夢主の名前
素晴らしき新世界へ。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「夢主の髪は綺麗ですね」
「そんなことない、陸遜の髪のほうがもっと綺麗だ」
「それに夢主は瞳も綺麗です。手も、足も、唇も」
あれから一日経った。陸遜の眼は見るからに黒く濁っていた。
夢主の手を握り締めながら色々と話し出す。しかしその様は壊れた機械のようだった。夢主は自分が陸遜を壊したのではという罪悪感から彼を拒むことはできなかった。
結局何もかも無駄だったのかもしれない、姜維はあれきり夢主に対して異常なほど執着を見せるようになった。陸遜も同様、酷い執着を見せるようになる。両者とも酷かった。陸遜の場合、夢主が他人と話しているだけで酷く喚いた。私を捨てるのですか、貴方には私がいるのにと悲痛な叫びを上げた。ある時は物を壊し、ある時は泣き、ある時は自らを傷つけた。夢主は一連の行動を見て、先日の事件は陸遜が仕向けたことだと感づいた。彼の場合、愛する人の視線の先が常に自分でないと満たされないタイプらしく、姜維と夢主がほんの少し接触しているだけでも許せなかったようだ。結果己の身体中傷つけた。
夢主はこれにもっと早く気付くべきだったと頭を抱えた。自分が陸遜の状態に気づいていればこんなことにはならなかっただろう、自責の念に駆られる。
そしてもう一人、姜維も陸遜と似ている部分がある。それはその視線を独占していたいというところ。陸遜にない姜維のもう一つの特徴は夢主が穢されるのを極端に嫌がるということである。穢されるというのは誰かのものになったり、はたまた姜維の中の理想像である夢主の形が変わってしまうこと、様々な独占の形である。つまりは神格化している夢主が、毒されるということで変化してしまうことが許せないのだ。
どこか歪んだ愛であった。夢主はそれを否定するつもりはない、ただそれを持って人が傷ついているということが、とても辛くてならなかった。そしてそれほどまでに自分を愛する理由があるのか、そんな魅力でもあったか、自身では理解に苦しんだ。
夢主は自分が心底嫌いだった。今のように決断を下せず人を傷つける。誰かを愛する資格などないように思えてならない。何のためにここにあるのか、神というのを妬ましく思った。
「夢主殿は、綺麗でいて下さいね」
陸遜は夢主の肩に寄りかかりながら呟いた。このままであれば幸せなのに。陸遜はそっと目を閉じ温もりに浸った。
「もうすぐ、帰るんだもんな…陸遜」
「はい…ですので、頼みたいことがあるのです」
「頼みたいこと…?」
「私と呉に来てはくれませんか」
はっとして陸遜を見た。けれど彼はこちらを見てはくれない。握りこんだ手に力が込められるのを感じ、彼が本気であると理解できた。
しかしこの頼みに対して首を縦に振ることはできない。
自分を生かしてくれた劉備らにまだ恩を返しきれていないし、姜維のこともある。とてもじゃないが呉に行く余裕は自分にはない。
夢主は陸遜に未来から来たという種のことは一切話していない。決して信頼していないわけではない。けれどこのことについて安易に人に語るのはよろしくないわけで、諸葛亮にも呉の人間には話さないよう口止めされている。当たり前といえば当たり前か。夢主が未来から来た人間だと知れば呉の将も、魏の将もこぞって彼女を欲するだろう。天下統一の鍵を握っていると言っても等しい。彼女が知ってる歴史が筋書き通りになっていくのだ。これほど強力な味方はいないはずだ。
けれど歴史について蜀の面々に夢主は一切言おうとはしなかったし、教えてくれと請われたこともなかった。そんな彼らの力になりたいとここにいる。夢主がいるだけで大いに歴史が狂うことも考えられる。何せ彼女はそれだけの武勇を得てしまったのだから。だが、それでも戦い続けたい。確固たる意志が夢主にはあった。
「陸遜…」
「すみません…こんな頼みごと。聞き入れていただけるわけないですよね」
「…すまん…でも、きっと会いに行く。いや、絶対行くよ。おまえのもとへ」
「本当ですか…?」
「信じてくれ、決して裏切らんさ」
陸遜は途端嬉しそうな顔をして夢主にしがみ付いた。胸に顔を埋めて「嬉しい」と何度も言う。彼が聞き分けがよくて助かった。夢主は内心ほっとしながら彼の背を撫でた。
裏切らないと言ったが、果たして彼の元へ行けるのだろうか。暗い感情が淀み出でた。もし死んでしまったら陸遜はどうするだろうか…いや、そんなこと考えるのはよそう。死ぬつもりはない、これから先幾度戦場に立とうと生きて帰るのだ。
「次に会うときこそ」
ぼそりと陸遜が呟いた。しかし夢主には届かなかった。その呟きがもっとも恐ろしい欲を孕み、狂気に染まっていたことなど、彼女は知る余地もない。
綺麗な愛情であると信じ、彼を優しく抱きしめた。
もし自分が呉へ落ちていたら、きっと彼を好きになれただろうと悲壮に暮れながら。