夢主の名前
素晴らしき新世界へ。
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「そんな…星彩と鮑三娘が…」
夢主は顔を真っ青にした。まさかこんなことになろうとは。
後悔が押し迫る。自分がもっと周りを見ていればこんな事態にはならなかっただろう。しかしこの事に関しては誰が悪いというわけでもない。彼女らもそうなる覚悟で戦場に来ているのだから、攻めるとすれば敵側だがこれも立派な戦術と呼べるだろう。乱世で世迷いごとなど言ってられない。
「しかし捕縛されたのであらばまだ生きている」
「えぇ、こちらにも生きていると記されています。二人は無事でしょう」
武将らはほっと一息ついた。まだ生きているのならば希望はある。あとはどう救出するか。
夢主はちらりと張苞を見やった。怒りを燃やすのは当然か。大切な妹が敵軍の手にあるというのだから。何と言葉をかければいいのか。状況が極めて悪いことは明白なのだ、たとえ生きているとはいえ笑ってなんていられないわけで。張苞の煮えたぎるような感情を諌めることなど夢主にはできなかった。
諸葛亮は魏軍より送られた木簡を睨みつけるように見つめていた。どうにも諸葛亮らしくない。夢主は彼のらしからぬ雰囲気に気がついた。
「孔明先生…一体どうしたのですか。二人が無事で、まだ救い出すこともできる状況なのに、顔色が優れない」
「夢主…」
月英の顔が曇る。何か知っているようだが、言うのを躊躇っているようだ。趙雲らも不思議そうに諸葛亮を見やる。これほど息が詰まるようなこと、あったであろうか。
夢主は今まで諸葛亮に多くの教えを請うてきた。兵法から政に至るまで、多くの知恵を叩き込まれてきた。それだけの素質があり、才を有するだけの胆力があると認め、それに答えるように努力し信頼も獲得した。諸葛亮のことは短期間だがよく見てきた夢主でさえこのような様子は見たことがない。
「まさか…」
関興がぼそりと呟いた。察してしまったのだろう。この先の言葉を。
「人質の二人を解放する代わりに夢主を魏へ下るようにと」
「なっ!?それは本当か!」
馬超は木簡を奪い取ると素早くそれに目を通した。他の将もそれを覗き込み愕然とした。確かに書かれている。人質である星彩鮑三娘の解放、至っては投降場所まで指定されていた。
呆然とする他なかった。何故突然になってこのようなことをしようと思ったのか。魏の意図が読めなかった。
「冗談じゃないッ!何故夢主を…!」
「ですが夢主を渡さない場合、二人の命は…」
将それぞれ弁を吐く。しかしそれは打開策になるほどのものではなく、意味のない論争程度のもの。
しかし夢主の心は既に答えを出していた。彼らの言い分など聞く気はない。
「先生」
「…夢主。貴方には苦しい役ばかり押し付けて、申し訳ありません」
「先生が謝ることはありません…こればかりは…」
まるで親元を離れる子のような。悲痛だった。自らの意志で行くというのにこれほど心が苦しいなんて、辛いなんて。涙が零れ落ちそうになるのを堪えて頭を下げる。蜀の臣として生きるのはこれが最後になるかもしれない。思うと随分と沢山の人に世話になってきた。でもこれができる限りの恩返しだ。星彩と鮑三娘には生きていてもらわねば…自分のためにも、蜀のためにも。
「今まで本当にありがとうございました…先生、劉備様に幸せでしたとお伝えください」
「…必ず」
それ以上何を言えばよいかわからなかった。俯きながら陣幕を出る。
もう振り返らない、俺はもう蜀の人ではないのだから。
「(すまんな銀屏…約束…守れなさそうだ)」
妬ましいほど空は青く澄みきっていた。きっと彼女はこの空同じように見上げているのだろう。そう思うと自分はとてつもない裏切りをしてしまおうとしていることに改めて気づいた。何て悪い人間なんだろうか。あぁ、もっと利口になれたらこんな思いしなくてすんだのだろうか。
それでも生きていかねばならぬ。いや、生きて帰るのだ。正しい場所に。正しい世界に。