短編集
愛を謡うには自分はあまりにも未熟であった。
アルバフィカはその薄い青い髪の隙間から覗き見た彼女の顔をじっと見つめ呼吸が浅く血の気の引いた顔を名残惜しそうに見下ろした。
腕の中の彼女はぐったりとし血に塗れている。出血が多く、吐血も酷いのだから救いがないことはわかりきっていた。だが不思議とそれでも恐ろしいとは思わなかったのだ。
「夢主」
人に触れることが叶わなかった指先が彼女にだけは許せた。その性質上なのだろうが一度温もりを知り、自分の体質に物ともせずそういう人もいるだろうさと笑っていた彼女に触れてしまえばたちまち目が離せなくなった。
「アルバ、フィカ」
アルバフィカは自分が最期に看取ってやれることが嬉しいのだとはたと気づく。
自分の最期を看取る者などいないと思っていた、自分は看取る側であり続けるのだろうと彼自身重々承知の上生きてきたが彼女の命は何よりも尊いものであった。
「寒くないか」
「そんなに、寒くはないな」
「そうか」
できるだけ身を寄せてやる、もはや自分の意思で体など動かせそうにない夢主に少しでも寄り添ってやりたかった。彼女が心を許してくれたから自分は変われたのだろう、こんなにも愛おしい存在に昇華するなど思いもしなかった。
「お前は無茶ばかりする」
「それが取り柄みたいなものだしなぁ」
「あぁ、そうだな。けれど」
私のために死んでほしくはなかった、言葉にすることは躊躇われた。
もし同じ立場ならアルバフィカも夢主のために命を投げ捨てただろう、身を挺して彼女を守るという選択をしたに違いない。
「後悔してるのか」
夢主の問いにアルバフィカは答えあぐねていた。していない、と言い切ってやるべきなのだろう。だが言葉を喉につっかえてそこから吐き出すことを許してはくれない。
アルバフィカの美しい顔が歪むのは耐えられないと言わんばかりに夢主は力のない手をゆっくりと上げ彼の頬に触れてみせた。
「お前の薔薇と同じだよ、綺麗だと言ってみせてくれ」
残酷な言葉なのにそれがすんなりと胸の内に染みこんでいく。彼女の笑みには陰りなど微塵もない、目は霞みおぼつかない言葉でありながらも自分の行いを常に信じてやまないのだ。
そんな盲目的な彼女に惹かれたのは他でもない自身だっただろう。アルバフィカは思わず笑みを浮かべていた。
「何よりも美しい、私が知る中で、何よりもだ」
本心から零れたそれは夢主にも伝わったのだろう、満足そうに彼の顔を見て微笑んだ。もし、この時が永遠であればと願うほど穏やかになるのは歪なのだろう。
鉄の匂いも、血の赤も、千切れた髪も、色彩を失いゆく瞳も、彼にとっては宝物であった。できることなら小箱に詰めてしまいたいほど二人だけの居場所であるのにも関わらず別れは避けて通れない。その現実から目を背けるかのように彼女だけを見つめ続けた。
「もし生まれ変わったら私は魚になってお前の下で踊り続けよう。ピアノとバイオリンの音色が響く屋敷で、穏やかに過ごせるように。水槽の中で、ずっと、ずっと」
そんな言葉を紡ぎ終わる前にとくんととくんと鳴っていた心臓の音がぴたりと止まって彼女の冷たい亡骸だけが自分の腕の中で血に塗れて晒された。
「永遠に変わらぬ愛に誓って」
彼女の棺桶には薔薇を敷き詰めよう。
そして憎き者の首を手土産に、いずれ私もそこへ逝こうとアルバフィカは一筋の涙に憂いを込めた。
アルバフィカはその薄い青い髪の隙間から覗き見た彼女の顔をじっと見つめ呼吸が浅く血の気の引いた顔を名残惜しそうに見下ろした。
腕の中の彼女はぐったりとし血に塗れている。出血が多く、吐血も酷いのだから救いがないことはわかりきっていた。だが不思議とそれでも恐ろしいとは思わなかったのだ。
「夢主」
人に触れることが叶わなかった指先が彼女にだけは許せた。その性質上なのだろうが一度温もりを知り、自分の体質に物ともせずそういう人もいるだろうさと笑っていた彼女に触れてしまえばたちまち目が離せなくなった。
「アルバ、フィカ」
アルバフィカは自分が最期に看取ってやれることが嬉しいのだとはたと気づく。
自分の最期を看取る者などいないと思っていた、自分は看取る側であり続けるのだろうと彼自身重々承知の上生きてきたが彼女の命は何よりも尊いものであった。
「寒くないか」
「そんなに、寒くはないな」
「そうか」
できるだけ身を寄せてやる、もはや自分の意思で体など動かせそうにない夢主に少しでも寄り添ってやりたかった。彼女が心を許してくれたから自分は変われたのだろう、こんなにも愛おしい存在に昇華するなど思いもしなかった。
「お前は無茶ばかりする」
「それが取り柄みたいなものだしなぁ」
「あぁ、そうだな。けれど」
私のために死んでほしくはなかった、言葉にすることは躊躇われた。
もし同じ立場ならアルバフィカも夢主のために命を投げ捨てただろう、身を挺して彼女を守るという選択をしたに違いない。
「後悔してるのか」
夢主の問いにアルバフィカは答えあぐねていた。していない、と言い切ってやるべきなのだろう。だが言葉を喉につっかえてそこから吐き出すことを許してはくれない。
アルバフィカの美しい顔が歪むのは耐えられないと言わんばかりに夢主は力のない手をゆっくりと上げ彼の頬に触れてみせた。
「お前の薔薇と同じだよ、綺麗だと言ってみせてくれ」
残酷な言葉なのにそれがすんなりと胸の内に染みこんでいく。彼女の笑みには陰りなど微塵もない、目は霞みおぼつかない言葉でありながらも自分の行いを常に信じてやまないのだ。
そんな盲目的な彼女に惹かれたのは他でもない自身だっただろう。アルバフィカは思わず笑みを浮かべていた。
「何よりも美しい、私が知る中で、何よりもだ」
本心から零れたそれは夢主にも伝わったのだろう、満足そうに彼の顔を見て微笑んだ。もし、この時が永遠であればと願うほど穏やかになるのは歪なのだろう。
鉄の匂いも、血の赤も、千切れた髪も、色彩を失いゆく瞳も、彼にとっては宝物であった。できることなら小箱に詰めてしまいたいほど二人だけの居場所であるのにも関わらず別れは避けて通れない。その現実から目を背けるかのように彼女だけを見つめ続けた。
「もし生まれ変わったら私は魚になってお前の下で踊り続けよう。ピアノとバイオリンの音色が響く屋敷で、穏やかに過ごせるように。水槽の中で、ずっと、ずっと」
そんな言葉を紡ぎ終わる前にとくんととくんと鳴っていた心臓の音がぴたりと止まって彼女の冷たい亡骸だけが自分の腕の中で血に塗れて晒された。
「永遠に変わらぬ愛に誓って」
彼女の棺桶には薔薇を敷き詰めよう。
そして憎き者の首を手土産に、いずれ私もそこへ逝こうとアルバフィカは一筋の涙に憂いを込めた。