短編集

「未だに謎だな」

夢主はぽつりとつぶやいた。タナトスはその声に顔を上げるが対して興味があるわけではない。とはいえ一応の主君だ、無視をするわけにもいかず怪訝な顔をしている様を見て夢主はクスリと笑みをこぼしたのだからタナトスは一層機嫌が悪くなる。

「何がだ」
「お前が私を助けたことがだよ」

なんだそんなことかと彼は思うが夢主が不思議がるのも当然だ。タナトスはヒュプノスと違い夢主に対して甘くはないしどちらかと言えば否定的だ。

「ヒュプノスのためか?」
「それも一理ある」
「ほぉ、他にも理由があるのか」

ここ最近夢主という女は可愛げがなくなった。昔もそうだったが今は一層そう感じる。ハーデスの子であるということが唯一の救いだが魂の色のみで本質はずいぶんと異なる。

「私は感謝しているよ。理由はどうあれ、タナトスが居てくれたおかげで事は成せた」

慈愛に満ちた顔をするのは神の端くれだからだろうか。しかし認めるつもりはない、むしろこの運命を搔き乱すおぞましい存在を放っておくことの方がよほど。

「ありがとう、お前たちが居てくれて、本当に良かった」

腹が立ったタナトスは勢いよく立ち上がり、そのせいで椅子は転げてしまった。夢主はあぁと椅子に目を向けたがそろりと上を見上げてタナトスの顔をじっと見やる。

「綺麗な顔だ」
「お前は気味の悪い顔になったな」
「でも嫌いじゃないだろう」
「その口には嫌気が差す、碌なことを言わんやつだ」
「なら、どうする」

どうするかなどわかっている癖に。
ほとほと嫌いな女だが手放せないのも事実である以上、上手く飼い慣らす必要があるなと髪を撫でながら彼は思うばかりであった。

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