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1【出会いは古代林にて】


 もし同じ道を辿るとしても、きっと俺は、何度でもお前に出逢う運命を選択した。たとえそれが、全ての災厄の始まりであったとしても。


 ベルナ村より飛行船に乗り、鷹峯が古代林に降り立ったのは、昼過ぎのことだ。その日は天候に恵まれ、雲一つない青空が広がっていた。涼やかな風が優しく吹き、こんな日は仕事を休んでのんびりと過ごしたいと思うほどだ。しかし、そういうわけにはいかないのが、現状で。フルマスクの防具の下で、鷹峯は出そうになった欠伸を噛み殺す。そして、背に担いだ大剣を持ち直し、一歩を踏み出した。
 鷹峯が、この地を初めて訪れたのが、およそ一週間前。それまでは、決まったパーティを組むことなく、一人身軽に各地方を巡っていた。ハンターになったのは、およそ十五年前。現在所属するギルドに籍を置いたのも、同時期だ。それからは幾度も死の危機に直面したが、こうして運良く生き延びている。受けた依頼の数やモンスター討伐数は、もはや数えるのが馬鹿馬鹿しくなるほどだ。体の至るところには、戦闘で負った傷が生々しく残っている。半年前、黒炎王と呼ばれる飛竜に刻まれた左腕の爪痕は大分薄れてきたが、おそらく完全に消えることはないだろう。だが、そのことを今更気にするような繊細さは、持ち合わせていない。
 そんな鷹峯の力量と実績を踏まえ、今回彼に依頼を持ち掛けてきたのは、龍歴院の研究員だった。龍歴院は、ベルナ村近辺に本拠地を置き、その地方に住むモンスターの生態調査を行う組織だ。彼らは専属のハンターを雇っているが、こうして外部からハンターを雇うことも多い。ハンターズギルドとの関わりが密接なようで、ハンター同士の交流も頻繁に行われているからだ。
 今回、鷹峯に依頼を持ちかけた事情を聞いてみれば、彼等が最も頼りにするハンターが古代林に踏み込んだきり、二週間音沙汰がないという。若いが、別の地域で古龍を討ち取った経歴がある実力者で、今までこんなことはなかったそうだ。
 何でもここ最近、龍歴院が調査を進める古代林で、不可解な金属音を聞く者が後を絶たないという。奥地から響くそれは、地面を揺らさんばかりの激しさで、龍歴院では原因究明のため、すでにハンターを派遣していた。それが、連絡の途絶えた件のハンターだ。
 鷹峯が受けた依頼は、そのハンターを見付け出し、万が一の際は救出するというもの。龍歴院に所属するハンターは一人ではなかったが、他の者は別の任務で動くことができない。そのため、鷹峯に白羽の矢が立ったのだ。
 断る理由はなかった。さほど難しい依頼とも思わなかったし、何よりこの時の鷹峯は、古龍と対峙したことがあるというそのハンターへの興味でいっぱいだった。古代より生き、人智を超える力を持つ生命体。それが古龍だ。その力は通常のモンスターをはるかに凌駕する。多くの人にとっては、物語の中の存在でしかない。それは、鷹峯とて同じだ。一人のハンターとして、古龍に関する話はぜひ聞いてみたい。緊張よりも興奮で、心が震えた。
 古代林の地図と、現時点で判明している生息モンスター達の情報を受け取り、鷹峯は仮の住まいとなったベルナ村を出発した。古代林までは、飛行船を使い、およそ二日がかかる。眼下を流れる山々の景色を見下ろしながら、鷹峯は集会所の受付嬢から聞いた、探し人のことを思い浮かべていた。
「彼の名は蒼世。蒼空の王の加護を受けた者、という意味があるそうです。まだ二十を過ぎたばかりの青年ですが、間違いなく、百戦錬磨の強者です」
「特徴は?」
「美しい容姿と美しい髪。今回は確か、紫毒姫の装備で出掛けられたはず。古代林にいるハンターは現時点で彼のみなので、すぐに分かると思います」
「紫毒姫、ね。そこは輝界龍のものじゃないんだな」
「はは。私もそれ云ったら、どうやらご本人はかの飛竜に会ったことがないそうなんです」
