▶荀攸
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それは戦場でのことであった。
荀攸は自らの持ち場を移動すべく幾らかの兵を連れて馬で駆けている最中奇襲にあってしまい兵らは混乱し荀攸も乗り合わせていた馬が矢で射られ振り落とされてしまった。受け身を取って武器を構えたものの敵の数と現在の混乱した状況では明らかに自分たちが不利であった、敵兵が幾人かこちら目掛けて武器を振り下ろそうとした瞬間、頭上に影が走った。
そして目の前で馬に頭蓋を踏まれ刃で人体を裂かれ血しぶきが舞う。美しく髪を靡かせ荀攸を守らんとするその人こそ。
「大事は有りませんか、荀攸殿」
馬上から自分を見下ろして彼女は微笑んでいた。その姿に荀攸の心を揺さぶられて魅入ってしまう、なんと美しいのだろうか。その微笑みには戦場にいることを忘れさせる柔らかさを持ち合わせつつ返り血がよく似合っている。逆光により彼女はまるで神のようにすら見えた。光が、風が、彼女を支え彼女のもののように振舞うのは夢うつつではないと恐ろしくも思えてしまった。
光を帯びた名前の姿は荀攸の救いに他ならなかった、この混迷した世界で確かに存在する希望は貴女だったのかと妄信するが如く見惚れ心を奪われた。
時は経ちそのことなど名前の中では過ぎたことになろうとも荀攸は忘れられずにいる、否、これが始まりだったのやもしれぬ。
荀彧が名前はよく働き性別の垣根を超え人の心に寄り添う素晴らしい人間だと褒めたたえていたことを思い出しつつそれに強く同意するほど荀攸は名前に心酔している節があった。しかし荀攸は名前に自ら声をかけようとは思わず遠巻きから眺めていた。もちろん困ったことがあれば力を貸したしその度礼を述べ笑みを浮かべる名前に惹かれていくのを実感しつつもただの見守り続けている、自らの欲望を宛がうことなど考えもしなかった。
しかし名前は悪意なくまた自らに近づき告げるのだ。
「荀攸殿が居てくださってよかった」
その言葉が大した意味を持たずとも心が震えてしまうほどのめり込んでいる事実に思わず笑みがこぼれた。あぁ、この方が好きでたまらないのだ。その瞳の先に醜いほど貴女を好きな私がいるというのに、それすら許せてしまう。
名前より美しい顔の人間などそこらにいるだろう、しかし心ばかりは彼女に勝らない。名前とて人間だ、浅ましい欲を抱えていないわけではないだろう、しかしそれすら愛おしく思える自信があった。
恐らく名前は荀攸を庇護する対象と見ているのだろう、彼女は武勇において荀攸を勝ることなど誰もが理解している、荀攸自身もだ。力を持つものは弱者を守ってやらねばならないというエゴが温情によって人の目に見えていないだけ、そして名前は自覚もなしにそうしたことをしている。受け手によっては様々な答えを持つだろうが大抵優しいだとか慈悲深いというのだろう、ただ荀攸は察していた。これも欲望なのだ。欲望の対象にちょうどいい相手が自分だった、守ってやれることが彼女の誇りで武器であることを思うと誰かに寄りかからなければ生きてはいけない。
しかし人などそんなものだと長い時を生き理解している荀攸はそういった名前の姿も愛らしく見えて仕方なかったのだろう。そして自分を救うためなら迷わず命すら投げ出す従順さ、それに呼応するかのように彼もまた名前にとって都合のいい人間であろうと無意識で努めているのだからこれは相互依存といっても差し支えない始末である。
そしていよいよ二人の感情の高ぶりは極まったのだ。
「荀攸殿ならお察しかもしれませんが、私が荀攸殿にその…特殊な想いを抱いていることなのですが」
呼び出され名前はそう、恥ずかし気に頭を掻きながら荀攸へと言葉を紡いだ。とても繊細に、奥ゆかしく彼女は荀攸に想いを吐露する様に胸が熱くなり珍しく驚いた顔をすると名前は少し嬉しそうにほほ笑んだ。
「貴方のそういった顔がこれから先お傍で見られたらとても嬉しいなと、思っているのですが」
その先の言葉を求められていることは容易に理解できた。もちろん荀攸には拒む理由などあるわけもなく目を伏せた後、改めて彼女の顔を見ながらこう言った。
「俺も名前殿に言いあわらせぬほど強い感情を抱いています。本来俺が言うべきであったのに、先を越されてしまって面目ありませんが、それでも宜しければこの先共にあっていただけませんか」
「…えぇ、えぇもちろんです。共にありましょう。荀攸殿は私が必ず守ってみせます」
少し荀攸より背の高い名前は荀攸を包むように抱きしめると彼女の首筋に顔を収めながら荀攸は穏やかに笑みを浮かべた。
この愛情が人並みの物でなくともそれで良いのだ。むしろそれで成立しえる自分たちの関係のなんと面妖で甘美なことか。
背に手をまわし名前を抱きしめ返す荀攸はこのどの光にも勝る存在を手放さぬことは永劫にないと誓い、自分と名前を縫い合わせるように日々を過ごしいずれは一つになれることを祈り目を細めた。