夢主の名前
素晴らしき新世界へ。
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夢主が魏へ行きまずすべきことは曹操という男の面を見やることだった。歴史にはそれなりに関心がある彼女にとってはこのような経験ができることは嬉しくもあったが、同時に会って早々首を落とされないかと少々ひやひやしていた。謁見の場で斬り捨てられるつもりはないが周りの忠臣たちはかなりの兵であるということを知っている夢主にとってはこれは命がけの綱渡りをさせられているようで、今も生きた心地がしなかった。
そんな様子を感じ取ったのか郭嘉は「曹操殿はきっと貴方を気に入るはずだ」とよく声をかけていた。事実不安であったし郭嘉の言葉はすんなりと胸の奥に染み渡っていくものであったからか何とかなるはずと無理矢理決め込むことができた。
道中では賈クとも話それなりに交流を図れたし、他にも部隊に同行していた楽進や李典とも話すことができたことは夢主にとって救いに他ならなかった。彼らは気を使い自分の面倒をこれでもかというほど見てくれた、魏に下ったとはいえど周りからは冷たい目で見られ居場所らしい居場所のない彼女にとって二人の存在は大きく心を開くのは容易いもので、これ以上にない報酬だと思えてならなかったのだ。
日数にして約3日。ようやっと居城へと辿りつく。これからは帰るべき場所はこことなる。そう思うと不思議なものが込み上げてきた。自分は未来に生きて、過去に住んでいる。そんな現実が肌に合うかのように血と灰に塗れ、微温湯に漬かっていた自分は面影を残せなくなっていることに気づいてた。もし現代に帰る日が来てもそれを受け入れられるか聊か不安になる。帰るという願いよりも生きることが夢主の中で大きく膨れ上がっていたのだ。手のひらを黙って見てみると随分と傷だらけで、優しい時代に生きていた頃が懐かしく思えてならない。
「夢主殿?」
楽進に声をかけられてはっとした。懐かしんでる間に自分達は随分と歩いていたらしい。不思議そうに顔を覗き込んできた楽進に少し考え事をしていただけだと告げれば「もしや、ご不安ですか?」と訊ねてきたものだから思わずきょとんとしてしまった。
「いえ、殿へ会うことに緊張なさられているのではないかと思いまして」
「あ、いえ。緊張していないといえば嘘になりますが…少し感傷に浸っていただけですので。ご心配ありがとうございます」
「そうですか……夢主殿!貴女はもはや魏軍の一兵卒、それほど私達は信頼し合えているのです。ですからこれから共に頑張りましょう!」
ずいっと近づいて来た楽進に驚いて身を引かせると背後に居た李典が夢主の背を支えた。
「楽進の言うとおり。俺達はあんたのこと疑うつもりはないぜ。だからそんな思いつめるなよ」
李典は夢主の頭に手をぽんと置いてにこりと笑った。どうやら蜀のことを思い出して黄昏ていたと思われていたようだ。しかし別に蜀のことを考えていたわけでもなかったのでどんな顔をすればいいかわからず、引きつり気味の笑みを浮かべてしまった。だが彼らの想いは痛いほど嬉しかった。つい先日まで敵同士であったのに、わずか数日だがこの二人には何かとよくしてもらっていたし信頼しあえる関係にあると感じるようにもなった。蜀にいた頃も友と呼べる人はいたが、この状況になってその大切さを知れるとは。
「ありがとうございます。お二人の想いをこの胸に抱いて、曹魏のため尽力いたします」
魏の面々が彼らのように寛容な人たちであると信じたい。楽進や李典は安心したように笑っていた。それを見ていた賈クは夢主という人物の深さに改めて感嘆の声を漏らしたくなった。ただの武人ではない、信念を持って生きられる兵だとしみじみ感じさせられたのだ。
一方、郭嘉は不満げに眉を顰めていた。彼らが夢主に対して好意的であることは目に見えてわかる。それが恋愛感情へと発展するようなことがあれば…おぞましい想像に思わず体が震えた。夢主は私のもので、私は夢主のものなのに。嫉妬に焦がれた彼の姿に気づく者は誰一人いなかった。濁った瞳が唯一見つめる彼女に郭嘉は近づく。
「夢主殿、この扉の向こうで曹操殿が待っているよ。大丈夫かな?」
「えぇ、覚悟はとうにできております」
群青の衣を纏い戦場を駆ける。そんな夢主の姿が彼らにはもう想像に容易いことであった。
彼女の長く険しい地獄への道がいよいよ始まろうとしていることなど、知ることもなくただ人として生きようとあがき続けるのであった。