本編
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ここに来てから幾つか月を過ごした名前はまず曹操の小間使いとして身辺の世話を任された。さすがにすぐに戦場に送り出されることはなく安堵したのもつかの間、名前は作法だの学問だのに疎いため卞氏から教養を持つようにと様々なことを教えられそれらを上手く吸収した。
名前は現代では大学生であったため今の見た目とは裏腹に思考は少しだけ大人びていたため飲み込みは早かったとはいえど非常に大変ではあった。
文字の読み書きもそうだが衣服の纏い方から人との作法まで多くを学んだが現代的な考えが抜けたことはなく名前は上手く立ち回りはするが染まりすぎないことを重んじた。
あくまで帰るということが前提でありこの時代で死なぬよう振る舞いはするが全てを受け入れるかと言われたらそれはできなかったのである。
卞氏は深い理由はわからなかったが名前が何かを抱えた子だと察すると強要することはしなかった。これには名前も頭が上がらないなと卞氏を敬いそして卞氏も名前を気立ても良く愛想も良いと可愛がったためそれなりに居心地はよかった。
そしてそういった縁もあってか曹家の子の身の回りの世話も任せられるようになるとやがて曹丕や曹昂らとも交流を持つようになる。
曹丕が「名前」と名を呼べは彼女は「はい」と返事をした後すぐに彼の衣服を整えたし馬の手筈も整えた。武器に関しても手入れをこまめにしたし香を焚くにも曹丕が飽きぬよう努め曹丕の口数は少ないが褒美にと果物や酒を賜るようになると少なからず信頼されているのだなと感じるようになった。
しかし曹昂は「名前は少し働き過ぎだ」と気を使いよく遠出にとただの小間使いの身でありながら楽しむ時間も与えてくれた。この時初めて馬に乗ったがその無様な姿を見た曹昂は思わず笑いながらも「少しずつ乗れるようになればいい」と丁寧に馬乗りについて教えてくれたため次第に書簡を運ぶ仕事も任せられるようになる。
こうして見ずとも名前の立場はよかった。曹家の面々は好意的に自分と接してくれるため少なくとも居場所に困ると言ったことはなかった、もちろんそれに相当する働きを誠心誠意行ってきた名前の賜物であることは言うまでもない。
しかしその反面それを面白く思わないものもいるのは確かである、名前はそういったものからの嫌がらせを回避すべくとりわけ鍛錬に励むようになった。
力を持てば子供だからと虐めようなどと簡単に思わないはずだと始めたことであったが剣の扱いも槍の扱いも上手くなかった名前は夏侯惇や曹仁らの手ほどきを受けてそこそこ戦えるようにはなったが戦場にはなるべく立ちたくはなかった。
そんな折曹操は名前が鍛錬に励んでいることを小耳に挟み剣を与えた。あくまで護身用という名目ではあるが殿からそのようなものを賜ることがいかに名誉であるか、名前も無知ではなかったが故戸惑いはしたが有り難く受け取り頭を下げた。
そして名前は二度目となる、殺生を行った。
それは意図したものではなかった、曹操のことを危険視した輩が彼を襲おうと懐から小刀を出して襲い掛かってきたときのことである。
本当に咄嗟であった、曹操が背を向けているところに襲い掛かろうとする男に賜った剣で胸から腹にかけて大きな傷を負わせた。血が噴き出し力を失った男はどさりと地に倒れたところを臣下たちは慌てて近づき男の身元を洗おうと体を掴んだ。
名前はそれを呆然と見つめることしかできずにいた、まさかまた人を殺すことになろうとは。
自分は戦場には立たないと思っていたし人を殺めるなどもってのほかだと思いたかったのに、曹操の命の危険に対して体が勝手に動いていた。死んでほしくはなかったのだ、彼には多大な恩があるし何よりこの人は今の世に必要だと心得ていた。この御仁を失うことがいかに恐ろしいことか心が理解しているのだ。あぁ、引き返せない場所まで来てしまったかと名前は血に塗れながら震えた。
「名前よ、大義であった。よくわしの命を守ってくれたな」
曹操は名前の頭を撫でてそう言うと自分を殺そうとした相手に近づいていった。
この時名前は身をもって感じたことがある。
殺しは決して悪ではないこと。生かされるべき命には順序があること。
そして曹操を守るために命を使うことを恐れる必要がないということであった。
生きて帰るという名目がこれ以降薄れていくことになる、それは後戻りのできぬことと同義であったが誇りはその道を黒く塗りつぶし覇者の道に正義があると指を指しているのだから、それが正しいと信じる他なかった。