元就、私の御主人様になってください! 裏
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「…うぐっ」
「…またか」
頭上から降ってくる、凍りつくような冷たい声。声に実際は温度なんてないはずなのに、身体の中心に氷を当てられたようなひやりとする感覚が走る。
背中に、チクチクと刺さる視線の冷たさも、きっとその原因の一つだろう。
…この絶対零度の視線の持ち主は、私の幼馴染みの毛利元就。
私にスライディングを時たまかまされ続けてそれなりになるお方である。
「だから再三言っておろう、貴様のような色気を微塵も感じぬ女を相手してやるほど、我は暇ではない」
いつも通りのセリフだ。私が足元に滑り込む度、彼はこう言って去っていく。一々同じことを言ってくれる元就は、もしかしたらとても心が広いのかもしれない。
…だってもう、実行している私ですら、今日で何回目か数えていないのだ。
何事も無かったかのように私を踏み抜いてツカツカと通り過ぎていく彼の背中にも、百戦錬磨の風格のようなものが見え始めている。
あーあ、また駄目か……そう思って身を起こし、背中についた足跡を払って、黙って元就の背を見送る。…いつもの私であれば、そうするところだっただろう。
しかし、今日の私は一味違った。
「ちょっと待った!…付き合ってくれたら、元就の好物のおばあちゃん特製醤油煎餅を二十枚献上するよ!」
「な…っ」
ピタリ、と足を止める元就。普段は全く相手にされないけど、付き合いが長い分、彼がどこをつつかれると弱いのかは知っている。
こちらを振り返った彼の顔には、期待と驚きがチラチラと見え隠れしていた。…掴んだ。
「な…何故貴様、今日はかように粘るのだ」
「いつもよりも欲求不満だから」
ここ最近は彼氏もいない上、テストやらイベントごとなどが重なってストレスが溜まっている。そろそろ発散しないと、一歩踏み外せば自分でも予想できない奇行を実行しかねない。
…今までは、流石に卑怯だと思ってこの手段は使わずにおいたのだけれど、私の社会的地位が大暴落してしまうかもしれない危機なのだ。流石の私も、一生後ろ指を指されるような間違いを犯したくはない。
私の返事を聞いて一瞬初めて見るくらい不愉快げに顔を歪めた元就は、それでもふむ、というように考え込み始めた。
元就のそっち方面での私への興味の無さはよく知っているけど、それと同時に彼が見た目のわりに食い意地が張っていることも充分知っている。
更に、おばあちゃんの煎餅は文句なしに美味しい。私はもう市販の煎餅が食べられないくらいで、小さい頃からたまにお茶を一緒している元就だって、それは同じだと思う。
質の良いもち米でできたパリッとしたお煎餅に、香ばしい醤油の匂い。よく食べることができる私でさえ、考えるだけでそれ以外お腹が受け付けなくなるくらいなのだ。
しばらく口にしていない元就にとっては、かなり破壊力が強い一言だっただろう。
「…煎餅の枚数を、あと五枚増やすなら応じてやろう」
「ふふふ、交渉成立だね」
…ある意味でのアタックを続けて十年近く。
色々な手を試してみたが、最終的に勝輿を上げたのは美味しい煎餅だった。やはり、食欲には勝てないということだろう。
仕方ないというように頷きながらもどこかそわそわとした様子を見せる元就を前に、私は初めての勝利を確信した。
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