 とにかく、お願いします。受付嬢はそう最後にしめて、深々と頭を下げた。
 飛龍の名を冠し、古龍を退けた者。彼の名の元になった輝界龍・ゼルレウスのことは鷹峯も知っている。その姿形は空の王者・リオレウスに酷似しており、全身は蒼白に輝くとされている。古塔に光が射す時に現れる、光の化身だ。ある地方では神聖な生き物と崇められ、また別の国では災いの象徴ともされる。推測だが、蒼世というハンターが生まれた地は、前者なのだろう。そうでなければ、“加護”という云い方はしないはずだ。
「美しい青年、ね」
 受付嬢の言葉を繰り返す。男相手に美しいと賛辞するということは、相当なことだろう。別に男色の趣味はなかったが、純粋に気になった。どうかその美しい相貌が、美しいままの状態で彼を見付け出したいものだ。血塗れで、生気を失っていることだけは御免こうむる。
 古代林の中に踏み込み、鷹峯は辺りをぐるりと見渡した。頭上には透けるような青空が広がり、山の隙間を吹き抜ける風が、びゅうと音をたてた。龍歴院の研究員の話では、この古代林は未だ調査が進んでいないため、一般の人間の立ち入りは禁じられていた。そのため、人の手が入っていない、悠久の自然がここには存在している。水も緑も豊かで、遠くには煙を吹く活火山が見受けられる。
 ベースキャンプを出て、山を下った先にまずあったのは、水辺だった。岩壁の上からは滝が流れ落ち、滝壺から溢れた水が地面を伝い、少し離れた池へと流れ込んでいる。見れば、その池には大型の魚類の姿がある。水面から飛び出した背中が、ゆっくりと移動していく。残念ながら、種類までは判別できなかった。
 きゅうと甲高い鳴き声が聞こえ、鷹峯はそちらに目を向けた。周囲にいるのは、大型の草食種であるリモセトス。この古代林で発見されたゆえ、鷹峯にとっては初めて目にするモンスターだ。その全身は彼らの主食である草木のように緑色をしており、全長は大型の肉食モンスターに匹敵する。長い首が特徴的で、幼体でさえ、その顔を見るためには上を向かなければならない。その首を伸ばし、高い位置にある木の実を食んでいる個体もいる。彼らは自分達のテリトリーに入ってきた鷹峯にちらりと視線を寄越したものの、特に敵意を感じなかったのか、何事もなかったように目を逸らした。なるほど、事前に教えられていた通り、確かに温厚な生き物のようだ。こちらから攻撃をしない限りは、決して向こうから手を出してくることはない。
 リモセトス達の間を縫い、先に進む。少しすると、開けた草原へと出た。そこにもリモセトスがいて、何とも穏やかな空気が流れていた。上空を飛ぶブナハブラの羽音が少し耳障りだったが、相手をする程でもないと判断し、襲われないうちにその場を離れることにした。草原の奥、木々に覆われうっすらと暗くなっている方向へと向かう。枝葉が日光を遮り、キノコが生える湿った場所。青く輝く鉱石が剥き出しになった洞窟。いつどんなモンスターに襲われても対応できるよう、細心の注意を払いながら道を急ぐ。しかし、大型モンスターどころか、獰猛な中型モンスターの気配すらない。肉食の鳥竜種であるマッカォやジャギィが生息していると聞いていたが、どこに行ってしまったのか。ましてや、不気味な金属音などは欠片も聞こえてこない。
 例のハンターが全て狩猟してしまったのかと一瞬考えたが、すぐにその考えを打ち消した。ハンターは殺戮者ではない。モンスターの殲滅が目的ではなく、その存在は、人と自然との調和を保つためにある。龍歴院やギルドの許可なく、その地域の生態系を破壊するほどの狩りは行わない。時にはその掟を破る者もいるが、彼らに等しく与えられるのは罰という死のみだ。
「…とにかく今は、見付け出すのが先だな」
 己に課せられたのは、行方不明となったハンターを探し出すこと。今はそのことだけに集中しようと、頭を切り替える。小走りに、地面を蹴る。その度に、身に付けた鎧、黒炎王の防具が音を立てて揺れた。

