策し、お茶を濁しておくのがいつものやり方だった。
だが、アラスの村人が俺たちを見る目には強い警戒心があった。マケドニアは占領地の民に圧政を強いてはいないが、オレルアン国土の大半を占領し、我が物顔でずかずかと踏み荒らしているのだ。
近づくのは危険だと耳打ちしたが、マチスは蝟集する村人たちに近づいていった。草原の遊牧民たちは女子供だからとて侮れない。すばやく矢をつがえ、われらを撃とうと思えば撃てる。彼らを押しとどめているものは報復への恐れだ。けっして従順なのではない。
マチスをのせた馬が一歩近づくごとに、村人たちの剣呑な空気が強まるのを感じた。これはまずいと思った瞬間、まだ十歳ぐらいの少年が馬上のマチスにこぶし大の石を投げつけた。
「恥知らずのマケドニア兵め!」
マチスはなんとか石を避けたが、そのはずみで体勢を崩して馬から落ちた。幸い草の上だったが、腰をしたたかに打ちつけた。痛みにうめくマチスに子供はなおも石つぶてを投げた。
「ちょっと待ってくれよ! 俺たちはあんたらになにもしない!」
「嘘をつくな!」
小さな石だったが、今度は額に当たった。血がにじんだ。
恐れ知らずの子供を、大人たちは必死になだめようとしていた。マチスは見るからに貴族将校とわかる出で立ちをしている。貴族に怪我を負わせれば子供とて無事ではすまない。このままでは集落すべてに累がおよぶと村人たちが恐れをいだいたとき、暴動は起こる。
俺は急ぎ馬を駆り、マチスと村人のあいだに割って入った――
「それでよく大事にならなかったものだな」
王女が話の途中で口をはさんだ。
「いや、まあ……あの者たちも話が通じないわけじゃないですしね」
あのときのことを思い出したのか、マチスは喉を鳴らして笑った。
結果として、暴動は起こらなかった。いつまでたっても剣を抜かず、幼子に石をぶつけられるがままのマチスを見て、村人たちも敵意をいだくのが馬鹿らしくなったのだろう。
額の傷を手当てされながら、マチスはぼやいた。
「だいたいさあ、俺はこんなどこ見わたしても草しか生えてない国になんて来たくなかったんだ」
「それならさっさと国に帰ったらどうなの。こっちだってあんたらには迷惑してるの」
「帰りたくても帰れないんだよ」
そしてマチスは、吟遊詩人になりたかったのに無理やり軍に放りこまれ草原の国に飛ばされるまでの経緯を悲愴さをまじえながら面白おかしく語った。
四年前、マチスの妹は突如失踪した。王に求婚されたが、それを嫌がって人知れず国を出たのた。国や文化は違えども、それがとんでもないことだと草原の民にも理解できたようで、とりわけ年配の婦人が憐れみのまなざしをマチスにそそいでいた。
「あんた、どう見ても兵隊さんには向いてなさそうなのに大変ねえ」
「事情はわかったけど、よくあんたみたいなのが隊長になれたもんだね。マケドニアって国にはよっぽど人がいないのかい?」
「いろんな国に攻めこんでるから、人がいなくなっちまったんだろ。ざまあないね」
マチスは頭をかきながらはぐらかしていた。
「……なんかもう散々な言われようでしたけど、まあ事実ですし。俺は戦場で自分が傷つくのも誰かを傷つけるのも怖い。剣を振るうより楽器でも弾いて静かに暮らせるならどんなにいいかって。そう言ったら、アラスの族長がこれをくれたんです。ずっとこれ弾いてろってことですかね」
「あまり民とはなれ合うな」
冷えきった声に戦慄が走った。
「いかな大義を掲げようとわれらは侵略者にすぎぬ。今後もこの国を占領し、民に辛苦を強いることに変わりはない。無用の期待をいだかせれば、かえって憎悪となってそなたらに向かう。それを忘れるな」
