▶郭嘉
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名前が郭嘉の専属の文官として就いてそこそこ日数が経った。
本人が特に希望したわけではなく以前よりも名前がこちらにまわされて郭嘉は真面目に取り組むようになったことが主だった要因だとは思われるが、郭嘉が名前をえらく気に入って荀彧に自分の下で使わせてほしいと頼んだことは名前は知る由もなかった。
とはいえど待遇に不満はなく仕事も滞りはない、郭嘉は多少執務に対して緩いところがあるものの名前が問えばすぐに答えを返すし同じ執務室にいる限りは談笑をしながらではあるが真面目に働いているようではある。酒を酌み交わして語り合ったこともあってか意気投合して仕事に取り組めたので名前は異動を願い出ることもまずないといった好ましい状況である。
今日も職場へ向かう名前はたまたま曹家の抱える女官と顔を合わせ廊下で世間話にしゃれ込んでいるとあちらで小間使いとして働いていた日々が随分と昔のように思え懐かしい気持ちに囚われる名前に女官は興味津々といった様子で郭嘉のことについて尋ねた。
「ねぇ、郭嘉様はどのような方なの?私、一度も話したことがないのよ」
「そうだったのか。意外だな、郭嘉殿はおまえの好みだと思っていたから早々に手を出すかと思っていたけれど」
「もう!そんなこと言わないでよ」
「ははっ、すまんすまん。んー…そうだなぁ…郭嘉殿ね、思っていたよりも人間味のある方だったかな」
「どういうこと?」
「もっと神秘的な方だと思っていたけど普通に人の子だったってこと」
「貴女の目から見たらほとんどそうに見えてそうだわ」
「随分な言われようだな…」
「あまり期待しないほうがよかったかしら、でもいずれはお話ししたいと思ってるのよ!貴女しか頼りはいないんだから!」
「はいはい、善処するよ」
名前は手を振りながら小走りで去ると「真面目に聞きなさいな!」と怒りながらキーキー喚く女官を尻目に執務室へと逃げるように走った。
あの手の話題を振られることはそう少なくもないのだ。名前は小間使いとして働いてた頃から女官達とも縁があり世話にもなったし、新入りの世話もしたしで持ちつ持たれつの関係であった。今でも会えば話すしあちらも自分と郭嘉の橋渡しにと名前を使おうとしたりはするがそれをひらりとかわすのはなんとも罪悪感のある行為ではあるがなんせ郭嘉は自分の上司なのだからそのような話題を持ち込むのはいかようなものだろうか。
彼は女性に持て囃されるのは嫌いではないだろう、むしろ好ましく思っているのは噂云々を聞いててすでに知るところにある。
ただ最近は女性ともそれほど密にしていないという、非常に大人しくなったと荀彧は喜んでいたが同時に心配もするほどと言ったら中々なものだろう。
遊び好きな人間が急に大人しくなると誰だって不思議に思うはずだ。名前とてその一人に過ぎぬが、仕事に取り組む姿勢を見ているとこれこそが本来の務めだろうと考えるわけで、咎める要素もないのが事実だ。
「郭嘉殿、失礼します」
いつも通り執務室の扉を開くが郭嘉の姿はなかった。
人間何ぞそう簡単には変わらないかと名前はある一種の安堵を覚えて大人しく席へつくことにした。しばらくしても来る様子がなければ探しに行こうと決めて名前は真剣に仕事に取り組んだ。
それからしばらくしてきぃと扉の音を立てて郭嘉が執務室に現れると顔を上げて名前は彼を見つめながら苦笑した。
「やっと来てくださいましたか」
「すまないね。執務に滞りはないかな」
「今のところは問題ありません、郭嘉殿の分はまだ残っておりますので手伝っていただけると幸いなのですが」
名前は郭嘉の言葉を聞いた後、視線を手元の書簡に移し文を読み返した。
本当に勤勉なことだ。上司がいても媚びへつらうわけでもなく実直に職務を全うする名前の姿に目を細めながら郭嘉は静かに傍へ寄った。