 ニャァ!!と、弾けるような猫の鳴き声が耳をつんざく。反射的に振り返ると、数メートル離れた木の影から、一匹のアイルーがこちらを見ていた。この近くに野生のアイルーが暮らしていると、龍歴院で貰った資料には記してあった。しかし、今目の前にいるのはそこのアイルーではない。なぜなら、彼(あるいは彼女)はハンター達と同じように、モンスターの素材から作られた防具を装着していたからだ。赤い防具と鋭い剣を背負った姿は、どこかの王国の騎士といった感じだ。間違いない。ハンターのオトモだ。鷹峯はオトモを連れていないが、多くのハンターは獣人族であるアイルーやメラルーを狩りのパートナーとしている。ということは、この近くに主であるハンターがいる可能性が高い。
「おい、お前、もしかして蒼世というハンターのオトモか?」
 警戒させないように、頭部を覆っていた兜を外す。顔を顕にして尋ねると、“蒼世”という名の部分で、アイルーの耳がピクリと動いた。どうやら、当たりのようだ。
「俺は龍歴院から派遣されたハンターだ。蒼世という男を探すように依頼された。どこにいる?」
 言い切るが早いから否か。オトモアイルーは飛び出すと、慌てた様子で鷹峯の前まで来て、懸命にその腕を振った。獣人族は、人の言葉を理解し、人の言語を話せるほどに知能が高い。
「だ、旦那さんがっ!!旦那さんがっ!!」
「落ち着けっ。ハンターはどこにいる?」
「こ、こっちニャ!」
 アイルーが駆け出す。鷹峯もそれに続き、彼を追い掛けた。辿り着いたのは、先刻思い浮かべていた、野生アイルー達の住まう水辺だった。背の高い古代樹の隙間から太陽が差し込み、地面を緩やかに流れる水がきらきらと輝いている。数匹のケルビが、その水で喉を潤している姿が目に入る。ここにもまた、危険なモンスターの気配はない。そう、思った矢先のことだ。
「おい、あれは…」
 水によって長い年月をかけて作られた道。そのカーブの先が見えた瞬間、鷹峯は思わず足を止めた。
 そこには、道を塞ぐようにして、一匹の大型モンスターが横たわっていた。黒い外皮に包まれた巨体、小さな頭と発達した顎。そのモンスターの姿は見たことはなくても、名を聞けば誰もが恐怖で身を震わせる。
 恐暴竜・イビルジョー。
 その異常なまでの食欲から、現れたら最後、その地域の生物を滅ぼさんばかりに喰らい尽くす。イビルジョーが出現した場所の生態系はことごとく破壊され、後には何も残らない。それゆえ、ハンターズギルドではイビルジョーを特定危険生物として扱っている。イビルジョーは、基本的に己の縄張りを持たない。生息地域も定まっておらず、餌を求めてあらゆる場所に姿を見せる。優しい木漏れ日や穏やかな空気には、酷く似つかわしくない存在だ。
 鷹峯がイビルジョーと遭遇したのは、過去に三回。一度目は、その想像を絶する力になすすべなく退散した。二度目は四人でのパーティを組み、ギルドからの要請で狩猟に臨んだ。結果は成功。三度目は、雪山で暴れるドドブランゴの討伐の最中に、イビルジョーによる乱入にあった。そのどれもが、奴と対峙している間、生きた心地がしなかったものだ。見たところ、あのイビルジョーはすでに絶命しているらしい。その証拠に、近くに住んでいるであろうアイルー達が、イビルジョーの周りを囲んで何事か相談している。何とも奇妙な光景だ。
「こっちニャ!」
 オトモアイルーに叫ばれ、イビルジョーに向けていた意識を元に戻す。必死に手招きするオトモに駆け寄ると、鷹峯の胸元ほどに覆い茂った草花の間を掻い潜っていった。見失わないよう、手で草を掻き分けてついていく。大分奥の方まで行くと、一箇所だけ草のない場所があった。人一人が辛うじて横になれる程度の広さのそこには、一匹のアイルーが座り、その傍らに人間が一人、仰向けに眠っていた。その美しさに、一瞬で目を奪われた。
