夢主の名前
素晴らしき新世界へ。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「夢主、只今推参いたした。貴殿らの提案を受け入れ捕虜との交換を所望す。早々に二人を解放して頂きたい!」
拱手しながら相手方の陣営を見やる。星彩と鮑三娘は目を丸くして顔を青ざめている。何故なら二人は夢主が魏へ下るなどという条件の下に人質にされているなど知らなかったのだ。ここで尽きる運命とばかり考えていた。しかし彼女を魏に下すなどしてはならない。大切な仲間を敵に売るような真似したくはない。
「だめだって!何でそんな条件引き受けたわけ!?あんたは」
「鮑三娘。これは軍が、蜀が決めたことだ…従ってくれ」
声を荒げる鮑三娘を諌めようとするが勿論彼女は納得がいかないと憤慨している。たとえ国の意志でも友を敵国に売るような真似したくはない。自分が生きることよりもその時は友を生かすことが重要に思えならなかったのであろう。友情という優しい感情が彼女を突き動かしていた。しかしどのようなことをしても##NAME1##の意志は変えられない。これは蜀の意思でもあるからだ。二人の生存以上の価値はない。この状況において夢主の命はないものとして扱われているに等しいのだ。
「これはこれは。本当に来られるとは、いや、驚いた」
二人の背後から忍び寄ってきた男の声に耳を傾けた。一目で彼が誰なのかわかった。賈文和、曹操の下で謀士として活躍する男である。現代で得た知識から引き出しても彼は十分なほど危険な男だ。面と向かって会うのは初めてである。しかしながら相手はどこか自分の何かを知りえたような顔をしている。呆れと感嘆を秘めた声色に耳を傾けながら二人を生かすために言葉を紡ぐ。
「…賈ク殿とお見受けする。先ほども申したが言を受け入れる、二人の解放を」
「あぁ、わかってるがね…その前にそこのお二方を説き伏せてくれるとあり難い」
目の先には鮑三娘と星彩が。二人を諌めない限り魏へ下るという決断を受け入れないという意味もあるのだろう。どうやら敵は夢主を蜀へ二度と返すつもりはないらしい。
覚悟はしていたがいざ現実を突きつけられるとその無常さに乾いた笑いが溢れてきた。夢主は二人に駆け寄る。縄で縛られている二人は声を荒げる以外何もできない。それがどれほど苦痛であるか夢主にも痛いほどわかった。
「夢主、貴女…正気なの?」
「あぁ、別に頭が可笑しくなったとかそういうわけではないさ。意志はあるよ」
星彩は夢主に対して冷たい口ぶりで話しかけた。しかしその言葉とは裏腹に手のひらに爪が食い込んでおり、感情を押さえつけているようであった。彼女も頭で理解しようとはしているもののやはり受け止め切れないところがあるのだろう。
「…本当に行くのあんた?」
鮑三娘は珍しく低くくぐもった声を出した。彼女がこれほど怒っているのを見るのは初めてだった。だからこそ愛おしく思い、生きて欲しいと思うのだ。国で彼女のことを待っている多くの人のためにも、そして自分のためにも、生かしてみせる。
夢主はしゃがみ込み鮑三娘の顔を覗き込んだ。決して曇りのない笑顔を浮かべて。
「一度決めたことを曲げられるほど器用じゃないんだ。それは一番おまえが知っているはずだ」
「…わかってるし。あんたがそういうとこで馬鹿なのも、よく知ってる。だからこそ心配してるわけ」
「…ありがとう、鮑三娘」
鮑三娘の体を引き寄せ抱きしめる。その温もりが生きているということを鮮明に感じさせてくれた。震えながら小さな声で「帰ってきてよ」と呟くと顔を埋めて涙を流した。
鮑三娘の背を摩りながら夢主は星彩へ視線を向ける。
「星彩、後は頼んだ」
「…えぇ。気をつけて」
星彩の言葉を聞き満足げに夢主は頷いた。
鮑三娘を優しく引き離すと最後に惜しむことのないようにと、二人を見つめた。それはこれまでに犯した罪を数え身に焦がすような不思議な様だった。この世界に落ち劉備らに救われてから必死で生きてきた。それは現代にいた時よりも生き生きとして、本当の己であったと思う。これからもそうであるならば一切の後悔をせずあるがままに振舞いたい。そうして戦乱の世にあることを正しく、そしていつか帰る時が来たならばそれも受け入れられる強さを得たい。この世界で得た多くを無駄なものとしたくはないのだ。この別れは次に来たる出会いと生への進行だ。
「さようなら、星彩殿、鮑三娘殿」
何も言わず、振り返ることもせず、夢主は自分の新たな居場所へ歩いていった。
「さぁ賈ク殿、行きましょうか。私の在るべき場所に」
その背にはすでに蜀という国の面影は一つもなかった。