本編
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名前にとってそれは心痛の極みといってよい報告であった。
曹昂が曹操を守るため戦場で散った。
これを聞いたとき、名前は地方の統治にもちろんのこと専念していたためそのようなことが起きるなどと思ってもおらず、なんと形容するべきか言葉を失い酷く落ち込んだ。
曹操を逃がすため自らの馬を差し出したと聞いたときあぁ、なんと彼らしいことかと納得もしたがそれ以上にやるせなさを感じざるをえなかったというのが現実だ。
もし自分が戦場に居て曹昂の傍におればとありもしない妄想をして悔いるばかりであった。
李晃はそんな名前の姿を見て酷く同情した。敬愛する主君の子を失い悲しみに暮れる姿は彼が名前と出会って初めて見たもので、その落胆っぷりはついに村民達にも暗い影を落とすようになるとより辛いものがこみあげてくるようになった。
そして彼はこういった、「私はここで貴方に変わり県長として任に就きましょう。ですから貴方は曹操殿の下にお戻りください」と。
名前はその言葉を聞き深く悩んだ。この土地がより良い発展をと考えたとき少なくとも自分にはまだやるべきことがあるはずだ、陰鬱な気持ちは確かに抱えているものの仕事をこなすことはできる。
しかし李晃はそれすら見通したように「ここの者達も貴方の辛い顔を見て苦しんでいるのです。貴方が前を向かねば彼らは以前のように笑えぬでしょう。私も民も望みは貴方の決断に曇りがないことであるとご理解ください」と頭を下げた。
いよいよ民すら不安にさせて何が県長だと、名前は自分の弱さを責めた。ただ責めるばかりではいられないということも彼の言葉を受けてわかった。
「後の事はお任せください。なに、民も私も存外強くなりました。貴方が居ずとも上手くやれるでしょう」
「…そうですね。私もこの目でしかと見届けてきたのだから、李晃殿と村民達に今後を委ねましょう。彼らなら貴方とよい未来を作れる」
「えぇ、もちろんです。名前殿が授けたものを決して無駄には致しません。ですから名前殿は己が使命を果たすべく生きてください」
拱手し李晃はにこやかにほほ笑んだのを見て名前は良い友に会えたと心から思い「ありがとう」と一言告げると急いで支度を始めた。
夜が明けてそう経っていない今、静けさに包まれた街道を名前は愛馬と共に駆け抜けた。目指すべき場所は現在呂布と交戦しているという曹操の下だ。
曹操の軍は張繍の勢力との争いにより疲弊していたがその隙をついてきたのが呂布であった。呂布はそのおぞましいほどの武力を持って戦場で恐れられる武人ではあるが脳がないわけではない、手数となっている小沛の地を呂布は攻めるとその猛攻に守備についていた劉備は撤退を余儀なくされその援軍にと夏侯惇と荀彧は遣わされるものの劣勢を強いられていた。
「夏侯惇殿!このままではしんがりもろとも全滅しかねません、退路を切り開くために夏侯惇殿はお下がりください!」
「しかしこのままではほとんどの兵を見殺しにすることになる。退くにせよせめて犠牲を少数にせねば話にもなるまい」
確かに現在の兵力では夏侯惇らは生きられても歩兵達はほぼ死ぬと見える。しかし猛将を多く抱えているわけでもない現在の部隊を見るに犠牲は仕方のないことと受け止める他あるまい、荀彧とて人の心を持ち合わせているが現状を打破するにはやはり、と思う他なかった。
「ふん。所詮は雑魚の集まりか。むしろ今まで上手く立ち回ったことがまぐれだったと思うべきだな」