 白い光に包まれたその姿は、とても神聖なものを見ている心地にさせた。深い紺と青、そして鱗のように輝く紫で彩られた装備。まるで貴族が着用するドレスのように裾の広がった腰の防具から、それが女性物であることを知る。淡い茶色の髪は長く、結えられることなく毛先が散らばっている。閉ざされた瞼は震えており、そのふっくらとした唇からは、か細い吐息が漏れていた。滑らかな肌は僅かに色付き、熱があるのだと一目で分かった。
 一見すると、女性にしか見えないが、この人物が探し求めていた相手なのだろうか。そんなことを考えていると、鷹峯をここまで先導してきたアイルーが、そこにいたもう一匹に話し掛けた。何事か会話をしているが、彼らの言語で語られているため鷹峯には内容は分からない。どうやら、こちらのことを説明しているようだ。青い理知的な瞳が、鷹峯を見上げてきた。
「ボクは筆頭オトモのアオと云いますニャ。こちらはメイ」
 丁寧に頭を下げられ、鷹峯は咄嗟にそれに応えた。メイと紹介されたアイルーに比べると、こちらのアオはとても落ち着いて見えた。彼が身に付ける紫と青の防具の色もあってか、余計にそう感じる。
「龍歴院から派遣されたハンターさんということで、本当にありがとうございますニャ。見ての通り、ボク達の旦那さんは今自力で動けない状況ですニャ」
 アオが横になるハンターを見る。日光が宙を舞う粒子を照らし、まるで光の粉のように彼に降り注ぐ。それは彼の肌や防具に反射し、その色は幾重にも混ざり合って、まるで澄んだ蒼天のようだ。蒼空の王、光の化身。名は体を表す、とはこのことか。この麗人が、輝界龍の名を持つ、蒼世で間違いないらしい。
「…何があった」
 その場に腰を下ろし、尋ねる。答えたのは、メイだった。
「古代林の奥の方から聞こえる謎の金属音を調べてたニャ。そしたら、その音の正体であるモンスターを見つけたニャ」 
「斬竜・ディノバルド。聞いたことはありますかニャ?」
「…名前だけはな」
「その名の通り、ディノバルドの最大の特徴は身の丈ほどもある鋭利な尾ですニャ。ディノバルドの尾はまるで大剣のように鋭く、奴はそれを時折研ぐんですニャ。金属音の正体は、まさにそれですニャ」
「それで、お前達はその斬竜と戦ったのか」
「はいニャ。一時は龍歴院への報告を優先させるため、旦那さんは撤退しようとしたんですが…そこに突然、イビルジョーが現れて」
「二匹同時に相手をしなければならなくなったニャ。イビルジョーは倒したし、ディノバルドにも瀕死の怪我を負わせたんだけど…」
 そこまで云って、二匹は同時に蒼世を見た。その目線を追う。鷹峯はそこで初めて、彼の右足から防具が外され、包帯が巻かれていることに気付いた。
「右足をディノバルドに裂かれて、そのせいで高熱を出してしまったんですニャ。ボク達も少なからず負傷していたせいで、なかなか救援も呼べず」
「だから、連絡が途絶えたのか」
 得心が云った。それならば早く、彼をここから運び出して、適切な治療を受けさせなければなるまい。
「ディノバルドとやらは、再び姿を見せたか?」
「いいえニャ。足を引きずって逃げたきり、現れてないですニャ。金属音も止んでますニャ」
「なら、今を逃す手はないな」
 足を引きずっていたということは、かなりの重傷を負ったのだろう。未だ姿を見せていないことを考えると、動けない状態である確率は高い。
「先にどちらかベースキャンプへ行って、飛行船の手配をしてくれ。俺はこいつを運ぶ」
「ではボクが!」
 率先して手を挙げたのは、メイだった。頼んだぞと背中を押すと、「こちらこそ、旦那さんをお願いしますニャ」と返された。二足歩行から四足になり、メイは直ぐ様ベースキャンプ目掛けて走り去っていった。
「俺達も急ごう」
