短編
「酒に走る男は、性的に欲求不満なんだそうだ」
二人きりの夜のことだった。
未だ寝床としている犲寮の自室で、酒を飲もうと徳利を口元に運んでいた、まさにその瞬間だった。
地を這うような不機嫌な声が聞こえて、鷹峯は顔を上げた。
「……どこで聞いたそんな話」
思わず徳利を机に置く。
鷹峯の視線の先では、かつての上官が我が物顔で寝台を占領していた。
軍服を脱ぎ、殿茶色の着流しを身につけたその姿は、普段に比べてどこかゆったりとしていた。ベッドヘッドに背を預け、すらりとした脚を緩く組んでいる。隙がないことは今も変わりないが、張り詰めた空気はなく、少なからず寛いでいることがわかる。
だが、それでいながら、彼・安倍蒼世はその目を鋭く細め、鷹峯を見ていた。
「さぁな。忘れた」
「…………」
一年前に比べて短くなった髪を耳に掛けながら、蒼世は軽く鼻を鳴らす。下らないことを聞くなと、言外に責められている心地になった。
「……で、何が云いたいんだ」
完全に酒を飲める状況ではなくなってしまった。鷹峯は溜め息をつきながら立ち上がると、蒼世へと近付いた。不機嫌の理由を探って、早いうちにご機嫌取りをしなければ、後が面倒なことになる。
「お前は、私の何が不満なんだ」
寝台に腰掛け、斜め後ろを振り返ると、冷たい声がそう告げた。
「……は?」
思いもよらぬ答えに、鷹峯は面を食らった。
「私との行為に不満があるから、未だに酒浸りなのだろう。お前は」
「ちょっと待て。どうしてそういう話になる
んだ。だいたい、欲求不満だから酒に走るなんて話、根拠はどこにある?」
「あながち間違っていないと思うがな」
「俺はそんな理由で酒が好きなわけじゃねぇぞ」
舌打ちしそうになる己を抑え込む。そんな鷹峯の忍耐を嘲笑うように、蒼世は云った。
「そうか? 現に今、お前は私を放置して酒を飲もうとしていただろうが」
蒼世の目がさらに細められ、鋭利な刃物のように光りながら鷹峯を射抜いた。
ああ、不機嫌の理由はそれか。
要は、鷹峯が自分を構わずに酒を飲もうとしていたことが気に食わなかったのだ。
ようやく原因を突き止め、鷹峯は肩の力を抜いた。
「……酒は一口だけにするつもりだった」
「後からなら何とでも云える」
「悪かったよ」
謝罪しながら、蒼世の右手を取る。その指先に口付け、顔を上げた。
「俺が、不満なんぞ覚えるわけねぇだろう」
「……当然だな」
蒼世が笑う。それは不敵で、なおかつ蠱惑的な笑みだった。
「この私を抱かせてやっているんだ。不満など、許しはしない」
蒼世が脚を組み替える。その動きに合わせ、着流しの裾がずれ、白い脚があらわになった。それがわざとだと知る鷹峯は、同時に蒼世の意図にも勘付いた。
寝台に乗り、蒼世の脚に身を寄せる。
膝頭に唇で触れ、そのままふくらはぎを伝って足首へと移動する。足の裏に手を入れて持ち上げ、その指の一本一本を口に含む。
ふるりと蒼世の肩が震える。甘い吐息が漏れ、鷹峯の理性を徐々に溶かしていく。
「俺が溺れているのはお前だけだよ、蒼世」
終
二人きりの夜のことだった。
未だ寝床としている犲寮の自室で、酒を飲もうと徳利を口元に運んでいた、まさにその瞬間だった。
地を這うような不機嫌な声が聞こえて、鷹峯は顔を上げた。
「……どこで聞いたそんな話」
思わず徳利を机に置く。
鷹峯の視線の先では、かつての上官が我が物顔で寝台を占領していた。
軍服を脱ぎ、殿茶色の着流しを身につけたその姿は、普段に比べてどこかゆったりとしていた。ベッドヘッドに背を預け、すらりとした脚を緩く組んでいる。隙がないことは今も変わりないが、張り詰めた空気はなく、少なからず寛いでいることがわかる。
だが、それでいながら、彼・安倍蒼世はその目を鋭く細め、鷹峯を見ていた。
「さぁな。忘れた」
「…………」
一年前に比べて短くなった髪を耳に掛けながら、蒼世は軽く鼻を鳴らす。下らないことを聞くなと、言外に責められている心地になった。
「……で、何が云いたいんだ」
完全に酒を飲める状況ではなくなってしまった。鷹峯は溜め息をつきながら立ち上がると、蒼世へと近付いた。不機嫌の理由を探って、早いうちにご機嫌取りをしなければ、後が面倒なことになる。
「お前は、私の何が不満なんだ」
寝台に腰掛け、斜め後ろを振り返ると、冷たい声がそう告げた。
「……は?」
思いもよらぬ答えに、鷹峯は面を食らった。
「私との行為に不満があるから、未だに酒浸りなのだろう。お前は」
「ちょっと待て。どうしてそういう話になる
んだ。だいたい、欲求不満だから酒に走るなんて話、根拠はどこにある?」
「あながち間違っていないと思うがな」
「俺はそんな理由で酒が好きなわけじゃねぇぞ」
舌打ちしそうになる己を抑え込む。そんな鷹峯の忍耐を嘲笑うように、蒼世は云った。
「そうか? 現に今、お前は私を放置して酒を飲もうとしていただろうが」
蒼世の目がさらに細められ、鋭利な刃物のように光りながら鷹峯を射抜いた。
ああ、不機嫌の理由はそれか。
要は、鷹峯が自分を構わずに酒を飲もうとしていたことが気に食わなかったのだ。
ようやく原因を突き止め、鷹峯は肩の力を抜いた。
「……酒は一口だけにするつもりだった」
「後からなら何とでも云える」
「悪かったよ」
謝罪しながら、蒼世の右手を取る。その指先に口付け、顔を上げた。
「俺が、不満なんぞ覚えるわけねぇだろう」
「……当然だな」
蒼世が笑う。それは不敵で、なおかつ蠱惑的な笑みだった。
「この私を抱かせてやっているんだ。不満など、許しはしない」
蒼世が脚を組み替える。その動きに合わせ、着流しの裾がずれ、白い脚があらわになった。それがわざとだと知る鷹峯は、同時に蒼世の意図にも勘付いた。
寝台に乗り、蒼世の脚に身を寄せる。
膝頭に唇で触れ、そのままふくらはぎを伝って足首へと移動する。足の裏に手を入れて持ち上げ、その指の一本一本を口に含む。
ふるりと蒼世の肩が震える。甘い吐息が漏れ、鷹峯の理性を徐々に溶かしていく。
「俺が溺れているのはお前だけだよ、蒼世」
終