「わかってます。下手に希望を持たせる気はありません。それでも俺はオレルアンの民には無体を強いたくはないんですよ」
マチスは立ち上がって、からの杯を王女に無理やり持たせた。
「あなたもそう思ってるから、俺みたいな役立たずに一個中隊を預けてくれたんでしょう?」
王女は無表情だった。
とくとくと杯に酒がそそがれていく。
「それなのに、ルーベンのせいでせっかくの苦労も水の泡になっちゃって。ほんといい迷惑ですよね。ま、どうぞどうぞ」
慰めるようでいて、からかっているとしか思えぬ口調だった。
王女は眉をよせたが、ぐいと杯をかたむけた。呑みなれぬ酒の味に、ますます眉がよせられた。
二人のやりとりを、俺はひやひやしながら見守っていた。
ルーベンは王女みずから処断したという。そして脱走兵十二名の遺体は朽ちるまで集落でさらされることとなった。援軍要請を受けて俺もタルカへ向かったが、怒りのおさまらない村人たちが吊るされた遺体に石を投げたり蹴りつけていた。だが、それを咎めはしなかった。マケドニア騎士の誇りを汚した者どもへの怒りはわれらもおなじだった。
「殿下」
俺は軽く咳払いをした。
「われらマケドニア騎士の流儀を示したことで、民の溜飲は下がると思います。けして水の泡にはならぬかと」
「無残に殺された村民は二十を超える。かどわかされた娘たちも無事に戻れた者は少ない」
「はい、今後は二度とあのようなことが起こらぬよう努めます」
「これまではまだ平穏と呼べる日々であったやもしれぬ。だが、いつまでもこの状態はつづかぬだろう」
「本国で、なにかあったのですか?」
王女は沈黙した。
「すぐに戻るとおっしゃっていたのに、二か月も滞在されるなどと――」
「まーた誰かの変死体でも上がったんですか」
マチスが笑いながら口をはさんできた。
もうおまえは黙っていろ。
マチスをねめつけたが、まったく意に介す様子もない。
「それ、まさか叔父上じゃないですよね?」
マチスがはずんだ声で問うと、王女はすげなくあしらった。
「……ヴェーリ伯に変わりはない」
「じゃ、あいかわらずなんですね、あの人」
白けた目になって、つまらなそうに弦を爪弾く。
なにごとにも飄々としているマチスも、叔父のこととなると少し感情が動くようだ。
マチスの叔父は一言で言えば善人ではない。マチスの父が宮廷の権力闘争に巻きこまれて死んだのち、混乱に乗じて甥から家督を奪いとった。さらには姪をグルニアから無理やり連れ戻し、王妃とすべく宮廷に放りこんだ。欲深い男のわりに悪党とも言いがたいのは、金以外に権力の使い道を知らないからだ。いまのマケドニア宮廷は王の暗殺をはじめ血なまぐさい事件に事欠かない。水掘に変死体が浮いていることもめずらしくない。金で人を動かすヴェーリ伯の策謀など児戯にひとしく、いまでは所領の半分を王に召し上げられていると聞く。マチスもあきれるほかないのだろう。
「あ~あ、ほんとにもう嫌になりますよね」
マチスは天を仰ぐ。
「戦争を引き起こしたやつらが本国でぬくぬくとしてて、逆らった俺らは前線で命を張って、厄介事に巻きこまれて。あなただってそうでしょう? 汚れ仕事ばかり押しつけられて、恐れられて恨まれる」
王女の鋭い視線が俺の横を通りこしてマチスに向いている。
あまりに居心地が悪い。せめて場所を代わってくれ。
マチスは俺を盾にしたまま、
「ルーベンじゃないけど、いまのマケドニアのために命かけて戦うのは、俺もちょっと馬鹿らしくてやってらんないですね。あの身勝手な叔父に義理立てする気もないし、失脚しようが処刑されようが知ったこっちゃないんで、いっそ軍を抜けてやろうかと――」
「好きにせよ。止めはせぬゆえ」
王女が冷たく言い放った。
