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3【交わる刃】



 ハンターが依頼を受け、仕事に出るための手順はいくつかある。最も多いのは、自身が所属するギルド、あるいは龍歴院などの研究機関を介してもたらされた依頼を自ら選択することだ。それ以外の、特に緊急性あるいは重要性を要すると判断されたものに関しては、直接ギルド側から要請がくることもある。鷹峯が蒼世の救助に向かった件は、後者だった。龍歴院より、ギルドを仲介して依頼を受けた。

 龍歴院の敷地内に到着し、鷹峯達は真っ直ぐ広場にいる受付嬢の元へ向かった。この広場は、龍歴院がハンターズキルドに提供しているもので、ハンター達がギルドからの依頼を受ける手続きをするための場所だ。手続き後、すぐにでも出発できるように、店や加工屋、それからベルナ村のようなアイルー屋台もある。ちなみに集会所のアイルー屋台は、アイルービストロという名前で、恰幅のいいコックが料理を提供してくれる。
 依頼の受け方は簡単だ。受付嬢にどのような依頼があるかを聞けば、己の力量にあったレベルの依頼を教えてくれる。ちなみにこの依頼だが、ハンターは採取・狩猟・捕獲、全ての依頼をまとめてクエストと呼ぶ。大型モンスターの狩猟など、大きな危険を伴うクエストは、それ相応の力と実績を持つ者だけに託される。それは、ただでさえ命を落とす可能性の高いハンターという仕事の中で、少しでも彼らの命を守るためにハンターズキルドが定めていることだった。
 
 石造りの小さなドームに、受付嬢はいる。近付くと、彼女はこちらに気付き、顔を上げた。まだ幼さの残るその顔を、笑みの形に綻ばす。その唇が、「こんにちは」と動いた。
 ハンターズキルドに寄せられた依頼をハンターに伝える役割を担う彼女達受付嬢は、この龍歴院のみならず、主要な村々にも存在する。鷹峯は今まで龍歴院を訪れる機会がなかったため、彼女に会ったのは斬竜討伐へ向かう日が最初だった。もうすっかり、顔も名前も覚えられている。当然、蒼世とは既知の仲だ。
「蒼世さん! わー! ここで会うのはお久しぶりですね!」
「ああ」
「お体はもう大丈夫なんですか?」
「問題ない。それで、依頼を」
「はい! では、こちらを……」
 受付嬢が、後ろに控えていたアイルーから大きな書物を受け取る。そこに、現在もたらされているクエストが全てまとめられているのだ。それを開き、受付嬢はページをめくる。
「えーとですね……緊急を要する依頼は今のところないので……んー。蒼世さんにお願いするとしたら……あ、そうだ。ぜひこれを」
 一つのページで手を止め、彼女は紙面をこちらに向けた。そこには大きな付箋が貼られ、依頼の内容が書かれていた。依頼人の名前から始まり、狩りのターゲットと依頼の理由に目を通す。依頼主は、古代林で調査を行っている龍歴院の研究員だった。
「マッカォの群れが増えた?」
「ええ。複数のドスマッカォが確認され、群れで辺りの獲物を食い散らかしているようです。周辺の生態系への影響が懸念されています」
「依頼は、二つの群れの狩猟か」
「はい。メインターゲットはドスマッカォ二頭。可能であれば、マッカォの狩猟もお願いします。危険度は低いとはいえ、群れですので、数十匹の狩りになります。いけますか?」
「問題ない」
 迷う素振りもなく、蒼世は頷く。蒼世の返事に、受付嬢はニコリと微笑んだ。
「蒼世さんなら、そう云うと思います。では、こちらで手続きを……。あ、鷹峯さんは、どのような依頼をお探しで?」
 蒼世から鷹峯へ視線を動かし、受付嬢が尋ねる。隣の蒼世が渋い顔をしたのを、鷹峯は見逃さなかった。
「俺はこいつと一緒だよ」
「え! お二人一緒なんですか!」
 その瞬間、受付嬢の目がキラリと光った気がした。まるで子供のような顔で、興味津々といった風に二人を見上げてくる。そんな彼女の眼差しに、蒼世が顔を背けて口元を歪めた。ああ、この反応をされると分かっていたから、さっきあんな表情をしたのだろう。
「まだ本調子じゃないこいつ一人だと、何があるか分からないからな」
「私は、アオとメイがいるからいいと云ったのだが」
 ぶすっとした調子のまま、蒼世がぼやく。しかし、受付嬢はそんな蒼世の様子などどこ吹く風とばかりに、気に留めることはなかった。それどころか、さらに興奮した声色で早口気味にまくし立てた。
「いいじゃないですかいいじゃないですか! わーお二人が組むなんて、私も同行したいくらいですっ! 黒炎王と紫毒姫の防具が揃うなんて、滅多に拝めるものじゃありませんもの!」
 彼女もまた、メイと同じようなことを云う。見詰めてくる視線に耐え切れなくなったのか、蒼世は唇をへの字に曲げて、「さっさと行くぞ」と突き刺すような声で云った。
「ああ! 待って待って! まだ手続き終わってませんから!」
 慌てて手元の用紙をめくる受付嬢。これが狙いだったようで、蒼世はすでに足を止めて、彼女の作業が終わるのを待っていた。

