本編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
うつらうつらと意識が覚醒していくにつれてまず一番に感じたものは妙な匂いであった。
鉄臭いというのか、生臭いというべきか、とにかく嗅いだことのない臭いが鼻を刺激した。
嫌悪感を感じながらも目を徐々に開くと眼前には恐ろしい景色が広がっていることに名前は絶句せざるをえなかった。
人の死体がそこら中に散らばっている。
それが猟奇的に殺されたわけではないことはおおよそわかるが異常な光景であることは確かでこんなもの映画のワンシーンで見ることがあるかないかという次元の話になってくるわけで、彼女は後退りするもののその足はまた別の死体にぶつかり見下ろしてみるとその骸の主人はもはや空虚を眺めて動くことはないのだとひしひしと感じ身の毛がよだつ。
おかしい、全てが明らかにおかしな光景だ。
これが撮影の合間だとしてもあまりにリアリティの高すぎる産物だ、それに自分がそんな現場に居合わせる理由もない。
とはいえども全てが作り物にしては広大すぎるのだ。目を向けた先のほとんどが凄惨なものである。態々こんなことをせずとも今の時代CGでなんとでもできよう、そう今の時代なら。
「なんだ餓鬼か。いや…でも、ちょうど憂さ晴らしにはいい」
声の向く方へ顔を上げると痩けた顔の男がこちらを見ているではないか。
ただ眼を見てみるとそこそこ正気ではない様なのは理解できた、瞳孔が開いてまるで死人のような顔でじぃっと見つめているのだ。
ジリジリとこちらに寄りながら手に持っている剣を構えている姿を見てあぁマズいぞと脳が言っている癖に体は動いちゃくれない。
本気で殺そうとしてるのか、こちらはなんの変哲もない大学生だぞ。なんて言い訳をしたところでと思わせてくれるほど状況が悪かった。
「ついた主人が悪いばっかりになんでこんな目に俺が合わなきゃならねぇんだよ」
悪態を吐きながら剣が振り上がろうとしているのを見て死を悟りつつも嫌だと体は無意識で動き出した。
骸の横に突き刺さっている剣を引き抜いて奴の首元目掛けて剣を振った。奴はまさか動いてくる思っていなかったのか眼を丸くしながら喉元を裂かれて呆気なく血を吹き出して倒れた。
顔が熱い、血を浴びた。これは本物の血だろうか。
大した動きをしたわけでもなかった癖に呼吸が定まらず胸は上下した。
自分が人を殺したという実感など得て嬉しいものではない。これが夢であってもなんと居心地の悪い夢かと思うであろう。
しかしあまりに生々しい感触は今なお残っている。
一生人など殺めるわけはないと思っていた名前にとってこれは受け入れがたいことであった。現代人ならほとんどのものがそうであろう、人をあんな風に切り殺すなど縁があってたまるものか。
ひぃひぃ息が上がりながらぼうっとしていると大地を蹴り上がる音が聞こえてきた。それが徐々にこちらへ近づいてくるのを聞いてやはりゾッとした。
今度こそ殺されてしまう。
蹄の音は自分の背後でピタリと止まって馬とその騎手の影が自分を覆う、死を覚悟したくはないが意を決して名前は振り返る。
「ほう、物盗りか。にしては随分と胆力のあるものよ」
男は自分を見下ろしてどこか満足げに笑っているではないか。
しかしその男を見た時何か風が吹くような不思議なものを感じた、この男はそこらの人間とは違うものを持ち得た特殊な人間なのだろう。
「そこの男を殺めたのだろう。お主、名はなんと申す」
ぎょっとした。こんな状況で名前を聞かれるとは思わなかった。ただでさえこんがらがっているというのになんとまあ二転三転することだろうか。
「名前です」
ごくりと唾を飲んで名を言うとそうかとまた笑って見せた。
その顔を見て名前は不思議と安堵していた、殺す気はないことも明確であるがそれ以上にその人物の器を垣間見た気になってどこか誇らしい気持ちにもなってしまった。
「名前か。ふむ、見たところ身内はおらんと見えるが」
「え、えぇ…そう、かと」
なんとも曖昧な返事をしてしまったと思いつつも事実自分の身内が近辺にいるということが根拠なく言えるわけでもなかった。ここが自分のいた世界とまるで違うのであればいなくとも不思議ではないがそれが確証を持っていえるか今なおわからず仕舞いであるから仕方のないことであろう。
しかしその言葉を聞いてもその人は少し不思議そうな顔をしたものの「ならば」と言葉をつづけた。
「わしの名は曹孟徳、覇道を行きし者よ。身寄りがないのであればお主の力、わしのために使ってはみんか。何、悪いようにはせん」
曹孟徳、どこかで聞いたような名であるが日本人ではないことだけは理解できる。それだけで良いのかもしれない。ともかく生きねばならない、そうしなければ何も果たせない。仮に世界が違っていたとしても帰るという目的のためには命あってこそだ。
彼の言葉に淀みなく名前はこう返した。
「はい。私をぜひ、お連れください」
現状を嘆く暇などないのだと骸の山が指し示していた、私が殺した人もまた嘆くではなく何かを掴もうと足掻いていたのだろう。私も足掻かねばならない、この男の行く先で生き抜いて必ずやと名前は頭を下げながら決意したのであった。