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2.夏の終わりに

ある夏の日の放課後。全国大会を控えたテニス部の空気はいつも以上に痛かった。A組の真田君の叫び声がよく聞こえてくる。なんなら教室にいたって聞こえるくらい。
私は週に2回くらい、こっそりテニス部の様子を見に来る。グラウンドからは見えないくらい、端の方で、フェンス越しに。目当て……というとどうにも下卑た感じがするけれど、それでも、私の目当ては柳生君ただ1人だった。
自分でも、気持ち悪いことをしているなぁ、と思う。きっともう、柳生君は私のことなんか忘れている。私よりも親しい人も沢山いるだろうし、大切なものもいっぱい抱えているはずだ。分かっている、そんなことは。それでもなぜか、未練がましくいつも見に来てしまう。
部を引退して、残るは勉強のみになった自分は、もう守るべきものも、背負う覚悟もない。柳生君とは全然違う。釣り合わない。隣に立てない。今、彼の隣にいるのは、銀髪で長髪の、つり目の、少しばかり不良の、あいつ。
沈んだ気持ちを自分の奥深くに押し込めて、グラウンドの方を凝視した。すると、何か見覚えはあるけれど記憶にはない黄色くて丸いものがこちらへ猛スピードで向かってくるのが見えた。見えたというか、目の中に飛び込んできた。
ガシャァアン!私は思わず自分の頭を後方に引っ張られて転んで尻もちをついた。そして、今何が怒ったのかを確認した。どうやら、テニスボールがすっ飛んできて、フェンスに思い切り当たったらしい。
珍しい。そんな派手なエラーをするような人っていたかな。そんなことを考えながら痛めたお尻の埃を払って立ち上がると、また見覚えのあるものがやって来た。
「おーい!大丈夫かー?」
明るい赤色の髪を揺らして駆けてくるのは、同じB組の丸井ブン太君だった。
「悪ぃ悪ぃ、ウチの部員の打った球が……って、あれ?」
丸井君は私の方を数秒見て言った。
「お前、俺と同じクラスの椎名……だったか?」
「え?あ、ああ……うん」
丸井君とはあまり仲が良くはない。というか、ちゃんと話したことはないし、面と向かったことさえなかったかもしれない。私とは違って、丸井君はクラスの中心みたいなタイプで、人気者で、私みたいな普通の地味な人間は敬遠しがちだから。
「だよなぁ。何でテニス部なんか見に来てんの?確か、ゴルフ部だっただろぃ?」
知ってたんだ……、と驚きつつも、何と答えたらいいか分からなかった。
「えっと……、全国大会前で練習が白熱してたから、つい気になっちゃって……?」
適当な言葉を探して答えた。
「ふーん、そっかぁ。ま、確かに真田のあの様子なら、気にならないわけねぇもんな!」
丸井君はニカッと笑って、それから急に慌てた顔で
「って、早く練習に戻らねぇと俺が真田にキレられんじゃん。じゃあな!ボールには気をつけろぃ!」
と言って、先の球を拾い上げて駆け戻っていった。
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