これにはマチスも焦りを見せて、
「いや、そんなあっさり見捨てないでくださいよ。そう思うときもあるって話なだけで――」
「あやつの言うこともわからぬではない。いまのマケドニアは無法者の国だ。なにも知らずにわれらを崇める民も哀れなことと思う」
自嘲的な響き。
「それでもわたしはやつらの言いなりにはならぬし、徒死するつもりもない」
「だから、ささやかな抵抗ってわけですか」
その軽口に王女は目を険しくしたが、マチスは平然とつづける。
「今日どう見てもハーディンとしか思えない騎士が現れたらしいんですが、誰かさんが違うと言い張ったせいでうやむやになったらしいですね」
「あれは別人だ。功を焦った者の戯言を本気にするな」
「まーたそんなこと言っちゃって。ああいうの一度や二度じゃないじゃないですか。知ってますよ、これまでだって王を捕らえる機会はいくらでもあったのに都合よく見逃してますよね?」
「知らぬ」
「なんなら落城のときもわざと王を逃がしたんじゃないですか」
「知らぬと言っている」
「そうやって、レナのことも逃がしてくれたんですよね?」
急にまじめな顔になる。
王女は黙りこんだ。動揺しているのか、またたきが増えた。
「まったく、危ない橋を渡りすぎですって」
こらえきれないというふうにマチスはのけぞった。
「まあ、われらが祖国こそ、崩れかけた橋の上にいるみたいなもんではありますけどね。どう見てもぐらついてるのに、逃げられないし、落ちても泳げないし、じゃあ崩れるまでなんとかしがみついとこうみたいなノリで戦争やってる」
またヘラヘラとしたおしゃべりがはじまると、王女は無言のまま酒を口に運んだ。
「……なんで、俺たちこんな遠くにまで来ちゃったんでしょうね」
マチスは遠い目になった。
「俺、はじめて王城に上がった日のこと、よく覚えてるんですよ。陛下がやさしく迎えてくださって、まあ……あの王子さまにはいじめられましたけど、はたを付いて回ってる小さなお姫さまがなにくれなく庇ってくれて。……昔のことをなつかしんでると、ふいにね、怖くなるんですよ。俺、あの小さなお姫さまに連れられてオレルアンを攻めてるんだなって。あらためて考えてみると、ぞっとしますよ。たった十年やそこらで、こんなになにもかも変わっちゃって――」
「十年もたって変わらぬものなど稀だ」
王女はいつもの調子でぴしゃりと言ったが、疲れたようにため息をついた。
「いまのわれらには、明日のこともわからぬ」
「……そうですね」
マチスは寂しげに笑った。王女は険しい顔つきを崩さなかった。それでもマチスの言葉に思うところがあったのか、心なしか悄然としているように見えた。
俺たちはなんのためにここにいるのだろう。祖国のために戦っているとはとても言えない。ただ上から命じられるままに遺恨なき国に攻め入り、その後ろめたさを隠すように民に情をかけている。結局はただの保身だ。明日さえ見えない日々にいらだち、次の瞬間にはそれがむなしさへと変わる。この地が俺の墓場になるのかもしれない、そんな大いにありえそうな未来に想いをはせ、今日も眠りにつくのだ。
そして明日も、明後日も。平穏が破られるその日まで。
「――ああ~レナ~」
マチスがいきなり弦をかき鳴らしはじめた。
「おまえはいまどこにいるんだ~死ぬ前に一度でいいから~おまえに会いたい~」
ひどすぎる。情緒のかけらもない。さすがにふざけすぎだろう。思わず王女を見やったが、にこりともせず、杯をかたむけていた。怒っているのだろうか。おそるおそる様子をうかがっていると、
「……死ぬな」
と、かすれたつぶやきがもれた。
俺は目をみひらいた。耳を疑ったが、もう一度おなじ言葉が耳にとどいた。
