夢主の名前
素晴らしき新世界へ。
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私が貴方を愛するに理由などいらない。
心から私は貴方を欲している、身も心もその全て私のものにできるなら何もかもを犠牲にしても構わない。
嗚呼、早く私を見て、この飢えを満たすほどの愛をください。
地に打ち付けられた陸遜は体をぐったりとさせ息を荒げた。まるで傷つけられたかのように、被害者の顔をして。
姜維は憎たらしげに彼に睨みつけると拳を上げようとした。憎悪を、吐き気を催すほどの痛みをぶちまける様に。
両者の心には深い深い闇があった。あまりに暗く、埃と灰を纏った醜い闇で、身を焦がして骨をも溶かすような哀愁じみた闇が。その闇は人ならざるほどの狂おしい愛に満ちて、真っ赤な花を咲かせた。
花を咲かせたのは一人の女だった。しかし女というにはあまりに凛々しく逞しかった。孤独に泣いているような女だったが、誰かの前では決して涙を見せない。そんな女は戦場で龍のように人を喰らい尽くす。目を野獣のように光らせ、矛を振りかざす。血しぶきが舞えば悲鳴が彼方まで響き渡った。
姜維はその姿が心底好きだった。何にも怯えず立ち向かう彼女が、救世主のようにすら見えた。鎧も肌も真っ赤な花を咲かせる。そんな姿で自分に手を差し伸べ守ってくれる彼女に惹かれた。
容姿が男性的なため、彼女は女と扱われることも少なかっただろう。その上この強さ、誰もが性別など気にせず彼女を慕った。
姜維にはそれが少し気に食わなかった。自分にもっと目を向けて欲しい。子供のような独占欲が芽生えたのだ。
しかし彼が何より大事にした想いは、その気高さがいつまでも崩れないで欲しいという不思議なものだった。
夢主はよく姜維に気をかけた。そして姜維も夢主によく気をかけた。両者どこが思いやりながら生きていたのは確かだ。
けれど夢主には一つ、この国、ましてや世界そのものが違った。未来から、しかも別の国から来たのだ。その当時は邪馬台国と言ったが、今で日本というその国から来たのだという。誰も信じることなどできなかった。姜維も勿論彼女を信じなかった。服装なんかは違うが、こいつが間者の可能性もある。誰しもが疑いの目を向けたが、夢主は屈することはなかった。
しばらくしてこういう結論が出た。他国に出して情報を出されても困る、しかし殺すのは惜しい、ここに留めて利用価値があればその時使えばよい。蜀帝劉備は自由にしてやってもよいと思っていたが、諸葛亮のいうことも確かであるので渋々それを承認した。
それから軟禁されたも同然な生活が始まった。けれど夢主は矛を握って自分を強くして欲しいと趙雲、関羽らに説いた。
「私はこのような生活、とても耐えられません。ならばいっそ、この国のために槍を振るい戦いたく存じます」
間者の可能性も捨てきれぬ、だがしかし夢主の目には強さを求める武人の決意が宿っていた。関羽らは諸葛亮を説得し彼女を武人として育て上げる事を決めた。
それからの成長っぷりには武将達ですら感嘆の声を漏らすほどで、今では彼女を認めぬものはいない。
同性である関銀屏や鮑三娘、星彩らとも交流し、笑いながら過ごせるほどに蜀という国に馴染んでいた。
姜維はある時夢主とこんな話をした。
「私にはとても丞相のような力はありません…きっと次世代を継ぐのは夢主殿でしょう」
「姜維殿、それは可笑しなことを言いますね」
「なっ…」
姜維は激しい怒りを感じた。自分は力が無いと感じ、このようなことを初めて人に打ち明けた。それを可笑しいだと。思わず眉を顰める。
「次代を継ぐのは私一人ではないでしょう。姜維殿、銀屏や星彩、劉禅様、皆で継いで行くものです。決して丞相、孔明先生のようである必要はありません」
「夢主、殿…」
「姜維殿は姜維殿だ。他の誰でもない、貴方であってください。貴方にしか作れない国もあります」
肩に手を添え夢主は静かに笑った。
何故だろう、これだけ心が震えるなど。彼女に対して、愛のようなものが芽生えたのは、何故。
姜維の心は沈まぬ沼に引き込まれた。愛が生まれ、焦がれ、焦がれ、そして悦んだ。
「私は…」
貴方に、恋をした。結末がいつ訪れるかもわからぬ恋、しかし素敵で綺麗だった。
穢れも、淀みのない美しい人の眼は姜維の口から悦楽を零した。
「(貴方は、私のすべてだ)」
肌が擦れればその僅かな温もりが血を沸騰させ、夢主の口から溢れた言葉は全て世の理のように聞こえた。まるで神を崇める熱烈な信者の様。姜維にとって夢主は命そのもので、彼女の傷は自分の傷で、彼女の憎悪の対象は自分の憎悪の対象になった。
あくまで片思い、けれど満ちていた。
そう、あの男が現れるまでは。
「おまえさえ…」
姜維は愛用している槍があれば、それでやつの心臓を突き刺してやりたかった。
二度と息ができぬよう、その口から戯言が出てこぬよう、愛おしい人を欲に塗れた目で見ぬよう。
「夢主、夢主…」
「っ…!」
歯がギシリと軋む。その目には狂気しかない。もはや誰にも止められないのか。あの、誠実な男がここまで狂うなんて。
姜維の怒りを感じた陸遜はほくそ笑んだ。幾らこの男でもこの程度か。
私の勝ちですよ、姜伯約。
「姜維…?」
ピクリ、姜維は動きを止めた。目をまん丸にして首を人形のよう歪に動かす。すると、顔を真っ青にして小さく鳴いた。
「夢主…っ…」
陸遜は何にも代え難いほどの快楽に包まれた。口元は満月のように円を描き喜びを露わにしている。
陸伯言はこの時勝利を確信した。
彼女の愛を一身に受けることかできるのは、他でもない自分なのだと。