夢主の名前
番外
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敵陣に切り込むその姿はさながら趙雲将軍ですな。
とある将兵は彼女のことをそう語っていた。しかしそれは違うのだ。夢主は今や私をも超えて、遥か届かぬ場所にいる。私や関羽殿が与えた力によって偉大な柱となって蜀を支えてくれていることは認めよう。けれど私が与えたかった力はあのような悲惨なものだったわけではない、自身を高め誰かを守る義の刃こそ私が施したかったもの。けれど夢主は自身をも見ずただ快感を得るがためにだけに人を殺し、戦っているように見える。武を持ってもその価値を見出すつもりはなく一人ただ愉しげに矛を振る姿は私にはとても残酷で無慈悲な魍魎とすら思えた。
「あんなに活躍されると俺達の出番がなくなっちゃいますよね。たくっ、あいつは手加減ってのができないのかな…」
「手加減か…」
張苞は恨めしそうで、しかし感心したような瞳で夢主を見た。張苞の言う手加減という言葉は恐らく夢主の中にはないのだろう。眼前にいる全ての敵を屠ることのみを善とし、弱者とて慈悲なく殺める。私が与えたかったのはそんなものではなかった、共に夢を見、愛すべき優しさを持って生きていて欲しいと願って武器を持たせたのに、今ではあの様な狂った様で人を薙ぎ倒す。
「趙雲殿!張苞!」
それはそれは嬉しそうに笑って夢主は手を振った。その身は真っ赤に染まっているが、それは夢主の傷から溢れたものではなく返り血であることはすぐにわかった。その姿に吐き気を催すこともない己が気味が悪いとも思ったが今更どうにもなるようなことでもない。私自身の感覚もだいぶ鈍ってしまったようだ。
しかし夢主の血まみれの姿に私は心が痛んだ。彼女を狂わせてしまったのは他でもないこの私なのだ。初めて槍を握らせた時感じた高揚感はもう二度と味わうことはない、後悔と背徳感に身を焦がしながら彼女の背を見続けるのだろう。
張苞は大丈夫か?と夢主に近づいた。それはあくまで怪我がないかということに対する心配なのであろう。張苞にとって夢主は妹のような存在だ。傍から見ていればそれがよくわかる、星彩のように沈着なわけではない夢主だが、何故か彼女には皆同じようにして惹かれる。私もそうであったのだ。彼女に惹かれ施してやりたかった、笑顔であってほしいと願い託したものは全て歪みに投じられた。成した罪は永劫に楔となって私の心の枷となるだろう。あれほど痛ましい姿を見れば私も自身が赦されないことはわかる。たとえそれが彼女の希望になったとしてもだ。
「夢主、今日はもう陣に引いてくれ。諸葛亮殿に現状の報告も兼ねて」
「はい。お二人とも、お気をつけて」
拱手して頭を下げると兵士が連れてきた愛馬に跨った。白く毛並みの良いその馬は確か馬岱殿から譲り受けたそうだ。馬岱殿も夢主に気をかけているのだ、馬岱殿が彼女を見る目には愛があった。私にとってその感情は抱くことはできない。ある意味馬岱殿が羨ましかった。私にとって夢主は愛弟子であり、畏怖の人なのだ。仲間であるはずなのに、これほど心苦しいことはない。
「ちゃんと報告頼むぜ。落馬するなよ」
「しないって…子供扱いし過ぎだ」
むっとした表情で張苞を見やると少し笑って彼女は颯爽と愛馬と駆けて行った。血塗れた姿ではなければとても美しいのだろう。その背に背負わせた重みがなければおまえはもっと自由に生きられたのだろうか。その問いに答えるものなどいなく、落ち着く先もない想いを胸の内に潜め、彼女の背を見つめた。