「死ぬな」
「はい……」
噛みしめるように、俺はいらえをかえした。(了)
またあらたな曲が始まった。静かな夜の中庭に、甘ったるい歌声が響く。俺は騎士には向かない、いっそ吟遊詩人になりたいとのたまっていた旧友は、弦楽器をかき鳴らし、即興の唄を口ずさんでいる。
名家の御曹司に生まれ、大きな期待を背負いながらもそれをことごとく裏切りつづけた変わり者だったが、遠く離れた異国の地でもあいかわらずいいかげんな暮らしをしている。こいつの図太さはある意味才能といえるかもしれない。
「マチス、おまえ……」
噴水に座るマチスに近づく。
「よく呑気に唄ってられるな。昼間の騒ぎ、知ってるんだろ?」
「もちろん知ってるさ。あの人も戻って早々災難だよな」
「なにを他人事のように。未然に防げなかったのはわれらの落ち度ぞ」
「そうカッカするなよ。せっかく手に入れたうまい酒が台無しじゃないか」
マチスは笑いながら酒をあおった。少し酔いが回っているようだった。飲酒は禁じられていないが、今日のような日にうかれて騒ぐのはさすがに不謹慎だと思う。
遠征軍の規律は厳格すぎる、これも石頭の司令官のせいだと悪態をつく者もいるが、締め上げるぐらいでちょうどいいだろう。末端の兵士の素行はすこぶる悪い。ドルーアの嫌がらせではないかと思えるほど筋の悪い人材が集結している。酒に酔っては殴り合い、怪我人どころか死人さえ出すことがあった。さらには集落に火をつけて回り、戯れに村民を斬りつけ、娘をさらっては狼藉を働く。夜盗の集団が軍を名のっているようなものだった。
そして今日の騒動にいたる。
本国に帰還していた王女が久しぶりに戻ってくるということで、朝から司令部の空気はひりついていた。そこへ飛びこんできたのが王女からの援軍要請だった。
伝令によれば、王女がオレルアン南部タルク上空に差しかかったところ、脱走兵が民を虐殺する場に出くわしてしまったという。脱走兵は賊と徒党を組み、周辺の村々を荒らしまわっていたが、王女は配下の騎士ととともに賊討伐を行い、根城を制圧。首領ルーベンを討ちとった。そのあざやかなお手並みを無邪気に称える者もいたが、マリオネス将軍は蒼白となっていた。聞けば、南部駐留の部隊は脱走兵による蛮行をひと月も前から認知していたという。にもかかわらず面倒を嫌った将軍が報告を握りつぶし、その結果、通りすがりの軍司令官にすべてが露見することとなった。
「マリオネス将軍、どうなるんだろうな」
「さてね、いまごろ王女にこっぴどく怒られてるんじゃないか」
「解任されてしかるべきだろう。あの男が城の財宝を着服してるのは有名な話じゃないか。それに加えてこの騒動だぞ?」
「そんなことであいつの首が飛ぶわけないだろ」
マチスは笑い飛ばした。
「第一、帝国が選任した将軍をどうこうする権限なんてあの人にはないよ」
「……ふざけた話だな」
「いいからおまえも吞めよ。バレなきゃいいんだからさ」
マチスは木の杯に酒をそそぎ、目の前に突き出してきた。ふいに投げやりな気分になって、俺は杯を受けとった。マチスのとなりに腰を下ろして乾杯する。
風が少し冷たい。もう夏も終わりだ。ゆるやかに噴水を流れる水音、夜風がゆらす庭木の葉音。そこへまざる無粋な歌声を肴に、なめるように酒を呑む。
家畜の乳を蒸留させたというオレルアン地方の酒は、はじめこそ顔をしかめるばかりだったが、いまではなじみの味となっている。国に戻れば呑めなくなるなと考えては、祖国に戻れる日など来るのだろうかと暗澹たる気分になる。
「……いま、国はどうなってるんだろうな」
「別にたいして変わっちゃいないだろうさ。ドルーアに占領されてるわけでもないんだし」
