本編
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仕事を任せられることはとても喜ばしいことだ。ただでさえ自分のように身内もおらず後ろ盾は曹操しかないという現状において仕事をこなせるか否かは非常に重要であった。
少なくとも周囲が自分を軽んじることのないよう重宝できる人間だと指し示すことはこの世を生きるにおいて非常に上等な手段である。名前は然りて曹操から承った任は小さなことでも大きなことでも真面目に取り組んだ。
だが今回ばかりはそうも言ってはいられなかった。
「殿、やはり私には荷が重すぎます」
「そうとは思わんな。為せないと断言できるほど愚かではあるまい」
名前は憔悴した様子で曹操へと頭を下げるも取り合おうという気はさほどないようで一瞥すると書簡へ目を通し始めたため名前は頭を抱えたくなった。
「信頼されていることも重々承知の上です。しかし統治など私にはあまりにも知識や経験が足りなさすぎるのです」
今回曹操より賜った任は小規模ではあるが地域一帯の統治及び開拓を任せるというのもであった。
幾つか村を有する小さい地域ではあるがこのご時世賊も多いためどのような地域でもそういった統治者は配属されるようにもなっている。なにより敵への抑止も込められているためどのような場所でも状況の把握や伝達は必要不可欠である、その最前線を仕るというのはやはり名前には荷が重いとしか思えなかった。
曹操や曹丕の小間使いとして身辺の世話や警護は任せられてきたし戦場での経験も少なからずあるとはいえどそれらとは全く持って異なる仕事である。
責任能力の有無については名前自身ないこともないが元々その種を目的として支えていたわけでもないため流石に困ったものである。
「荀彧はお主にはそういった機会を与えてやれば面白いことを為すであろうと高く評価しておったぞ」
「過分な評価です。荀彧殿はお優しいですから…」
「では荀彧の目に狂いがあったと」
「う…」
そう言われてしまうと無下にはできなかった。荀彧の人を見る目は確かである、事実多くの人材を推挙しその大半が高い能力を持ち曹操を支えている。名前もその目利きの精度がいかに素晴らしいものかは肌身を持って感じてきてはいるのだ。
なにより荀彧からの進言はそこまで嫌なものではなかったため名前は腹を括るほかなかった。
「…わかりました。しかし再三申しておりますがその手のことは疎いので補佐の者をつけていただけると助かります」
「もちろんそのつもりだ。一人でやらせるつもりはない、人材も手配済みだ」
それでは最初から私を県長にさせるつもりだったのですか、と顔につい出てしまったがそれも見越した上でか曹操は笑みを浮かべていた。
このお方には勝てぬなと一息吐くと「後のことは荀彧に任せている」と彼の下へ行くように諭された名前は拱手しとその場を後にした。
「荀彧殿!」
名前が声をかけると髪を靡かせ彼はこちらに見てほほ笑んだ。相変わらず端正な顔立ちではあるが今回はそれを抜きにして話したいことが幾つもある。
「名前殿、殿との話は纏まりましたか」
「えぇ。しかし荀彧殿、何故私のようなものにこのような機会を…」
「貴方がこのようなところで燻っているのは腑に落ちないと思ったもので、ご迷惑かとも思いましたが殿に進言させていただいたのです。貴方は細事にも目が効きますしこの手のことは上手くやれるはずです」
やはり過大な評価だと思わざるを得なかったが荀彧の澄んだ目に偽りがないことを感じて笑う他なかった。荀彧の善意に応えることこそ今の自分にできる数少ないことであろう。
「私の知り合いを貴方の丞として誘っておきましたのでわからないことがあれば彼を頼ってください。信頼にたる御仁です」
「ありがとうございます。おんぶにだっことならぬように気をつけねばなりませんね」
名前が肩をすくめると荀彧は目を細めて笑った。その目が含んだ優しさはただの善意ではないことに名前は気づきもしなかったが荀彧の笑みを見ゆることができると自然とこれでよいと思えてしまう、彼にはそんな魅力があった。
名前は荀彧を師のように仰ぐ一方、荀彧は身内のように名前へと気を配り良い関係が築けていることは目に見えてわかる。
「しばらくは貴方とも会えない日々が続くでしょうね」
「寂しくなりますね…荀彧殿にはお世話になってばかりですから、そろそろ私も巣立てるようにならないと」
その言葉を聞いた荀彧こそ寂しそうに眉を八の字にした。
「…子離れできないのは私のほうでしょうか」
「荀彧殿がそのようなことをおっしゃるだなんて」
「お恥ずかしい限りです…」
「良いではありませんか、私は荀彧殿に目をかけていただけて幸せ者です。ですからこの御恩をお返しできるよう尽力してまいります」
荀彧と話して意思が固まった名前は改めて拱手し頭を下げた。仕えるべき立場であるだけではいられないとは薄々勘づいてはいたのだ、これも良い機会だと彼の顔を見て納得させることができたのだからそれでよい。つくづく名前も荀彧に甘かった。
「どうか気を付けて、何かあればすぐに伝えてください。力になれることがあれば私も…」
「荀彧殿、子離れするのではなかったのですか」
「あぁ…そうでしたね。いけませんね貴方のことになると少し回りが見えなくなってしまう」
気恥ずかしそうに笑う彼の顔に泥を塗らぬように努めてみせようと名前は決意を新たにした。