夢主の名前
素晴らしき新世界へ。
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「おまえ、一体何をして…」
違う、違う。私はただ貴方と一緒にいたくて、貴方を奪おうとするこいつを。
言葉にできなかった。そして理解した。陸遜が何故こんな深夜に自分を此処へ誘ったのか。夢主の目の前で被害者の面をして、私を悪人にしようとしたのだ。
「夢主…!ち、違うんです!私は…!」
「夢主殿…助け、て…」
陸遜は体を引きずりながら夢主を縋りついた。顔を悲痛に歪め、一方的に被害を被ったかのように。
困惑した面持ちで夢主は姜維を見つめる。状況が理解できないといったところであろう。それはそうだ、信じている友がまさかこんな真似をするなんて思えるわけがない。
「陸遜…その傷…!」
腕が傷だらけであったのを夢主は見つけた。しかし姜維はそんなことはしていない。その傷は一体誰に付けられたものか、知っているのは陸遜のみ。否、自身でつけた傷なのだから本人しか知っているわけがない。
状況からすれば姜維がこの傷をつけたことになるだろう。しかし夢主は友を疑うことがどうしてもできなかった。ましてや彼が、こんな卑劣なことをするだろうか。信頼している彼が、そんなことを。
「陸遜、とりあえず医務室へ行こう…姜維、話は後で、な」
事態を大きくはしたくない。しかし傷ついている人間がいる以上、見過ごすわけにはいかなかった。
呆然と立ち尽くす姜維。彼をちらりと見て悲しげな表情になる夢主。どちらも何も言えなかった。
陸遜を抱きかかえ去っていく夢主は、あまりに惨い現実に、何を信じればいいのかわからなくなった。
「大丈夫か陸遜」
「はい…ありがとうございます」
傷だらけの腕を軽く撫でながら夢主は目を細めて笑う。感情が入り乱れてどんな顔をすればいいのか、わからなかった。その笑みに酔いしれながら陸遜は夢主に抱きついた。
「とても苦しかったんです…よかった、貴方がいてくれて」
幸いこんな夜遅いためか医務室には誰もいなかった。真夜中に月が笑う。しかし、夢主はもう笑えなかった。口から零したいのは嗚咽、目から零したいのは涙。自分が見てしまったあの光景が、意味するものとは。考えれば考えるほど己の優柔不断っぷりに反吐が出そうになった。
もし今の光景を姜維が見ていたら何と思うことだろう。信じていた人が、つい数日前に来た男に胸を貸しているなんて。きっと彼ならばいっそ死んでしまった方がよいとでも考えてしまうのではないだろうか。ぞっとした。何の問題であのようなことになったかは知らないが、とても不味いことになっているのは確か。
夢主は陸遜の肩を掴み己から引き剥がした。決して強引で力強くない、壊れ物を扱うような優しい仕草だった。
「陸遜…私は姜維に会って話をしてくる。だから、ここで待っていてくれ」
「夢主殿…ですが」
「頼む、すぐに戻るから」
そのまま返答も聞かず夢主は医務室を飛び出した。彼を、救ってやらなければならない。その一身で。
「夢主、夢主、夢主…」
姜維は虚ろな目で城内を徘徊していた。か細い声で愛しい人を呼ぶ。何度も何度も、縋りつくように、助けを呼ぶように。
陸遜を庇い自分を痴れ者と罵るだろうか。そして冷ややかな視線を私に浴びせながら陸遜を抱きしめるのだろう。想像するだけで涙が零れ落ちそうになった。今までこれほど苦しみ傷ついたことがあったか。姜維はあの男が来るまでは少しの嫉妬で終わらせられた。
でも、今は全てを壊したいと思う。陸遜を八つ裂きにして、夢主の周りにいる人間全員を消し去り、二人だけの世界で生きたい。その願いだけ、それだけが姜維を生かしている。
「死ねば、いいのに」
皆、死ねば。
「姜維ッ!!!」
思わず目を見開く。この声、聞いたことがある。私の、愛を捧ぐ、唯一の人。
「夢主…っ!」
「姜維…!」
振り返ると夢主が心配そうな顔をしながら姜維へ走り寄ってきた。彼女が来てくれた喜びに体が震える。縋りつき泣き叫ぶ。不安に駆られ、狂気に飲み込まれた心を溶かすように。
「夢主…ッ!私は、私は、不安で、怖くてッ」
「もう大丈夫だ、いいんだ。俺はおまえを疑わないから」
夢主はこの時異常な罪悪感に駆られた。こうすれば確かに姜維は救われる、しかし陸遜は?彼は孤独になってしまうのではないだろうか。あの目は夢主を欲していた目だ。今更になって気がつく、陸遜は俺を。
『私のことを好きになってはくれませんか』
『貴方はきっと私のことを嫌いになる、私は酷い人だから』
『それでも、私は』
いつか男は眠る女に口付けをした。それを知らぬ女は男を友と信じ、笑いえる日がいつまでも続けばよいと願った。
「私は…」
夢主は己の外道さにただ涙を堪えることしかできなかった。こんな悲劇、自分がいなければ起きなかったはずだろうと、心のうちを吐き出せず夢主は姜維の体を抱きしめ全てから逃避した。