「もう一年だぞ。こんなとこで無為な時間をすごしてなどいられるか」
「そんなこと言ったってさ、どうにもならないだろ」
「どうにかする気もないんだろ、おまえは」
「ああ、まったくないねえ」
妙な調子をつけたふざけた物言いだった。
むっとしてにらみつけるとマチスは笑った。
「なあ、レント。俺もおまえも中枢からは締め出された人間じゃないか。やっかい払いで遠方に飛ばされて、いっそ戦場で死んでくれと思われてる。だけど国にいるよりこっちのほうがよほど羽を伸ばせるってもんだろう? ま、いまを楽しめよ」
「奇遇だな」
背後からの声に、息がつまった。
「わたしもこちらにいるほうが、いくぶん気がまぎれる」
ふりかえると、柱廊の柱の陰から王女が現れた。驚きのあまり酒にむせて咳きこんだ。鼻につんとした痛みが走る。さすがのマチスも驚いたようで杯をひっくり返した。杯が音を立てて石だたみを転がっていく。
「で、殿下……!」
二人同時に立ちあがり、そろって敬礼をする。
慌てふためく俺たちなどおかまいなしに、王女はこちらに近づいてきた。王女はかかとの高い長靴をはいていることもあって俺たちよりも背が高い。すらりとした痩躯に軍服を身につけ、長いマントをなびかせている。
「……こんな夜更けにいかがされたのです?」
「なに、異国の音色に心惹かれてな」
「そう、ですか……」
マチスの下手な歌はともかく、どこから会話を聞かれていたのだろう。ちらちらマチスと目くばせし合っていると。王女はからかうように笑った。
「マチス・ヴェーリ、レント・プラージ。そう構えるな、われらは旧知の仲ではないか」
「……そういや、そうでしたね」
とまどう俺をよそに、マチスは悪びれる様子もなく笑った。どうやら開き直ることに決めたようで、またすぐに元の締まりのない顔つきに戻っていた。
「遠い異国の地に幼なじみ三人が集ったということで、なにか一曲お聞かせしましょう」
ふたたび噴水に腰かけて脚を組み、弦を爪弾きはじめた。ほんとうに、こいつの図太さには感服する。
――旧知の仲。
たしかにそう呼べぬ間柄でもない。
王女と俺は同い年。マチスは王と同い年。父は亡き陛下の側近だったから、幼いころから王宮の催事には呼ばれていたし、十をすぎたころからは多くの貴族子弟とともに宮廷に上がって、見習いとして王太子に仕えた。それでも王女にとってみれば、俺など宮廷を出入りしていた貴族子弟の一人にすぎないはずである。戦争が始まり、王女の直接指揮下の部隊に配属されてからでも、作戦に関わること以外を話すことはなかった。
昔はよく笑い、愛嬌のある姫だったが、いまでは自然と背筋がのびるほどに威圧感をおぼえる。
「それはどうしたのだ?」
しばし音色に耳をかたむけていた王女が、マチスの持つリュートとよく似た楽器を指さした。
「もらったんですよ。アラスの族長に」
マチスは棹をつかんで得意げにかかげ、ことの経緯を王女に語りはじめた。
先月、マチスと俺は中隊を率い、王都西部の集落アラスにまで偵察に向かった。王都は占領下にあるものの、広大な草原地帯のいたるところに〈狼騎士団〉の残党が散らばっており、集落で匿われている。村民を締め上げてでもいぶり出せというのが上層部からの伝達だったが、そんなお達しを律儀に守るつもりはない。なにより草原の騎馬隊と本気でことを構える気などない。こちらの弓の射程のはるか遠くから矢を射かけてくる連中とどうやりあっても勝ち目などない。残党狩りの名目で集落をぶらぶら散策し、お茶を濁しておくのがいつものやり方だった。
だが、アラスの村人が俺たちを見る目には強い警戒心があった。マケドニアは占領地の民に圧政を強いてはいないが、オレルアン国土の大半を占領し、我が物顔でずかずかと踏み荒らしているのだ。
