本編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
曹操は反旗を翻し敵となった呂布の掃討に力を尽くし幾度かの交戦の末に呂布の軍勢を退けると呂布は下邳城へ籠城した。かの軍勢の中には曹操の軍に属していた陳宮もいたが今や彼の知略ではどうにかなるような状況ではなく、ましてや籠城によって呂布や娘である呂玲綺も力を発揮できるわけもなかった。
名前は後方の部隊に混じって郭嘉、荀攸らの提案した水計により敵兵らの弱まりが躊躇に現れていくのを遠巻きに眺めていた。呆気のない幕引きであっただろう、あの時刃を交えた武人はしばらくすればもうこの世にはいないに違いないと名前は他人事のように思っていた。呂布のことだ、娘のことは逃がしたにせよ自身の誇りを選んで曹操への従うことを拒むに違いないと何となく察していたためこの戦において得る曹操の利とは恐ろしく強大な化け物を討ったという結果で締めくくられるにせよそれだけでも大きな戦果になろう。
そしてこうしたことが今後も続いていくのだろう、戦がない日が果たして来るのかなど誰にもわからない。こんな日々が当たり前になり自分がいた現世が霞んで夢うつつだと思えてしまう頃には本当の意味で後戻りなどできなくなって、後とはなんだったのかと疑問に思うようにすらなってしまえばもはやそれも幸福なのか。
名前にはわかるようなことではなかった。生きていることが幸福なのか、死んで成し得ることが幸福なのか。抗う敵勢を見れば見るほど自分の人生の行く先には光があるのかなど、わかりえるわけがなかった。
「名前殿、そろそろ追討のため出陣願えますか」
不意にかけられた声に肩をびくつかせながら振り向くとそこには荀攸がいた。
荀彧の甥で董卓の悪政に対して反骨の意を示したことで投獄されたものの後に助け出され現在では曹操に知勇を持って支える重要な策士である。名前はここ最近彼の指揮の下戦う機会が多いがその人となりについてはまだ薄ぼんやりとしかわかってはいなかった。過去の出来事からか口数は多い方ではなく名前も多少話はしたがほぼ戦場でのことばかりだ。とはいえど他者に比べたら話しているほうなのだろう。とにかく荀攸の指揮は自分にとって動きやすかった、その度素晴らしい才だと荀攸を褒めたたえると遠慮がちに「恐縮です」と表情貧しく答える彼を見るとなんだか自分のほうが申し訳なく思えてしまうものだ。
「こちらで手練れの兵は用意していますので名前殿が先陣を切ってくだされば彼らも後に続きましょう」
「了解しました。しかし何から何まで手配させて申し訳ない」
「お気になさらず。それが俺の役目ですので、名前殿に上手く立ち回っていただくためにできることを少なからずしているだけです」
「それができることすら素晴らしいのです。視野が広いというのは万人が持つ力ではありません、おかげで私は大きな怪我をせずここまで来れている。荀攸殿がいらっしゃったおかげに他なりませんよ」
そう言い切る名前に恥ずかし気に目を逸らした荀攸はやはり名前の称賛にむずがゆさを感じているのだろう。未だ慣れることはあらずどうしてもその言葉にざわつくものがある。名前の言葉には嘘偽りがまるでないことは今までの会話から容易に見て取れる、これほど純粋な言葉と目の光は荀攸には少し眩しかった。
「ですから今回も無事帰って来れると思っております。どうか武運を祈ってくださいませ」
「えぇ、もちろんです。貴女のような武人をそうやすやすと失うわけにはいきませんので」
名前の影響かはわからないが荀攸も名前に対してストレートな物言いをするようになったのは良いことだろう。名前は彼の言葉を聞き驚いた後少し微笑みその言葉をしかと受け止めた。求められている限りは安寧なのだろう、例え戦場に身を置きいつ何時死が訪れようと死の恐怖よりも生きて帰る場所への渇望で満ちるなら恐れるものは何もないと身勝手に思ってしまえばよい。
敵勢を見て憂いを帯びていた名前の顔つきが晴れていくのを見た荀攸は少しだけ微笑んだ。それは誰にわかるわけもない小さな変化だったし名前にもその表情は見て取れなかった。彼の内には自分に持たざる光を持った名前を生かし希望としたい感情があったのやもしれない、それは持たざる者なりの羨望であり同時に願いだった。
荒んだ戦場の中で名前だけは別の何かを抱いてることは多くの者が知っている、荀彧や郭嘉も、曹丕や曹操らもそれを承知で使っているのだが荀攸は彼らが名前に期待する理由が少しだけわかった気がした。
「では行って参ります」
「はい、どうかご武運を」
穏やかな瞳がもうすぐ獣のそれに変わるとしても、彼女の現実を確かなものにするのであれば惜しみなく力を貸してやりたいと荀攸は密やかに想いながら彼女の背を見送った。