「ドスマッカォか。初めて相手をするモンスターだな」
 古代林へ向かう飛行船に乗り込み、腰を落ち着かせたところで鷹峯はそう云った。テーブルを挟んだ正面に座った蒼世が、机上に今回のクエストに必要な資料を広げた。
「強靭なバネを持った尻尾を巧みに使い、跳ねるように外敵を攻撃してくる。中型のモンスターだが、素早く、トリッキーな動きには惑わされることが多い。気を引き締めて行け」
「了解」
 蒼世が取り出したのは、受付嬢から貰った資料だ。ドスマッカォ、及びマッカォの姿が描かれており、その横に生態や目撃された場所の記載があった。
 マッカォそのものは、先の古代林の調査に付き合った時に何度か見かけた。しかし、ドスマッカォが縄張りとしている地域は、未だ鷹峯が踏み込んだことのない場所だった。どうりで、群れが増えている割にお目にかかったことがないわけだ。
 資料によると、ボスであるドスマッカォには群れの統率力は然程ないらしい。危険を感じれば、マッカォたちはボスをおいてどこかに身を潜めかねないとのことだ。群れの狩りも目的としている以上、それは少々厄介だった。
「集団の狩りか……あまりいい思い出がないな」
 過去に受けた依頼の記憶が蘇り、思わず呟いていた。それを聞いた蒼世は、資料に走らせていた目を上げ、鷹峯を見た。
「そういえば、お前は以前、ドドブランゴの狩猟を経験していたな」
「よく知ってるな。龍歴院のばあさんから聞いたのか?」
「……ああ」
 ドドブランゴ。雪山を住処とする牙獣種モンスター、ブランゴの群れのボスだ。獰猛な性格で、複数のハンター相手でも怯むことなく襲ってくる。群れによる狩りを得意としており、発達した知能のお陰か、その連携は目を見張るものがある。獲物の逃走経路を塞ぐだけでなく、あらかじめ獲物の動きを予測し、逃げるであろう先に数匹のブランゴを配置することもある。奴等との戦闘は、統率のとれた群れの恐ろしさ、数は暴力であることを痛感させられた。
「お前に群れの狩りの経験があるならいい。単体と複数体の狩りは勝手がまるで違うからな」
「……で、具体的にどう動く?」
「そうだな。アオ、メイ」
 蒼世が、飛行船の片隅で自分たちの防具の点検をしていたオトモを呼び寄せる。本格的な作戦会議に入るためだ。
「マッカォたちにブランゴほどの知能はない。ただ集団で一気に攻めるのが奴等の狩りだ。まずは、マッカォの数を減らすべきだろう」
「それから、頭を叩くか」
「ああ。マッカォは常にボスと一緒にいるわけではない。群れから離れている個体を優先的に狩る。群れの本体と遭遇しないよう注意を払え。万が一遭遇した場合は、奴等との戦闘経験がある私がドスマッカォを相手にする。鷹峯、アオとメイは、周りのマッカォを頼む。二体のドスマッカォが現れた場合はどちらかを追い払う。こやし玉の用意はあるな? ただし、分断が上手くいかずボス複数体を同時に相手をしなければならなくなった場合は……鷹峯、お前には私と来てもらう」
「ドスマッカォの相手だな。了解」
 初めて出逢うモンスターの狩猟。考えただけで腕が鳴る。鷹峯は歯を見せて笑った。
「僕らは、お二人の狩りが妨害されないよう、マッカォたちを薙ぎ払えばいいというわけですニャ?」
 アオが尋ねる。蒼世は頷いた。
「ああ。頼む。鷹峯、お前の武器は大剣だったな」
「ああ、そうだ」
「先にも述べたように、マッカォたちの動きは素早い。特にドスマッカォ相手だと、機動力の乏しい大剣では苦戦するかもしれん。だから、隙を見逃すな。隙は、私が作る」
 云って、蒼世は己の武器を手に取った。初めて出逢った時に彼が装備していたのは太刀だった。だが、今彼が持っているのはそれよりもはるかに短い二本の刃。
「双剣か」
「ああ。お前が大剣使いだと知って、ならばこちらの方がチームとしては動きやすいと判断した」
 黒い刀身と、マグマのような色をした赤に彩られた双剣は、間違いなく火属性の武器だ。並のモンスターの素材から造られたわけではないと、見ただけでわかる。
「いい剣だな」
 だから、感じたままを口にした。その瞬間、蒼世の眼がすっと伏せられた。まるで憂いるような仕草に心がざわついた。鷹峯は僅かに身を乗り出し、もっと彼の表情をよく見ようとした。しかし、それよりも早く、蒼世は顔を上げた。そこには、先程の陰りは欠片も残っていなかった。
「これから、私が知るドスマッカォ、マッカォの情報を教える。頭に叩き込め」
 有無を云わせぬ口調に、鷹峯は聞きたかったことを呑み込んだ。
「……わかった」
 そうして古代林に向かう飛行船での時間は、あっという間に過ぎていった。



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