近づくのは危険だと耳打ちしたが、マチスは蝟集する村人たちに近づいていった。草原の遊牧民たちは女子供だからとて侮れない。すばやく矢をつがえ、われらを撃とうと思えば撃てる。彼らを押しとどめているものは報復への恐れだ。けっして従順なのではない。
マチスをのせた馬が一歩近づくごとに、村人たちの剣呑な空気が強まるのを感じた。これはまずいと思った瞬間、まだ十歳ぐらいの少年が馬上のマチスにこぶし大の石を投げつけた。
「恥知らずのマケドニア兵め!」
マチスはなんとか石を避けたが、そのはずみで体勢を崩して馬から落ちた。幸い草の上だったが、腰をしたたかに打ちつけた。痛みにうめくマチスに子供はなおも石つぶてを投げた。
「ちょっと待ってくれよ! 俺たちはあんたらになにもしない!」
「嘘をつくな!」
小さな石だったが、今度は額に当たった。血がにじんだ。
恐れ知らずの子供を、大人たちは必死になだめようとしていた。マチスは見るからに貴族将校とわかる出で立ちをしている。貴族に怪我を負わせれば子供とて無事ではすまない。このままでは集落すべてに累がおよぶと村人たちが恐れをいだいたとき、暴動は起こる。
俺は急ぎ馬を駆り、マチスと村人のあいだに割って入った――
「それでよく大事にならなかったものだな」
王女が話の途中で口をはさんだ。
「いや、まあ……あの者たちも話が通じないわけじゃないですしね」
あのときのことを思い出したのか、マチスは喉を鳴らして笑った。
結果として、暴動は起こらなかった。いつまでたっても剣を抜かず、幼子に石をぶつけられるがままのマチスを見て、村人たちも敵意をいだくのが馬鹿らしくなったのだろう。
額の傷を手当てされながら、マチスはぼやいた。
「だいたいさあ、俺はこんなどこ見わたしても草しか生えてない国になんて来たくなかったんだ」
「それならさっさと国に帰ったらどうなの。こっちだってあんたらには迷惑してるの」
「帰りたくても帰れないんだよ」
そしてマチスは、吟遊詩人になりたかったのに無理やり軍に放りこまれ草原の国に飛ばされるまでの経緯を悲愴さをまじえながら面白おかしく語った。
四年前、マチスの妹は突如失踪した。王に求婚されたが、それを嫌がって人知れず国を出たのた。国や文化は違えども、それがとんでもないことだと草原の民にも理解できたようで、とりわけ年配の婦人が憐れみのまなざしをマチスにそそいでいた。
「あんた、どう見ても兵隊さんには向いてなさそうなのに大変ねえ」
「事情はわかったけど、よくあんたみたいなのが隊長になれたもんだね。マケドニアって国にはよっぽど人がいないのかい?」
「いろんな国に攻めこんでるから、人がいなくなっちまったんだろ。ざまあないね」
マチスは頭をかきながらはぐらかしていた。
「……なんかもう散々な言われようでしたけど、まあ事実ですし。俺は戦場で自分が傷つくのも誰かを傷つけるのも怖い。剣を振るうより楽器でも弾いて静かに暮らせるならどんなにいいかって。そう言ったら、アラスの族長がこれをくれたんです。ずっとこれ弾いてろってことですかね」
「あまり民とはなれ合うな」
冷えきった声に戦慄が走った。
「いかな大義を掲げようとわれらは侵略者にすぎぬ。今後もこの国を占領し、民に辛苦を強いることに変わりはない。無用の期待をいだかせれば、かえって憎悪となってそなたらに向かう。それを忘れるな」
「わかってます。下手に希望を持たせる気はありません。それでも俺はオレルアンの民には無体を強いたくはないんですよ」
マチスは立ち上がって、からの杯を王女に無理やり持たせた。