呂布は攻勢に勢いづき確実に夏侯惇率いる軍勢を薙ぎ払い蹴散らしていく。劉備らは他の将と討ちあっているため曹操の手勢でなんとしても抑え込まねばならないところではあるがそう簡単な話でもない。
「やつの首さえ取れれば指揮は下がりこちらが攻勢に出れるが」
「今は退くことで手一杯です…情けない話ですが」
「…止むを得まいか」
夏侯惇は盤面を切り捨てると覚悟したその時山を駆ける白馬と見覚えのある者が呂布目掛けて足場の悪い崖を降りてくるのが見えた。荀彧も夏侯惇も幻かと驚嘆した、居るはずのない人間がそこにいるのだから。
「呂布の首、私がもらい受ける!」
周りを囲う兵たちの体を身の丈ほどある刀でいとも簡単に切り裂くと白い馬は鮮血を浴び赤く染まるがその馬もまた主人に似てか一度決めると一切の怯えを感じぬ強さと愚鈍さがあった。人の体が真っ二つに裂かれるのも気にも留めず呂布へと勢いよく刀を振り下ろすがやはりというべきか、案の定受け止められた。
「俺に単騎で襲ってくる心意気は評価してやる。だがその無謀さでおまえは死ぬことになる!」
「私は死なん、守るべき主君と仲間がいるのだ!愚かだろうが貴公と死合ってみせよう!」
名前に勝てる算段はなかったが少なくとも死ななければ良いと腹をくくってやり合う覚悟を決めていた。呂布の一撃はあまりに重いが自分とて何ものうのうと過ごしていたわけではないと刀でその一撃を受け止めるが骨が悲鳴を上げ本気で死ぬと悟るに至ったが今ここで応戦しなければ後悔するのは自分だと意気込んで攻撃を振り払った。
夏侯惇はこれを好機と見て兵らに指示を出すと踵を返して馬を走らせた。荀彧も続くがその視線の先には名前の姿があり「どうかご無事で」と何度も念じてつづけた。
しかしその矢先に「父上!」と戦場には珍しい女人の声に気をそらされて呂布の方天戟が名前の頬をかすめる。
「助太刀に参りました!」
「玲綺か、態々来ずとも俺一人でなんとかなったであろうに」
まさか救援が来るとは思ってもいなかった名前はさすがに冷や汗をかいて唾をのんだ。しかもそれが呂布の娘とは、意外にもほどがある人物の登場に名前は焦りつつも顔に出さぬよう努めた。
「(なるほど、呂布殿の娘か。これは骨が折れそうだ)」
「父上、私にお任せを。相手は女、私にも務まりましょう」
互いに馬上で睨み合い様子をうかがった。戦場で女人同士で一騎打ちとは中々みられる光景ではないなと周りも距離を取り二人を見つめた。
呂玲綺の美しさと猛々しさに名前はやるならせめて苦痛が伴わないようにと情けを抱いてしまうほど彼女には魅力があったし、出会う場所がここでなければと僅かながらに願ってしまった。
名前の馬は主の意を汲んだように蹄を鳴らし大地を蹴り上げた。
ただしそれはくるりと体を返して呂玲綺の背を向ける形となったが。
「よし、さすが私の馬だ。意を汲んでくれてよかったよ!」
名前は笑いながら手に持った刀で敵兵をなぎ倒し退路を作り何の未練もないと言わんばかりの笑みを浮かべ逃げ出した。
その姿に呆気にとられた呂玲綺ははっとして馬を走らせ叫んだ。
「武人なら背を向けず戦ったらどうだ!臆して逃げるなど恥だと思わないのか!」
「確かに恥だが私は死ぬつもりはない、やるならもっと良い条件にするべきだろう」
「くっ…待て!待たないか!」
愛馬の俊足に名前は感謝しながら平然と走り去っていった。呂玲綺はその後ろ姿を追いかけるのを呂布に止められると悔しがりながらも命を聞いた。
あんな武人見たことがない、敵に背を向けて笑えるなどどういう神経をしているのだろうか。
しかし呂玲綺は馬上で睨みこちらを殺そうとする名前の恐ろしい顔を思い出すと、自分は死なずに済んだのかもしれないと少しほっとしていたのは気の迷いだと思い頭から振り払った。