それでも名前はこちらに目を向けることはない、足音すら彼女に耳には今や入る隙も無いのだろう。それとも何もされることがないと信頼しきっているのだろうか。
恐らくどちらも正解だ。名前は郭嘉を無条件に信じうる愚かさがある。それは郭嘉という人間がただの人だと知った時からそうであっただろう。
「名前殿」
呼びかけると名前はこちらに目を向け不思議そうに眼を瞬かせた。
郭嘉はするりと自らの手を彼女の肩に乗せつつ椅子の上に座る名前の膝の上に跨り見下ろした。もちろん名前はその様子に呆気にとられ言葉を失っている。
「か、郭嘉殿。何を」
「ようやっと私に目を向けてくれた。ずっと書簡ばかり見ているから」
「嫉妬、でしょうか」
「そうだね。けれどそれだけではないよ」
肩に乗せていた手を首筋を伝い頬を包んだ。そうしてじっと名前の瞳を見つめる郭嘉に妙な汗が伝うのを感じながら名前は郭嘉の言葉を待った。その従順な様を愛おしそうに見つめながら彼は言う。
「私が最近思い焦がれている人がいるのを貴方は知らないだろう」
「えぇ…その様な話は初めて聞きました」
「実はその人は私に多くを曝け出してくれていると思っていたのだけれど、そうでもなかったらしくてね」
頬をなぞる指先が妙に冷たく感じて身をよじらせるも郭嘉は名前の上から離れようともせずむしろその指先は徐々に移動し目元をなぞるとさすがの名前も恐ろしさが込み上げてきた。
「女官とあれほど楽しげに話しているとは思わなかったよ。私の時とか違って随分と砕けた話し方もしていたし」
「見ていらっしゃったのですか」
「たまたまだけれど、けれど見れてよかった。貴女は私に隠していることが多すぎる」
ぞっと背筋が凍る。その目に見透かされそうな自分の中の秘密が暴かれることへの恐怖が名前を支配した。自分の出生云々は墓場まで持っていこうと決めていた。この時代の誰にも知られる必要もない、ただの偶像のような過去を告げたところで自分が危ぶまれるだけだ。しかし郭嘉はそれすら見透かすように自分をじっと見つめてほほ笑んでいる。一体何が彼をここまで突き動かすのか理解しかねた。
「貴女の皮膚を削いで中身を抉れば真実は見えるのかな」
狂気じみたことを平然と言う郭嘉に何と問えばよいのか。名前は大したことのない脳を捻って言葉を紡いだ。
「郭嘉殿は、私に何故そこまでご執心でいらっしゃるのですか」
「好奇心、なのかな。今はそれだけでは済まない感情を持ち合わせている気がするけれど」
「それはまた、面妖な」
身をよじらせても郭嘉の太ももと擦れるばかりで状況は宜しくはならなかった。
この郭嘉の様を見て動揺せずにいられるほど名前は強くはない。ただ冷静にあろうとする自分とそれを突き壊そうとする彼との間で酷く揺らいでいることに間違いはなかった。
「あぁ、それと私のことは郭嘉と呼んでほしいな。本当は字で呼んでもらいたいけれど貴女はすぐにそうしてはくれないだろうし」
「何故…」
「そういう関係に至りたいからだよ。後話し方もあの女性にように気を楽にして、堅苦しいのはもう抜きにしよう」
「ええと」
「わかったね」
郭嘉の眼差しが鋭くなると同時に指先にも力がこもり心臓がぎゅっと鷲掴みにされたように息を止めた。有無を言わさぬことなどなかったわけではないが、今までとは到底違う狂気があった。普段穏やかに笑う彼の笑みは何だったのかと疑問にすら思えてくるほど冷たく、だが落ち着いていたものであった。
「わかった、わかったから離れてくれ」
「重いかな」
「そうじゃないんだが」
名前は一刻も早くこの奇妙な時間が終わってくれと願うことしかできなかった。
その揺らいだ瞳すら溶かしてしまいたくなる衝動に駆られてもなお名前を強く求めるのは何故か、その想いの全てが彼女の身に染みるまでどれほどかかるだろうか。
「私は貴女を逃がさないよ。ここに来てしまったことを悔いながら溺れてしまえばいい」
そう言い放つと名前の唇を奪い手を背にまわしながら郭嘉は唯一無二のものを得る快感に身を焦がし、彼女の全てを食らってやりたくなった。