「あなたもそう思ってるから、俺みたいな役立たずに一個中隊を預けてくれたんでしょう?」
王女は無表情だった。
とくとくと杯に酒がそそがれていく。
「それなのに、ルーベンのせいでせっかくの苦労も水の泡になっちゃって。ほんといい迷惑ですよね。ま、どうぞどうぞ」
慰めるようでいて、からかっているとしか思えぬ口調だった。
王女は眉をよせたが、ぐいと杯をかたむけた。呑みなれぬ酒の味に、ますます眉がよせられた。
二人のやりとりを、俺はひやひやしながら見守っていた。
ルーベンは王女みずから処断したという。そして脱走兵十二名の遺体は朽ちるまで集落でさらされることとなった。援軍要請を受けて俺もタルカへ向かったが、怒りのおさまらない村人たちが吊るされた遺体に石を投げたり蹴りつけていた。だが、それを咎めはしなかった。マケドニア騎士の誇りを汚した者どもへの怒りはわれらもおなじだった。
「殿下」
俺は軽く咳払いをした。
「われらマケドニア騎士の流儀を示したことで、民の溜飲は下がると思います。けして水の泡にはならぬかと」
「無残に殺された村民は二十を超える。かどわかされた娘たちも無事に戻れた者は少ない」
「はい、今後は二度とあのようなことが起こらぬよう努めます」
「これまではまだ平穏と呼べる日々であったやもしれぬ。だが、いつまでもこの状態はつづかぬだろう」
「本国で、なにかあったのですか?」
王女は沈黙した。
「すぐに戻るとおっしゃっていたのに、二か月も滞在されるなどと――」
「まーた誰かの変死体でも上がったんですか」
マチスが笑いながら口をはさんできた。
もうおまえは黙っていろ。
マチスをねめつけたが、まったく意に介す様子もない。
「それ、まさか叔父上じゃないですよね?」
マチスがはずんだ声で問うと、王女はすげなくあしらった。
「……ヴェーリ伯に変わりはない」
「じゃ、あいかわらずなんですね、あの人」
白けた目になって、つまらなそうに弦を爪弾く。
なにごとにも飄々としているマチスも、叔父のこととなると少し感情が動くようだ。
マチスの叔父は一言で言えば善人ではない。マチスの父が宮廷の権力闘争に巻きこまれて死んだのち、混乱に乗じて甥から家督を奪いとった。さらには姪をグルニアから無理やり連れ戻し、王妃とすべく宮廷に放りこんだ。欲深い男のわりに悪党とも言いがたいのは、金以外に権力の使い道を知らないからだ。いまのマケドニア宮廷は王の暗殺をはじめ血なまぐさい事件に事欠かない。水掘に変死体が浮いていることもめずらしくない。金で人を動かすヴェーリ伯の策謀など児戯にひとしく、いまでは所領の半分を王に召し上げられていると聞く。マチスもあきれるほかないのだろう。
「あ~あ、ほんとにもう嫌になりますよね」
マチスは天を仰ぐ。
「戦争を引き起こしたやつらが本国でぬくぬくとしてて、逆らった俺らは前線で命を張って、厄介事に巻きこまれて。あなただってそうでしょう? 汚れ仕事ばかり押しつけられて、恐れられて恨まれる」
王女の鋭い視線が俺の横を通りこしてマチスに向いている。
あまりに居心地が悪い。せめて場所を代わってくれ。
マチスは俺を盾にしたまま、
「ルーベンじゃないけど、いまのマケドニアのために命かけて戦うのは、俺もちょっと馬鹿らしくてやってらんないですね。あの身勝手な叔父に義理立てする気もないし、失脚しようが処刑されようが知ったこっちゃないんで、いっそ軍を抜けてやろうかと――」
「好きにせよ。止めはせぬゆえ」
王女が冷たく言い放った。
これにはマチスも焦りを見せて、
「いや、そんなあっさり見捨てないでくださいよ。そう思うときもあるって話なだけで――」
「あやつの言うこともわからぬではない。いまのマケドニアは無法者の国だ。なにも知らずにわれらを崇める民も哀れなことと思う」