 脱いだままの防具を頭にはめ、蒼世の背を腕で支えながらその上半身を起こす。血と土の匂いに混じって、独特な甘い香りがした。嫌いな匂いではない。傍らに置かれた彼の武器であろう太刀をその背に担ぎ、それから膝の裏にも腕を入れた。そして、その体を抱き上げる。防具の重量もあり、彼の体はそれなりの重さだったが、苦になるほどではない。蒼世の様子を窺う。目覚める気配はなく、くたりと鷹峯の胸にもたれかかっていた。こうして近くで見ると、その容貌が極めて整っていることがよく分かる。受付嬢が美しいと褒め称えていたのも頷けた。苦しげな呼吸すら、扇情的だ。
 そんな不謹慎なことを考えだした自分を振り払い、鷹峯は一度深呼吸をすると、気を引き締めた。一時の油断が、生死を分けることになるのだから。
(しかし、イビルジョーに加えてもう一匹、大型モンスターを同時に相手して生きてるとは…。大したハンターだな)
 イビルジョーは全モンスター内でもトップクラスの危険度を誇る。そんな獣竜種を仕留めたのみならず、さらに、それに次ぐほどの狂暴さと聞くディノバルドまで瀕死に追い込むとは。並のハンターなら、とっくに死んでいたはずだ。古龍を退けた実力者というのは、本当のようだ。
(目が覚めたら、あんたの目を見て、あんたの声で、色々話をしたいものだな…)
 好奇心と興味が、さらに膨らむ。胸のうちだけで呟き、鷹峯はこっそり口元を緩めた。この時すでに、鷹峯は腕の中の青年に心奪われていたのだろう。そのことを自覚するのは、もう少し先のこと。





「いやー良かった!本当に良かった!!」
 蒼世を連れ、無事にベルナ村に帰還すると、鷹峯は多くの村人からの出迎えにあった。村長を始め、受付嬢にアイルー屋台の女将さん、武器職人。そして龍歴院の研究員達も、大勢が飛行船の乗り場に集まっていた。
「鷹峯殿!蒼世殿をこちらに!!」
 眼鏡をかけた長身の研究員に促され、鷹峯は村にある診療所のベッドまで蒼世を運んだ。木と石で造られた住居は牧歌的で、鷹峯が仮住まいとしている空き家とよく似た構造をしている。
 広いベッドに蒼世を下ろし、すぐに医者とその場を変わる。竜人族の出だという小柄な老人は、蒼世の全身をくまなく観察した後、傍らに控えるオトモ達を振り返った。
「意識は一度も戻ってないのかい?」
「ニャッ。飛行船の中で一度目を覚ましたニャ」
 同意を求めるように、メイが鷹峯を仰ぎ見る。鷹峯は老齢の医師に頷いてみせた。
「意識はぼんやりしてたみたいだが、喉が渇いてたらしく、水を飲ませた」
 うっすらと開かれた瞳が、鷹峯を見上げてきた様子を思い出す。龍琥珀のように澄んだ色をしていた。
「だ、旦那さんは、大丈夫なんですかニャ?」
「ああ。傷口から菌が入り込んだみたいじゃが、命に別状はないだろう。安心せい」
 医師の言葉に、オトモ二匹の全身から力が抜ける。安心しきったのか、メイに至ってはその場にへたり込んでしまった。
 コンコンと、扉が外からノックされた。返事をすると、顔を出したのは龍歴院の研究員だった。
「すみません。蒼世殿の容態をうかがいに」
「心配いらんよ。じきに目を覚ますじゃろ」
「そうですか!」
 ぱっと研究員の表情が明るくなる。
「それは何よりです!早速報告しなくては。あ、そうだ。こんな時に悪いのだけど、オトモ君二匹と、それから鷹峯殿。私と一緒に龍歴院に来て頂けますか?今回の件でお話を聞きたくて」
「ああ。構わねぇよ。俺も、報告に向かおうと思ってたところだ」
「あ、ボク達は…」
 蒼世と研究員の顔を交互に見ながら、メイが口ごもる。どうやら、蒼世の傍を離れ難く感じているようだ。無理やり引き離すのも可哀想だと思っていると、それまで黙っていたアオが口を開いた。 
「ボクが報告に行きますニャ。メイは旦那さんのお傍にいて下さいニャ。それでもいいですかニャ?」
「あ、ああ!勿論だよ」
 研究員の言葉に、アオが深々と礼をする。メイも嬉しそうにお礼を述べた。


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