自嘲的な響き。
「それでもわたしはやつらの言いなりにはならぬし、徒死するつもりもない」
「だから、ささやかな抵抗ってわけですか」
その軽口に王女は目を険しくしたが、マチスは平然とつづける。
「今日どう見てもハーディンとしか思えない騎士が現れたらしいんですが、誰かさんが違うと言い張ったせいでうやむやになったらしいですね」
「あれは別人だ。功を焦った者の戯言を本気にするな」
「まーたそんなこと言っちゃって。ああいうの一度や二度じゃないじゃないですか。知ってますよ、これまでだって王を捕らえる機会はいくらでもあったのに都合よく見逃してますよね?」
「知らぬ」
「なんなら落城のときもわざと王を逃がしたんじゃないですか」
「知らぬと言っている」
「そうやって、レナのことも逃がしてくれたんですよね?」
急にまじめな顔になる。
王女は黙りこんだ。動揺しているのか、またたきが増えた。
「まったく、危ない橋を渡りすぎですって」
こらえきれないというふうにマチスはのけぞった。
「まあ、われらが祖国こそ、崩れかけた橋の上にいるみたいなもんではありますけどね。どう見てもぐらついてるのに、逃げられないし、落ちても泳げないし、じゃあ崩れるまでなんとかしがみついとこうみたいなノリで戦争やってる」
またヘラヘラとしたおしゃべりがはじまると、王女は無言のまま酒を口に運んだ。
「……なんで、俺たちこんな遠くにまで来ちゃったんでしょうね」
マチスは遠い目になった。
「俺、はじめて王城に上がった日のこと、よく覚えてるんですよ。陛下がやさしく迎えてくださって、まあ……あの王子さまにはいじめられましたけど、はたを付いて回ってる小さなお姫さまがなにくれなく庇ってくれて。……昔のことをなつかしんでると、ふいにね、怖くなるんですよ。俺、あの小さなお姫さまに連れられてオレルアンを攻めてるんだなって。あらためて考えてみると、ぞっとしますよ。たった十年やそこらで、こんなになにもかも変わっちゃって――」
「十年もたって変わらぬものなど稀だ」
王女はいつもの調子でぴしゃりと言ったが、疲れたようにため息をついた。
「いまのわれらには、明日のこともわからぬ」
「……そうですね」
マチスは寂しげに笑った。王女は険しい顔つきを崩さなかった。それでもマチスの言葉に思うところがあったのか、心なしか悄然としているように見えた。
俺たちはなんのためにここにいるのだろう。祖国のために戦っているとはとても言えない。ただ上から命じられるままに遺恨なき国に攻め入り、その後ろめたさを隠すように民に情をかけている。結局はただの保身だ。明日さえ見えない日々にいらだち、次の瞬間にはそれがむなしさへと変わる。この地が俺の墓場になるのかもしれない、そんな大いにありえそうな未来に想いをはせ、今日も眠りにつくのだ。
そして明日も、明後日も。平穏が破られるその日まで。
「――ああ~レナ~」
マチスがいきなり弦をかき鳴らしはじめた。
「おまえはいまどこにいるんだ~死ぬ前に一度でいいから~おまえに会いたい~」
ひどすぎる。情緒のかけらもない。さすがにふざけすぎだろう。思わず王女を見やったが、にこりともせず、杯をかたむけていた。怒っているのだろうか。おそるおそる様子をうかがっていると、
「……死ぬな」
と、かすれたつぶやきがもれた。
俺は目をみひらいた。耳を疑ったが、もう一度おなじ言葉が耳にとどいた。
「死ぬな」
「はい……」
噛みしめるように、俺はいらえをかえした。(了)
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